紡ぎの章 出会い離別

見習い騎士カル帰還

 あれから六年という月日が流れた。

 ムーディーナ騎士学校は噂に違わない強烈な学校だった。

 何が強烈というと、まず入学と共に課せられる六年間の生活費の説明とその金を全額強制的に借金させ、在学中に強制的に返済させるというシステム。

 ちゃんとお金を稼がせてくれるシステムがあるんだけど冒険者ギルドのCランク相当の依頼とかもあって結構な鬼畜仕様だった。

 勿論実力が伴わないと依頼すら受けられない。

 入学して2年は一切依頼など受けさせて貰えず只ひたすらに実力を磨く為と言う地獄の基礎体力作り、無理矢理詰め込まれるムーディーナ騎士の歴史等の今後生きて行く上で必要かどうかすら分らない座学、徹底的に叩き込まれる騎士の作法。

 貴族の子弟等も多く居たが一切の贔屓目無し。

 徹底された実力主義だった。

 様々な救済措置もあったが実力の伴わない落ちこぼれやムーディーナ騎士にそぐわない輩等は次々と退学処分と為っていく。

 その為、第74期ムーディーナ騎士学校卒業生は御多忙に漏れず入学した時の生徒数550名に対し卒業できたのは4分の1以下の132人となっていた。


 そんな苛烈な騎士学校を卒業し帰還の徒に着けると言うのはある種の誉れであり、また卒業生は卒業と同時にアリアネスト王国騎士見習いという身分を与えられる。

 これは騎士爵の様に爵位ある地位では無いが、一応準騎士エクスワィヤとして扱われるため農民、商人といった町人達や一般兵士達とは一線を画す所に位置している。

 卒業生達は、騎士見習い=王国付き準騎士エクスワィヤとなり、卒業から数年の猶予期間で身の振り方を決定しなければならない。

 騎士付きの準騎士となる者もいれば爵位ある貴族の騎士となる者も勿論いる。

 だが一番はやはり栄えある王国騎士団の団員となり騎士爵を目指すのが正道セオリーだろう。


 そしてまたカルもその王道を進むべく今故郷である王都アリアネストに帰還していた。


 王都に入るためには簡易ながらも検問を受けないといけない。

 カルが住んでいた六年前は検問なんて無かったもんだから勝手がよく分からない。

 取り敢えずよく分からないので検問待ちと思われる長蛇の列の最後尾に並ぶ事にした。


 そもそもカルが住んでいた西区は元々外縁部と呼ばれ(今はもう無いらしいのだが)城壁外にあった城下町だった物だから、検問もクソもあったもんじゃ無い。

 西区の一部はスラムとして成り立っていたのを、何でも3年程前に王国が大がかりな改革を始めその手始めとして城壁の拡大、それに伴う西区外縁部の撤廃、スラムの駆除だった。

 一時期は城壁を拡大することからアリアネスト王国は戦争でも始める気なのかと諸外国から牽制と非難の声が多く上がった様だが宰相であるワシンジ様が都市整備計画の一端として上手く話しを纏めたようだ。

 本当の所、城壁を強固にしたかったのかスラムを無くしたかったのかは分らない。

 ただスラムが無くなった事で治安は向上し王都内の経済や生産性が向上しているのは確からしい。


 今回僕は新たに出来た王立騎士団王都警備隊第九騎士小隊に入隊する事が決まっている。

 仕事内容は治安維持がもっぱらだと言うが、事前説明によると第九小隊は何分出来たばかりで、小隊と言いつつもその実は分隊とさほど変わらない規模だと言う。

 それ故仕事の量も多く僕の様な卒業したての騎士見習いでも取り立てて貰えるのである。

 恐らくはカルが王都西区の出身だと言うのも大いに関係しているのだろうがカルからしてみれば倍率が異常に高い王立騎士団に入隊出来るだけでも儲けものなのに、しかも故郷に錦が挙げれるという最高の形での帰郷となれば多少仕事量が多いとか新しい隊だから歴史が無いとか大した問題ではなかった。

 

 平民出のカルには率先し仕事を熟し他者に認めて貰うほか騎士となる道は無いのだから。


「それにしても長いな」


 カルはかれこれ一時間ほど行列に並んでいる。

 それでもやっと半分折り返し程度。

 あと一時間は待たないと検問所にはたどり着けないだろう。

 

