カル就任す

 王都の元スラム街、所謂外縁地区その奥まった路地のその置くにその建物はあった。

 入口の横には建物とは不釣り合いな程綺麗な木製の大きな札に『王立騎士団王都警備隊第九小隊駐屯地』と書かれていた。

 ただ、その真新しい看板と真逆なのが駐屯地の方である。


 ぼろっ――――。


 今にも傾きそうな外観で雨漏りも確実にしてると思われる。

 外縁部育ちのカルにとってはそのボロさが懐かしくもあった。

 但し、ここまでの道程に在った建物を昔の記憶と照らし合わせてもどれも同じ建物では無いように感じられた。

 なんと言うか、意図的にボロく建てられている?

 そんな風に感じた。


「ここだ」


 周囲をきょろきょろと見渡すカルの思考を中断させたのは眼前の小さな男、ギムの声だった。


「えっと・・・・・・?」

「ここが立騎士団王都警備隊第九騎士小隊駐屯所、別名『ボロ小屋』だ」

「いや、そのまんま」

「うむ―――――まあ、入れ」


 ぎぃぃぃ――――。


 扉を開けると同時に部屋中に軋む音が響く。

 入って直ぐのエントランスにはカウンターが出迎えてくれる。

 その奥には場違いな程立派な鉄鎧が飾られている。

 よく見ると鎧の一部が少し凹んでいる。

 カウンターを覗き込むと、鉄鎧の下半身部分は無く木の棒で鉄鎧を支えているのが解る。

 何とも残念過ぎる仕様の鎧を眺めているとギムからこっちだと短く告げられる。

 エントランスを抜けて奥の部屋は大広間となっており入って直ぐに3台の事務机と中央奥には2階へと登る階段が見える。

 

「厠と台所は裏手、カル坊の住む部屋は2階右奥突き当たりの角部屋だ。とりあえずその大荷物を部屋に置いて来い。話はそれからだ」

「はい」


 僕の背中の大荷物を見てギムはそう言った。


 それにしても、この小男――――ギムの正体は何なのか?

 ホントにここが僕の配属先なのか?

 なんでこんなにボロいのか?

 他の人は居ないのか?

 とか、山ほど聞きたい事はある。

 あるにはあるのだけども、ギムの態度には有無を言わさぬ物がある。

 もしかしたらギムは第9小隊の隊長なのかも知れない。


(ギムが隊長だったとしたらあんまり失礼な事も言えないなぁ・・・・・・)


 なぜ出来たばかりの小隊の駐屯地が、こんなにボロいのだろうか?

 ギム自身の事も気に掛る。

 子供ほどの身長に、すんぐりとした体躯に茶色い毛色、そして特徴的な長い顎髭。

 彼はもしかしたら話しに聞く、地人ドワーフなのかも知れない。

 そんな事を想いながらも、ギムに言われた通りに2階へと僕は上がって行く。

 2階に上がると、ギシギシと階段が軋む音が奥の方から響いてくる。

 ん?

 階段の軋む音は普通階段から聞こえるもんじゃ無いだろうか?

 振り返ってみてもギムが階段を上がってくる様子も無い。

 なのに相変わらずギッシギシと2階の奥の部屋から木の軋む音が聞こえてくる。

 もしかしたら賊か何かが入り込んでいるのか?こんなボロ小屋に?

 そんな風に思ってしまうと僕の心に小さな警戒心が産まれる。

 

「―――――っぁ、―――――ん」


 やっぱり誰か居る!

 しかもコレは僕が入居する予定の部屋から聞こえているのでは?

 抜き足で忍び寄る。

 とうとう部屋の前である。


 ギッシギッシギッシギッッシ・・・・・・・・ギシギシギシギシ――――――


「~~~~~~~~~っ」


 部屋の中から聞こえてくる音はどんどん激しさを増して行き何か声を押し殺した様な、そんな声が聞こえてきた。

 一体何が居るんだ。

 まさか誰か囚われているのか?

 戦慄しつつ僕は腰の短剣に手を掛けると、そっとドアノブに手を置く。


 ギシギシギシギシギシギシギシギシ。

 パンパンパンパンパンパンパンパン。


 更に激しさを増して行き破裂穏すら混じり出した。

 これはよく分からないがコレはきっと窮地に違いない。


「――――ふぅ」


(抜剣!)


 一呼吸置き僕は一気に扉を開け、それと同時に短剣を正眼に構えた。


「おとな――――――」

「―――――ぃっくぅぅぅ~~~~~~~!!!」

「わぉぉ~~~~~~~~~んっ!!!」


 むわっとした空気と嬌声と遠吠え、それらが一気に僕の方へと流れ込んでくる。

 僕の眼に移ったのは、真っ白な肌の全裸の女性と毛むくじゃらの狼男。

 四つん這いになった女性の後ろを陣取った毛むくじゃらの狼男は、ぜぇはぁと息も絶え絶え天井を見つめ、だらしなくその長い舌がべろんと口からはみ出している。

 女性の方はベットのシーツを咥え声を押し殺しつつも、どうも意識がハッキリしていないのか、瞳が何処にも定まっていない。

 汗が滴り墜ちる顎先の向こうには赤らんで柔らかそうな双房がゆらゆらと揺れている。

 

「―――――しくぅ?」


 あれ?

 あれれ?

