宝物
「もっとしっかり持ってろよカル」
アーヴァィンが言いたい事は分かる。
分かるがカルは全身に力が入らないのだ。
さっきのあの
そんなカルにしっかり持てとかどだい無理な話である。
ずりずりとアーヴィンの背中をずり落ちそうになりながらそれでも「ふん」とか「うぎぎ」とか奇妙な唸り声をあげ、カルは何とかアーヴィンの背中にしがみ付こうと藻掻いていた。
「アーヴィー、カルを降ろしてくれない?」
僕等二人のやり取りをにこにこと眺めていたアーティお姉ちゃんが突然そう言った。
「ん?姉ちゃんがおぶんのか?結構重いぞコレ」
どすん―――
不意に地面に放り出され、カルは尻を強打した。
「いっ、たったたた………何すんだよアーヴィン!!」
「お前がちゃんと掴まってないのが悪い。それにアーヴァィンお兄さんだろ?この泣き虫が」
「ぐぬぬ……」
「もう、喧嘩しないの、せっかく二人とも無事に見つけたのに……さっきなんかアーヴィー「俺カルを探してくる」とか血相変えて走ってたくせに」
「ちょっ、ねーちゃん!!何笑ってんだどチビが!!」
勢いよく振り上げられたアーヴィンの拳が僕の脳天に直撃する。
「いったぁーー」
「ちょっと、も~。ほらカル、おまじないしてあげるから」
「おまじない?」
「うん、良く効くんだから私のおまじない」
そう言うとアーティお姉ちゃんは僕の隣に腰を落とした。
アーティお姉ちゃんは僕の両手を胸の前でその手で包み込むとそっと瞳を閉じた。
ふわり。
春の香りのする様な、そんな暖かい風が不意に吹いた。
目の前のアーティお姉ちゃんの周りに不思議な光が集まってそれが次第にぐるぐると僕の周りを回り出す。
「な、なにこれ………?」
光は徐々に僕の中に入り込んでくる。
暖かな温もりと共に。
それがこそばく何だか気持ちいい。
ぽっかり空いた穴に何かが満たされて行くようなそんな感じ。
「へへへ、凄いでしょ、最近出来る様になったのよ」
えっへんと言った感じでアーティお姉ちゃんはあまり無い胸を誇らしげに張った。
「すっごーーーい!」
仄かな光が消える頃、さっきまでの気怠さが嘘のように僕の身体は生命力に満ちあふれていた。
「聖女様みたいだね、アーティお姉ちゃん!」
「そんな大袈裟よカル……だけど、この事は私達だけの秘密よ。ね?アーヴィンも、約束よ」
「わかった」
「うん」
アーヴィンと僕は素直に頷いた。
何時だってアーティお姉ちゃんは僕等の為に為る事を選んでくれているって知っているから。
だからアーティお姉ちゃんの言う事は正しいんだ。
それに何となくこの時のアーティお姉ちゃんが少しふらふらしてるように見えたから、だからかもしれないけど余計に言ってはいけないように思えたんだ。
「アーティお姉ちゃんからカルにすっごい流れていった」
「何が?」
「分んないっ」
唐突にベッキーしゃべり出し、アーヴィンがそれに構っている。
何時ものうちの風景だ。
なんだかんだでアーヴィンはお兄ちゃんだ。
それも結構いいお兄ちゃんだ。
憎まれ口ばかり言ってるけど、いつもちゃんとアーヴィンがお兄ちゃんしてくれてるのを家族の皆は知ってる。
僕が虐められたときも、ベッキーが困ってる時も、アーティお姉ちゃんのお手伝いも、何時だってアーヴィンが走り回って皆を助けてくれている。
今日だって……僕を探して、助けてくれた。
そんな風に想いながら、何となくアーヴィンとベッキーの二人を眺めていた。
不意にアーティお姉ちゃんが僕の背中を押してきた。
「何黄昏れてるの?」
栗色の瞳が無遠慮に僕を覗き込んでくる。
「別にそんなんじゃないよ」
「カル?アーヴィンに有り難うって言った?もしアーヴィンが来なかったら………」
そうなんだ。
もしアーヴィンが来なかったら、不用意な戦いを自ら挑んだその報いとして僕自身が死んでいてもおかしくなかった。
何が守るだ。
何が騎士になるだ。
僕は、僕は…………未熟だ。
結局助けて貰っている。
「~~~~~~っ」
僕は思わずがしがしと髪を搔き毟ってしまう。
黄昏れたりなんてそんな高尚なもんじゃない。
有り難うって気持ちと情け無いって気持ちとない交ぜになってもやもやしてしまっているだけなんだ。
「ほらっ」
「分ってる、分ってるよ………ちゃんと言うよ」
僕がそう言うと早く行けと言わんばかりにアーティお姉ちゃんはまた僕の背中を叩いた。
さっきより強く叩かれたため僕は思わずつんのめってしまい、その拍子にベッキーとアーヴィンの間に割って入る形になった。
「分んないってなんだよベッキー………んん?どうした」
「………アーヴィン」
僕だって分っている。
アーヴィンが凄いこと。
ちゃんとお兄ちゃんだって事も。
もう少ししか僕はここに居られないから、ちゃんと家族との時間を大事にしようって思っていた。
素直になろうって決めていた。
「今日は……………とうっ」
「なんだって?」
『ああんっ』て言わんばかりの顔で僕の方にアーヴィンが近寄ってくる。
ああ、こういう所が駄目なんだよなアーヴィンは。
「助けてくれてありがとう!アーヴィン兄ちゃん!!」
「なっ!」「えっ!」
アーヴィンとベッキーが僕を見たまま固まっている。
