カル迷う

 カルは呆然としていた。

 懐かしいはずの故郷、その故郷に帰ってきたはずの自分。

 だけどそこはまるで知らない街並みで――――


 西区外縁部の中心にほど近い所にあった教会うちは既に無く、既視感を覚えるのは僅かばかりの緑が残った山だった。

 それは自分たちが裏山と呼んでいたあの山。

 その裏山の樹木も大半が切り出され、元々そんなに大きな山ではなかった裏山が今では最早小高い丘程度に見えてくる。

 恐らく教会があったであろう場所、そこから王都の中心街へと伸びていく一本の大通り、そこに軒を連ねていたウィンベルの八百屋やカーターさんの雑貨屋も無い。

 今カルの眼に飛び込んでくるのは真新しいレンガ積みの建物と、これまた真新しい石畳の通路だった。


 その石畳をと慌ただしく行き交うのは建設用の馬車で、荷は主に材木や石材だ。

 大通りに面する店はこの先で建設作業を行っている職人達の為か、食堂、酒場、宿屋といった店が主で、この西区自体が一つの宿場町といった様相だ。


 カルとしてはあると思っていた教会うちはなく、当然居ると思っていたアーティやアーヴィン、ベッキーもどこにもおらず、それどころかこのままでは自分が従軍するべき王都警備隊の支部も何処に在るか分らない。


「参ったな、ちゃんと調べとくんだった………」


 カルは軽く頭を掻いた。

 入隊日より少し早めに帰って細かな事はアーヴィンやアーティに聞けばいいかと軽く考えていたカルだったが、このままでは早く帰ってきたことで食事代所か宿代も余分に掛かる事になってしまう。

 それなりに騎士学校時代に稼いではいたカルだったが今回の帰省に併せ皆のお土産なんかも購入しているもんだから懐具合も寂しい事になっている。


「どうしたもんか」


 何時までも大通りを眺めている訳にもいかないのでカルは手近な食堂に入る事にした。

 さっき食べた串焼きのお陰でそこまでお腹が空いてるわけでもないが、美味かったとは言え串焼き三本でお腹が膨れるほどカルの胃袋もまた細く無かった。


「いらっしゃい、一人かい?どこでも好きな席座っていいよ」


 扉をくぐると同時に威勢のいい女性の声が飛んでくる。

 店内は20人程が収容できる広さだが昼食には遅い時間の為か客の姿カルの他に一組の男女が居る程度だった。

 これだけ空いているのにわざわざ他の客の近くに座る訳にもいかず、カルは店の奥にあるカウンターに座る事にした。 


「なんにする?定食はもう全部売り切れちまってるからオススメは平原オークの串焼きセットかボルボウッドと木の実の炒め物、後は山ドラゴンのタレ焼きかな?後カルカタ焼きの三色盛もあるけどカルカタ焼きは斜め向かいのシャーベルさん所がこの辺じゃ一番美味しいからわざわざウチで食べなくてもいいよ」


 座ると同時に話しかけてきた店員は20代頭くらいの女性で、肌は小麦色に焼けじゃぁなんでわざわざカルカタ焼き作ってんだって突っ込みそうになりながらもカルは一先ず料理を頼み事にする。


「山ドラゴンのタレ焼きで」


「あいよ、山いっちょ入りましたー」


  山ドラゴン――――

 仰々しい名前だが山ドラゴンは本当のドラゴンの肉では無い。

 ドラゴンの肉なんて超が付く程の高級食材で、実物を食す事が出来るのは王侯貴族の中でもほんの一握りだろう。

 かく言う山ドラゴンはキノコの一種である。

 大昔、大きく育ったキノコが風で揺れて動いてるのを猟師がドラゴンが出たと間違えた所から由来しているらしい。

 それにしてもドラゴンと見間違うなんて、一体どれだけ大きく育つのだろうか?