 太陽の位置を見ればそろそろ正午に差し掛かろうかという所。


「ぼちぼち腹も減ってきたし、どうしたもんか………」


 こんな事なら事前に干し肉や堅パンなんかの保存食を持ってくるんだった。

 カルはムーディーナから馬車を乗り継いで王都まで来たので旅支度と言える程の用意はしていなかった。

 その為荷物になる食料なんかは基本的に持たないのが普通である。

 

「ったく、御者のおっちゃんも言ってくれりゃ良いのに…………」


 つい先刻別れたばかりの御者の顔を想い浮かべカルは悪態をついた。

 しかし腹が減った。

 王都に入ったら腹一杯飯を食おう、やっぱり王都名物のカルカタ焼きかな、ああでも久しぶりにアーティお姉ちゃんの手料理も良いよな、きっとベッキーも大きくなってるんだろうな~…………そう言えば西区の再開発で教会うちってどうなったんだろうな?結構ボロかったからな~、取り壊されてたらどうしよう…………?

 なんか良い匂いしてきたな。

 あれか?遂に腹減りすぎて鼻が有りもしない臭いを勝手に感じ始めたのか?

 ヤバいな僕の鼻。


「あ~~、腹減った」


 ぎゅるるる~~~~


 声を上げると同時にカルの腹が鳴った。


「串焼き~、平原オークの串焼きだよー、臭みがなくて美味しいよ~。串ぃ~~…………」


 それを見越したように串売りの少年が此方に向かって歩いて来た。

 良かった、僕の鼻は今の所正常らしい。


「その串買った!」


 つい条件反射で声を上げてしまったが、串売りの子供の背中の旗をみて値段を聞いてなかったっなとカルは軽く後悔した。


「はいよ~、兄さん何本だい?」


 串売りの少年は売り物のオーク串を一本カルに見せてきた。

 ぷりぷりの肉感と香草の焼けた香りが周囲に漂う。

 背の旗には一本100リル、3本270リルと書かれていた。


 その旗を見たときに答えは出ていた。


「三本だ」


 指を三本シュタッと立たせるとなるべく格好良くカルは応えてみた。

 特に意味は無い。

 だが少年は応えた。

 ほんの少しニヒルにニヤリと笑うと小さい声で「毎度あり」そう言いながら、カルの差し出した300リルと自らが差し出した30リルを交換した。


「ウチのはちょっと高いけどその分美味いんだぜ、ちゃんと味わってくれよ」


 串売りの少年は茶色い髪を掻き上げるとカルに尋ねてきた。


「兄ちゃん、アンタ騎士様じゃないのかい?」


「ん?いや、騎士では無い騎士見習いエクスワィヤだ……お、美味いなこの串」


「そうだろ?美味いだろ?へへん」


 串売りの少年はオーク串を頬張るカルを見て満足そうに鼻を鳴らした。


「ああ、それで?なんでそんな事を聞く?」


騎士見習いエクスワィヤって事はどっかの学院の卒業生様だな兄ちゃんは」


「様って程じゃないけどな、それであってるよ」


「おいら達からしたら騎士ナイツ騎士見習いエクスワィヤもどっちも大して変わらないよ。まぁそれでその騎士様はさ、並ばなくて良いんだよ。それともこなまま肉ほおばりながらずっと待つ?多分この並びだと夕刻までに入れないよ」


 そう言って少年は門へと続く行列を指刺した。


「んーーー、それは困る。夕刻までに入れないと入寮の手続き何かも出来ないしなぁ~。かといって順番飛ばすなんて偉そうな事できないしな」

「アンタ変わってるね、普通直ぐにでもみんな並ぶの辞めるよ?騎士ナイツ騎士見習いエクスワィヤも貴族みたいな物なんだから偉そうにしてればいいじゃない?」

「あーーーー、ここだけの話僕は平民出でね、そう言うの苦手なんだ」


「平民出で騎士見習い《エクスワィヤ》なんてよっぽどなんだね兄ちゃん」


 何がよっぽどなんだか分らないが、串売りの少年はうんうんと頻りに感心している様子だ。

 僕よりこの少年の方がよっぽど偉そうだな。

 そんな事を考えてると、つい苦笑いしてしまう。


「よし、じゃあオイラが案内してやるよ」


 そう言うと少年は僕の開いてる手を掴むと強引に歩き出した。


「ちょっとちょっと・・・・・」


 まだ食べてるのにと言いかけたが、少年は何やらご機嫌だ。

 カルは残りの串を無理矢理ほおばると少年の後ろを歩いて付いて行く事にした。




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