ジュエルの後ろ。

 男がテーブルを離れてミッシェルの定食屋を出て行く。

 それを俺様はじぃっと視ていた。

 男の特徴はくすんだ灰色の髪に着古した如何にも平民って感じの服。

 背格好は中肉中背で酷い猫背だった。

 アレはきっと過酷な重労働か何かの後遺症だろう。

 イヤらしい顔つきは特徴的だが、何処にでも居そうと言えば居そうな、そんな人物像だ。

 先程隊長が頷いていた。

 アレは追えって合図だ。


 男が店の外を出たのを確認し俺様もそっと席を立つ。

 なるだけ気配を薄くする。

 俺様はどうしても存在自体が光輝いてしまう。

 美しい銀髪、深い緑色の瞳は見る者を魅了するだろう。

 すらりと伸びた筋肉質の手足、高身長と言って差し支えの無い身長、鍛え抜かれた体躯。

 俺様は、表立っては狩猟と格闘が得意と言ってはいるが、狩猟が得意と言う事は標的を追うのが得意だって事だ。

 だからか俺様の役割は第9ノウェム小隊の目で在り鼻で在る事だ。

 あんな冴えないおっさん一人、路地裏に引き摺り込んでボコボコに殴れば話ぐらい聞けそうなもんだけど俺は目だ、そして鼻だ。

 目は人を殴ったりしない。

 だから俺様はあの男を追う。

 それに殴るのは隊長に任せよう。

 本能で解る―――――アレには勝てない。

 にこにこ笑う顔が可愛くて人の良さそうな、ホント何て事の無さそうな青年だけどアレはきっと化け物の類だ。

 昔森で見た魔獣の類と同じ臭いがした。


 ミッシェルの定食屋を出ると直ぐに雑多な大通りだ。

 見渡す限り、人人人人。

 伊達に王都なんて名乗っていない。

 店を出た瞬間目に映っただけで、ざっと100人以上はそこに居る。

 その中からさっきの男の臭いを嗅ぎ別けその跡を追うのだ。

 獣人の中でも他種族より秀でている銀狼族の獣人だからこそ出来る芸当だ。

 嗅覚と視覚その両方に秀でているからこそ銀狼族は狩猟を生業とする、他の獣人種族より頭一つ抜きん出ている。

 いや―――――抜きんでていた、というべきか……今は。

 あの日から……。


(今は止そう)


 雑多な大通りを抜け男は細い路地を奥へ奥へと入って行く。

 それを一つズレた通りから嗅覚のみ使用して追う。

 目標をの位置を確認し、建物の隙間より視認していく。

 俺様に掛れば、冴えないおっさんの髭の本数すら数えれる。

 何て事は無い。

 俺様に取っちゃ簡単な仕事だ。

 一気に目標へと近づいて行く。

 

目印ターゲットアイ


 技能スキルの使用範囲内に目標が入った事を確認した俺様は、一切の躊迷わず目印ターゲットアイ技能スキルを使う。

 目印ターゲットアイ技能スキルは目標が有効範囲内にて生命活動を続けて居る限り、どの方角に居るのか、どれ位自分から離れているのか、またどの様な状態なのかを知る事が出来る。

 街中で使えば、大体二区画は離れていても目標の状態は感覚で分る。

 また目印ターゲットアイ技能スキルは使用された事を悟られる事は基本無い。

 自分の状態を確認出来る魔道具や技能スキルが無い限り基本バレることは無い。

 無い―――――のだが。


「おい」


 ジュエルの背後から唐突に男の声がした。

 その瞬間ジュエルは前方に倒れ込むと前回りで距離を取り即座に体勢を立て直す。

 体勢を立て直したジュエルの眼の前には、冒険者風の装備を身に纏った赤い髪の青年が立って居た。


(コイツ・・・・・いつの間に)


「そんなに怯えんなよ」


 赤髪の男は尊大な態度でジュエルを見下ろしてくる。

 その様子はまるで路傍の石を見るかのような、そんな冷たい眼。

 ジュエルの事を脅威とも何とも思っていないのだろう。

 それだけの実力差が確かにある。


「ちょっと吃驚しただけだ」


 だがジュエルはそれを分った上で悪態をつく。


「くっくく、まあ良い。そう言う事にしといてやるよ」


 男はニヤニヤと笑いながらまるで知人と世間話でもする様な気安さで話しかけてくる。

 その様子は何処にでも居そうな青年なのだが如何せんジュエルは気が抜けなかった。


(俺様が、全く気配を感じなかった。一体何者だコイツ?底が知れない・・・・・・)


「何の用だ?俺は今用事の最中なんだ。出来たら後にしてくれない?」

「そうしてやりたいのも山々なんだがな、お前余所者だろ?此処どこだか知って言ってるのか?」


 そう眼の前の青年に言われてジュエルは周囲を見渡す。

 何の変哲も無い路地裏。

 代わり映えしない小汚さと薄暗さが何とも言えない雰囲気を醸し出してはいる。

 只それだけだ。

 唯一、変わった点を上げるとすれば今にも崩れそうな壁が路地の奥中央にぽつんと建っておりその壁の中央には、大きな十字の傷が入っていた。

 薄暗い路地の中不思議とそこだけ光が集まっている様に見えた。


「確かに最近王都に来たばかりの田舎者だが、何だ?最近の王都ではこんな名も無き路地裏にも名前が付いているのか?」

「ふん。ここはネスト。王立騎士団員も単独では入って来ない様な王都の闇が蠢く場所だ。田舎者が迷っただけなら此処で帰れ。それともってのならここから先には行かせてやれないな」

「けっ。分っていながらいけずだなお前」


 此処で無理は出来ない。

 まだ無理を押し通す場面でも無い。

 ネストという存在が知れた。

 その成果で十分だ。

 そう考えたジュエルはそっと半歩身を引いた。


「一人歩きには気をつけろよ」


 ニヤニヤと笑いながら赤髪の青年はそう告げる。

 追ってこない、赤髪の背年は暗にそう言っている。


「何だ何だ?俺様が可愛い美少女にでも見えたのか?」

「いいんや。そんな分け無いだろう。珍しく今日は来客が多くてな、お前の帰り道がちょっと心配になっただけさ。しっかし、まぁ丁度良いか・・・・・」

「何が丁度良いんだ?」

「お前、名は?」

「名を聞きたけりゃお前から名乗れよ。まぁいいわ、俺様の名はジュエル、赤髪お前は?」

「ジュエルか・・・・・・俺の名はアーヴァイン。此処ネストの代表だ!」

「え?アーヴァインって確か・・・・・・」


 この時、唐突に探し人の名を聞いたジュエルは吃驚して気が付いていなかった。


「ジュエル!!此処は任せたぞ!!!」

「えっ?任せるって、おま、ちょっと待て!!!」


 周辺にアーヴィン以外の者が居た事を。


「怪しい奴!!其処になおりなさい!!!!」

「えっ?」


 ジュエルが振り向いた先には警邏用の騎士服に身を包んだ王立騎士団王都警備隊員が細剣をジュエルに向けて突き立て様としていた。







 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る