 なんて考えているとジュウジュウと音を立てながら香ばしい香りを漂わせ、山ドラゴンのタレ焼きがドンッと机の上に置かれた。


「山ドラゴンのタレ焼きだよ、熱い内に食べとくれよ」


「ありがとう、これお代ね」


 料理の代金を支払うと目の前の料理に向き合う。

 馬車旅だったので久しぶりのちゃんとした食事だ。


 分厚くスライスされた山ドラゴンがを切り分けタレを纏わせると一気に口にと放り込む。

 表面がカリッと焼かれておりサクッとした歯ごたえの後に染出る甘めのタレが食欲を増進させる。

 そして何より分厚くスライスされたことにより、最後に鼻を抜ける芳醇な山ドラゴン特有の香りが、美味しい。


「美味い」


「ははっ、ありがと」


 そう言うと店員さんはニカッと笑いテーブルを去って行った。

 その後パンに山ドラゴンのタレ焼きを挟んで食べた。

 香ばしいタレがパンに染み渡り非常に美味しかったとだけ言っておこう。


「すいません」


 僕は手を上げ店員さんを呼ぶ。


「なんだい?美味しすぎてお替りかい?」


 男勝り、そんな言葉似合いそうな店員さんはニカッと笑いながら返事をしてくれた。


「いや、そう言う訳じゃ無いんですけど、あっ、美味しくないわけでは無いんですよ。あ、え、そうじゃなくてですね・・・・・・この近くに王都警備隊の駐屯地無いですか?」

王都警備隊あんな吹き溜りに何の様なんだい、アンタ?」

「ムーディーナ騎士学校卒業して此処に配属になったんだよ」

「――――――アンタ、悪いことは言わないよ。こんな所で騎士なんて目指すもんじゃ無いよ、とっとと田舎に帰りな」


 そう言う店員さんにはさっきまでの笑顔は無く、どんよりと濁った瞳が揺れていた。

 その声音には抑揚が無く感情も感じ取れない。

 僕はこんな人を見たことがある。

 スラムの、本当の最下層の人達。

 全てを諦めた人達。

 そんな人達とよく似た表情を店員さんはしていた。


「えっ?・・・・・いや、えっ?」


 王立騎士団の集まる王都で騎士を目指すなと言われても、一体何処で目指せば良いのか?

 それに王立騎士団を吹き溜りって・・・・・・。

 そんな疑問を頭の隅で浮かべる。


「あの――――一体なに・・・・・・」


 カルがそう言いかけた時だった。


「この通りを南に真っ直ぐ。突き当たった所が駐屯所だ」


 何時からそこに居たのか、店の隅からもじゃもじゃ髭の小男がカルの問いに答えたのだった。

 さっきまで客は男女の一組が居ただけだった筈なのにな。

 不思議に思いながらもカルは礼を返す。


「あ、ありがとう御座います」

「・・・・・礼には及ばん。ただ一つ聞きたいんじゃが――――」

「ええ、僕に答えれることなら」


 神妙な顔で男が顎髭をひとなでした。

 それに釣られる様に、カルも気を張る。

 一体何を聞かれるのか――――と。


「お主、配属先間違っておらんか?」

「え?いや、え?王立騎士団王都警備隊第九騎士小隊に配属と決まってますが」

「ほう――――ぼそぼそぼそぼそ・・・・・ならそこじゃないな儂が連れて行ってやろう」


 んんん?

 何だかよく分からないけど眼の前の人が案内してくれるらしい。


「有り難うございます。でもわざわざ良いのですか?場所教えてくれたら自分で向かいますよ?」

「構わんよ。それにさっきも言ったが礼には及ばん。何しろこれから同僚パーティーになるんだから」

「え?それって―――」

「黙って着いてくれば解る」


 眼の前の小男は立ち上がると蓄えた顎髭を一撫でしこう言った。


「行くぞカル坊」


 え?なんで名前――――


「ギムだ」

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