 ―――――ぱたん。

 取り敢えず扉を閉める。

 ここは僕の部屋で・・・・・・・・。

 扉を閉めはしたがさっきの鮮烈な情景は僕の眼球に焼付けられたままで。

 その場に荷物を落とすと、さっきの女性耳尖ってなかった?

 とか考えながら取り敢えずギムさんの所にへと僕は戻るのだった。


■□■□■□■□■□



「あ~、ごほん・・・・・・それじゃぁ自己紹介しよう」


 ギムのわざとらしい咳払いで何とも言えない空気を象徴しているとも言える。


「まずは儂から。ギム・アントレット。地人ドワーフ族の生き残りじゃ。歳は52歳、目上とか関係無くギムと呼ぶようにな。特技は鎧鍛冶と斧を振るう事、表の鎧は儂が手慰みに造ったもんじゃ。趣味と言うか生きがいは酒を飲む事。次、シェリー」


 やっぱりギムは地人ドワーフだったのか。

 ニカッと笑うその姿は店でみた時より幾分フレンドリーに見える。

 しかしギムが地人ドワーフと言う事は、シェリーと呼ばれたこの女性も、もしかして・・・・・。


「えっ・・・あたし?まぁ良いわ。名前はシェリール・ミュ・コンセル。シェリーって呼んでね。誇り高き森林族エルフの爪弾き者よ。普通乙女に歳を聞くのはタブーなんだけど初回限定って事で、今回だけ特別に教えてあげるわね、んふ」


 シェリーと名乗ったエルフの女性、何にも無いような顔をしてるがお察しの通り、先程全裸で四つん這いになっていた女性だ。

 艶のある声で僕をじっと見つめながら自己紹介をしている。

 さっきの情景が頭に過ぎり僕はついドギマギしてしまう。

 


「ふふふ。422歳よ。特技は精霊魔法と精技ね。好きな物はお金。お金くれたら坊やも卒業させてあげるわよ。そこの狼男さんみたいに」

「おま、ちょっ――――」


 慌てた様子の銀髪の男性。

 年の頃は僕より少し上と言った程度かな?

 どうやら彼が先程の毛むくじゃらの男性の様で・・・・・・。

 それにしても地人ドワーフ森人エルフ、もしかして彼は世に聞く狼変異症候群ラインカンスロープじゃないだろうか?一体この小隊どうなってるんだ?


「なあ~に?事実でしょ?」

「いや、まぁ・・・・・」

 

 しょぼーーん。


 がっくりと音が聞こえてきそうな程、大袈裟に項垂れるのは銀髪の青年。


 卒業・・・・・・。

 卒業、卒業と言うけれど何を卒業したのだろう?


「はぁ、気持ちよかったから・・・・・・ま、良いか―――――俺様は、狼の獣人ジュエル・グレイウルフ、18歳だ。ジュエルって呼んでくれて良いぜ隊長。ほんで特技は格闘術と狩猟。趣味は料理。ここの食料は俺様が殆ど取ってきてるんだ。どーだスゲーだろ?」  


 ニカッと笑うジュエル。

 獣人・・・・・・獣人というと海向こうのロドギアから来たのだろうか?

 言葉の使い方は尊大だけど、どうやら中身はそうでもなさそうだ。

 それと、気持ちよかったとか正直すぎる感想は要らない。

 それより聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが。


「ほれ、カル坊」


 ギムさんに促され僕の自己紹介をはじめる。


「名前はカル、性はありません。平民出のもので。特技は剣技、騎士見習いになります。出身は元々王都でムーディーナ騎士学校を卒業しここへと配属となりました。よろしくお願いします」

「うむ――――よろしく頼むぞ隊長」

「よろしくね、隊長」

「たのむぜ隊長!」

「ん?隊長・・・・・・?」


 皆が皆、僕を見つめそう言ってきた。

 もしかして僕の後ろに誰か居るのかなって振り返って見たが誰も居ない。

 

 じーーーーっ。

 そんな音が出そうな程三人とも僕を見つめている。


 ・・・・・・・・・・・ん?

 え?

 僕?

 イヤイヤイヤイヤ。


「え?僕、あの・・・・・・準騎士エスクワイア・・・・・・」

「うんうん。解るわよ。出来たてほっやほやの準騎士エスクワイヤ、それも童貞。でもね?そりゃあんた幾ら腐っても拠点がボロくてもアタシ達王立騎士団の一部隊。人の国で亜人が隊長に為れるわけ無いじゃ無い?おわかり?」


 ギムはさもあらんと頷き、ジュエル君はにはははと笑っている。

 童貞は関係無いんじゃ無いかと思っていても、もしそれを口に出せばそれは童貞と認める事と同意・・・・・・シェリーさんはきっとドエスだな。

 目を瞑る振りをしつつ、つい僕の目線はシェリーさんの胸元へ誘われてしまう。

 

 ゆっくりと立ち上がって微笑を浮かべながら、僕の方へと近寄って来たシェリーさん。

 真っ白な手を僕の肩に乗せるとそっと耳元で囁いた。


「・・・・・・・・・隊長価格で今晩どうかしら?お安くしとくわよ」

「えええええええっ遠慮しますっ!」


 予想外だからか、緊張したからか、隊長価格だからか、良く分からないけどついつい僕は即答してしまった。


「あら、残念・・・・・・んふっ」


 残念と言ったシェリーさんがとても艶っぽくて・・・・・・。

 どちらかと言うと残念なのは僕の方だと、心で泣いたのは内緒だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る