第3話 始まりは地下の暗がりで(三)

 顔を上げた時には、子供たちはゴリラが入っていた木箱の残骸を退けていた。木箱の下には空洞があり、小人族は飛び込んで逃げようとしていた。


(二枚目のカードは偽装脱出口か。だが、そっちに行けば風紀の総取だ)

 小人族の中に、帽子被っている一人の小人族に気が付いた。帽子の小人族は率先して仲間を逃がそうとしていた。


 帽子がずれて、顔が一瞬、明らかになる。顔は目の前にいる緑色の少年にどこか似ていた。


(緑髪の身内か。小人族は身内を重用するから、差し詰め、副支店長といったところか。にしても、よく教育が行き届いている。避難訓練の賜物か)


 他の小人族が逃げようとするなか、緑髪の少年は、うろたえる態度を示さなかった。


(客が逃げるまで、こっちの相手をしてくれるのか。そういう、無謀なのは嫌いじゃないな)


 緑髪の少年は部屋の中央に立ち、十条と対峙していた。


(なるほど、カードをまだ用意してあるのか。どんな強いカードか知らないが、好きなだけ切るがいいさ。どうせ、ジョーカーはこっちが握っている)


 乾いた一発の銃声が部屋に響き、十条の後ろでネロが声を張り上げた。

「全員それまでだ、おとなしくしろ」


 新たに入った新人ネロを思い出した。

(歓迎会の夜に主賓としてやってきて、緊急出動。使い物なるかどうか心配だったが、ちょうどいい。実力の格付けさせてもらうか)


 子供たちの動きが停まり、ゆっくりと壁際に移動した。

 緑髪の少年の手がまたポケットの中で動くのを察知し、周りを警戒した。


 十条の近くまでネロが転がってきた。

 ネロのいた扉の付近を見る。ネロを弾き飛ばしたのであろう、もう一体のゴリラがいた。


 ネロの評価をBB(当面問題ないが将来確実とはいえない)から、CCC(現時点で不安定な要素あり、将来的に債務不履行になる)に二段階格下げした。


 ネロの心配より、状況の分析を冷静に行った。

(妙だな。単なる小規模地下銀行に人造霊二体とは金を掛けすぎだ。埋蔵金でも眠っているのか)


 緑髪の少年が一喝した。

「お前ら早く逃げろ」


 緑髪の少年の声を聞いて、小人族は次々と地面の穴に飛び込んでいった。

 入口のゴリラが雄叫びを上げ、十条に向かって来た。同時に、緑髪の少年が懐に手を伸ばしたのを、十条は見逃さなかった。


(ネロは勘定には入らない。敵は二人。まあ、これぐらいなら問題ない)

 少年の銃撃を勘定に入れながら、もう一体のゴリラを片付けようとした。ところが、ネロが十条とゴリラの間に飛び出し、割って入った。


 心の中で、ネロの評価をもう一段階下のCC(債務不履行の可能性が高い)に引き下げた。


 体重差から吹っ飛ばされてくるネロを予期して、十条は一歩身を引いた。

 ネロが身を低くし身構えた。ゴリラがぶつかると、ネロがゴリラの腰の辺りを掴んで突進を止めた。


(なんだと、重さ二百キロの人造霊の突進を停めた。だと)


 ネロの体の筋肉が盛り上がり、体は十倍近くに膨れ上がった。上着とワイシャツの背を二つに裂いて、毛深い背中が現れた。毛は見る間に伸びて、漆黒に染まった。


 ネロの顔が、牙と雄羊のような二本の捩れた角を備えた、深い森の闇に生息するという漆黒の獅子に変貌した。


 ネロの変貌を見て直感した。

(漆黒の獅子。最初聞いた時は名前倒れだと思った。だが、こいつは戦闘だけならA(債務履行の確実性は高い)だな)


 十条の興味は、もうゴリラにも銃を持った緑髪の少年にもなかった。

 ネロの放つ凄みが、相手の戦力を圧倒していた。


 「自分ならネロどう戦うか」という観点でネロを観察していた。

 変身したネロは、ゴリラを掴んで、軽々と赤子でも持ち上げるように、天井に勢いよく投げ上げた。


 ゴリラは瞬間移動したように、コンクリートの天井に頭から肩まで埋まった。ゴリラは足をばたつかせる。


 ネロが即座にゴリラの両足を掴むと今度は引き抜いて、緑髪の少年の横に投げつけた。ゴリラは逆さまになり壁に張りつき動きを停めた。


(ラースというベルタを大量に浴びた人間が、変異するという憤怒する獣。獣になった人間は発狂して死ぬと聞く。でも、ネロは自分の意思で変身でき、暴走もしない。だとしたら、こいつは優良株だ)


 ネロがゴリラを片付けると、人間に戻っていった。

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