第4話 始まりは地下の暗がりで(四)

 緑髪の少年はもう抵抗は無駄と判断したのか、懐に伸ばした手を戻した。

 緑髪の少年は変貌したネロに怖れを抱くどころか、感嘆の声を漏らして評した。


「お見事としかいいようがない。もう、抵抗は無駄のようですね、死にたくないので降参しますよ」


 十条も心の中でネロに拍手を送った。

(歓迎するよ、新人君風紀では戦闘要員はいつも不足している。あとは頭と心に適性があれば、いうことない)


 子供たちは戦いの最中にいなくなり、後には隣にゴリラを投げつけられても表情一つ変えない緑髪の少年のみが残っていた。


 緑髪の少年は降伏するように両手を挙げた。

 十条は油断しなかった。


(降参というわりには、余裕だ。あと一枚くらいはカードがありそうだが。逆転は無理だろう)


 ゆっくりと、緑髪の少年に向かって歩いて行った。

 緑髪の少年に近付く間に、十条の手中のハンマーは、姿を処刑人が持つ鈍く光る、首切り斧へと姿を変えた。


 エレキ・ギターからハンマーへ、ハンマーから首切り斧へ、と変わる十条の武器もまた、ベルタによる産物だった。


 斧の間合いに少年を収めた位置で、立ち止まった。

 魂を刈りにきた死神のような口調で事実を告げた。


「クロージング・ベルだ。逃げ場は無い。後ろの穴は既に調査済みだ。残念だが向こうにも仲間が待機している」


 緑髪の少年は覚悟を決めているのか、顔に怯えの色はなかった。

「おそらく、そうでしょうね。それで、罪状は」


(最後のカードはなんだ。戦力差は十倍近くあるから、バトルなら逆転はないが、知略の臭いがする)


 緑髪の少年を見下ろし、容疑を告げた。

「国外への不正な外貨送金。密入国の幇助。風蓮五紀地下鉄運行条例違反。建造物への不法侵入。それと取締官の執行妨害だ」


 緑髪の少年はわざとらしく、困ったような表情を浮かべた。

「私に対する国外への不正送金と密入国者幇助の罪、それとさっきの仲間たちを見逃してもらうわけにはいきませんか。勿論、タダとはいいませんよ」


 緑髪の少年の申し出に、十条は納得した。

(最後の一枚でゲームをドローに持ち込む気か。いや、これから奴のゲームが始るのか。いいだろう、テーブルに座ってやる)


 後ろからネロの強く蔑むような声がした。

「買収なんて、通用すると思うのかい」


 正面の少年を見据えたまま、新たな相棒とは別の見解を述べた。

「話は聞いてやるよ」


 緑髪の少年は強気なビジネスマンのごとく、情報を告げた。

「取締官さんなら、ラストという有害ベルタをご存知ですよね。未処理ラストは多国間の条約により国内で処理しなければならないはず。ですが、国外に不正に持ち出そうとしている輩がいます。相手は自称、百年先の環境を、慈愛の眼差しで見つめる企業のニュイジェルマンです」


 小物を見逃し、企業犯罪を暴けるのなら、お得な話だ。とはいえ、良い話過ぎて、裏があるのは確実だ。


(犯罪者の縄張り争いではないな。犯罪者をフロントに出した、企業同士の足の引っ張り合いか。なら、理解できる。よくある事態だ)


 少年を見据えたまま、十条は問いただす。

「ニュイジェルマンの不正が本当ならいい話だが。起訴できるほどの証拠があるのか」


 緑髪の少年は自信たっぷりに、話し出す。

「私の持っている情報だと令状は取れますよ。あとは、貴女が証拠を見つければ、起訴は可能でしょう」


 確かに緑髪の少年の態度から嘘ではなさそうだった。

 手にした首切り斧をエレキ・ギターに変えた。されど、十条は尋問調の口調を変えなかった。


「いいだろう、取引しよう。それで、抜け道を塞いでいた木の板を最初にどけた、あんたと同じ格好した男がいただろう。そいつの名前はなんて言う」


 少年が感心したように目を少しだけ大きくして、答えた。

「しっかり見ていたんですね。男の名はチェスナット、そいつだけが客じゃなくて、俺の部下。ちなみに俺の名前はパースィマン」

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