第2話 始まりは地下の暗がりで(二)
部屋に入ろうとすると、一人の男がすぐに銃を抜き、援護の姿勢に入った。
男の名はネロ・カッパーフィールド。
ネロは褐色の肌をしている。髪は黒髪で短め、眉毛は細く、目は金色で切れ長。年は二十代後半。
上着は白いワイシャツの上に、黒い薄手伸縮性のある布地に、首、肩、胸の正中線を革の生地で覆ったジャケット。ズボンは左右の大腿部には短い直垂状に厚手の生地が覆っていた。
ネロの服装は風蓮五紀ではよく見られるビジネス・スーツの一種だった。
ワイシャツの下から見えるネロの首には、贅肉がついておらず、全体的に見ても締まっている印象を受けた。
ネロが目の前の光景に驚きの声を上げた。
「子供!」
ネロの言葉に危うい物を感じた。小人族と子供は見分けがつき難いが、付かないわけではなかった。普通の暮らしをしている分には、見間違へても問題ないが、捜査現場では判別を間違えるのは、農薬とジュースを間違えて口にするくらい危険だ。
すぐに叱責を交えて訂正した。
「よく見ろ、新人。子供じゃない。小人族だ。甘く見ると、棺桶に始末書と一緒に入らなきゃ、ならなくなるぞ」
緑髪の少年が木箱から飛び降りた。緑髪の少年が周りの同胞に壁際に寄るように、顎で合図し、十条と向かい合った。
「お姉さん。で、いいんだよね。用件は何? ウチは一見さんお断りだから、新規口座は作れないよ」
もう一度、誰もが手に銃を持ってないのを十条は確認すると、部屋の中に踏み出した。
「私は粗品が目当ての冷やかし客じゃない。見せ掛けの高金利で、客を引き抜く同業他社でもない。鬼より怖いと陰口を叩かれる、単なる風紀の取締りだ」
緑髪の少年はわざとらしく驚き、肩を竦めポケットに手を入れる。
「ああ、風蓮五紀の取締官の方ですか。確認のため身分証の提示と容疑を教えてくれますか」
緑髪の少年の態度に警戒した。普通は風紀に踏み込まれて、平静を装う奴は大勢いる。けれども、緑髪の少年は余裕を漂わせていた。
(一枚目のカードは配られた。二枚目のカードにも自信がある。それに、袖にイカサマ用のカードを隠していると見える。さて、どんな芸を見せる。お手並み拝見だな)
エレキ・ギターの頭を片手で持ち上げ、緑髪の少年が座っていた木箱に向けた。
「で、後何秒で、そいつを動かせるんだ」
十条の指摘に対しても、緑髪の少年は驚くどころか、正体を現した人食い大蛇のような笑みを浮かべた。
「中身を知っているんですか」
戦闘になるのを確信した。十条の体の中を静かな修羅の血がわざめく。
騒ぎ出す血を押さえ、挑発した。
「オッズなら一・〇一。賭けにもならない。悪党のやることは、たいてい同じ。まあ、結末も決まっている」
セリフが終わると、緑髪の少年のポケットの中で手が動いた。
緑髪の少年の後ろの木箱が、派手に砕ける音がした。中から身長二メートルほどの石製の灰色ゴリラが姿を現した。
敵の出現に少しばかり、がっかりした。灰色のゴリラは警官なら大苦戦するだろう。でも、十条にとっては、紙幣千枚ほども数える時間があるなら、勝負が付く。
「やれやれ、箱の中身はゴリラ型の人造霊か。とんだ屑カードだ」
ロボットが鉄で造られるのに対し、人造霊はベルタによって精神を与えられた存在。
ベルタは確率を捻じ曲げる現象から、最初は神のサイコロと呼ばれていた。
神のサイコロは、意思を生み出す力を持っていた。
ベルタは特定の物質と確率変動と呼ぶ技術を応用して、物に精神を宿らせることができた。
人造霊にはまた、確率変動と呼ばれる現象の種類により、特殊な力が備わっているのが普通だった。
ゴリラは作りかけの石の彫刻のように、無数の平らな面で構成されていた。けれども、真っ赤に光る両目には、はっきりと敵意が宿っていた。
(目の光から、一級品とはいかない。さりとて、安物でもないようだな。小さな地下銀行の用心棒にしては不釣合いだ。まあ、こいつが、隠したカードなら以外に弱い役だな)
ゴリラは前に垂らした両腕は十条のウエストほどもあった。身を低くして突進すると見せかけ、ゴリラは忽然と地面の中に消えた。
消えたと見えた次の瞬間、ゴリラは十条の目前の地面から飛び出し、岩の塊のような無骨な塊の拳で殴り掛かった。
攻撃を察知していた。ゴリラの一撃を、身を捻って避けると、エレキ・ギターを振りぬく構えを取った。十条の動きに合わせて、手にしたエレキ・ギターが形状を変わった。
エレキ・ギターは建造物を破壊するような大きな金属製のハンマーとなった。
ハンマーをそのまま振り被ってゴリラの腹に振り抜いた。
鈍く大きい音が部屋に響き渡った。
十条の一撃で腹にヒビが入ったゴリラは前屈みになった。
相手の隙を逃さない。素早くハンマーを振り上げ、ゴリラの後頭部に振り下ろした。
ゴリラの頭が粉々に砕けた。それでも、ゴリラは十条の位置が把握しているようだった。ゴリラは踏ん張って、パンチを繰り出した。
パンチのスピード、威力ともに落ちていた。易々とゴリラのパンチを避けた。
再びハンマーをゴリラの腹を目掛けて振りぬいた。
(悪いな目は確定した。確率の海に帰りな)
ドン、という鈍い音を立て、ゴリラは仰向けに倒れた。人造霊として機能しなくなったゴリラは全身が灰色の塵へと変わっていった。
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