アーヴィンに関しては喋ってる途中だったからなのか口が開いたままになって、微妙に変顔に仕上がっている。
なんとも言えない空気感が漂って何となくやってしまったのかな?なんて思ってるとアーティお姉ちゃんが呆気欄干とした口調で「あらあら、カルがアーヴィンをお兄ちゃんなんて何時ぶり?今日はお赤飯ね」なんて言うもんだから思わず笑っちゃった。
その笑い声で再起動しだしたアーヴィンが何とも言えない顔で僕の前に来た。
「お、おおぅ、あの、まぁそうだ。一応俺は兄、なんだからなっ!そ、その助けるなんて当たり前なんだよ」
何だか顔が真っ赤なアーヴィンを見てベッキーが後ろで「デレた」とか意味不明の事を呟いていたがベッキーが意味不明なのは何時もの事なので無視しておこう。
「でも、ありがとう」
真っ赤な顔のアーヴィンを見てたらなんだか素直に出て来た言葉だった。
―――――どんっ。
そんな僕の胸にアーヴィンが拳で突いてくる。
その拳には、質素な剣が握られていて押しつけるように僕に渡してきた。
「やるよっ」
そう言ってアーヴィンはそっぽを向いた。
「やるよって、アーヴィン………コレって………」
剣、だ。
新品の短剣。
何の飾り気もない、簡素な鞘に入れられ柄にも何の装飾もない。
その短剣をそっと鞘から抜いてみる。
何故か凄く手に馴染んだ。
貰っておいて悪いけどそんな価値のある物じゃないとは思う。
だけど僕には今まで見たことのあるどんな剣より輝いて見えた。
短剣の切っ先を空に向けて見ると、太陽の光を反射してキラキラとその剣身を輝かせる。
「いいの?」
「………騎士見習い為るんだろ?何時までも木刀じゃカッコつかないだろ?」
アーヴィンはふんっとか言いながら一人家の方向に歩き出した。
何だよ、格好いいじゃんアーヴィン。
「んふふっ、アーヴィンったら結構前からそれ持ってたんだよ。何時渡そうか何時渡そうかってね~。それをカルに見つからない様に隠して隠して、ふふふ」
「コラっ!ねーちゃん!!そう言うのは言ったら駄目だろ!!」
「良いじゃ無い。ちゃんと渡せたんだし。それとも何?渡せないままの方が良かったの?」
「よく無いしって~~~~っ。ああ、もうっ!」
完全に弄ばれているアーヴィン。
何だかその様子が可笑しくて僕もベッキーも笑った。
「さっきまでちょっと格好良かったのに、アーティお姉ちゃんに掛かったら形無しだね」
「ホント、男って女に弱い生き物ねっ」
「おっ、おう」
ベッキーは良くこう言う事を言う。
よく分からないけどベッキー曰く、男は女の言う事を聞いていれば良いんだそうだ。
何でだよって聞いたら、そう言うもんだからって言われたのを今でも覚えている。
意外とベッキーは物知りだ。
偶に年上に思えるから不思議だ。
今日宝物が増えた。
何にも持たない僕等兄妹の宝物は、形の無い絆だけだった。
そんな僕に形ある宝物をアーヴィンがくれた。
アーヴィンだけじゃない、きっとアーティお姉ちゃんも協力してるはず。
それにベッキーも最近アーヴィンが依頼で忙しかったから家の手伝いもよくしていた。
だから皆がくれた短剣なんだ。
僕は貰った短剣を鞘に戻す。
「アーティお姉ちゃん、お腹空いた」
「そうね、お腹空いたね、おうちに帰りましょっ」
「今日ご飯何~?」
「今日はねオーク肉の香草焼きと野菜のポトフよ」
「オーク肉なんてごちそうじゃんどうしたのねーちゃん?」
「イライアスさんから貰ったのよ」
「ふーーん」
そんなたわいもない話しをしながら僕等はその日
□■□■□■□■□■□■□■□■
それから二週間平穏に過し僕はようやくムーディナ騎士学校へと旅立つ事となった。
変わった事と言えばアーヴィンと同じパーティのニーナって魔法使いが付き合いだした。
きっかけはニーナがモンスターとの戦闘で怪我をして、その時、何故かは分らないけどどうやらアーティお姉ちゃんが治したみたい。
で、数日
ほら
そんな酷い怪我じゃなかったのかニーナは直ぐに良くなって気が付いたらアーヴィンの隣で今もにっこり笑ってる。
悪い人じゃないと良いな。
何となくそんな事を想いながら僕は今締まりの無いアーヴィンの顔を見てる。
馬車乗り場で兄妹とニーナが見送りに来ているのだ。
馬が嘶き、それを「どうどうっ」と御者のおじさんが宥めている。
「今日は風が強い、少し早めに出よう」
その言葉に急かせれてかアーティお姉ちゃんが僕をぎゅっと抱きしめる。
「頑張ってね」
短いけど優しい声のアーティお姉ちゃん。
「うん、頑張るよ」
アーティお姉ちゃん恩返し出来る様に。
その言葉を僕は飲み込み少し涙目のアーティお姉ちゃんに短く返した。
――――どすん。
僕の胸の真ん中をアーヴィンが拳で突いてくる。
「途中で逃げんなよ」
「逃げないよ」
――――どすん。
僕もアーヴィンの胸に拳を突き返す。
コレは誓いだ。
男と男の。
「何時でも帰って来て良いからな」
ぶっきらぼうにアーヴィンが言う。
「がぁるぅぅ~~~~っ。いっちゃやだぁ~~~~」
ベッキーが大泣きしてる。
何時だってベッキーは僕の大事な妹だ。
泣いているベッキーの頭を僕撫でる。
「手紙書くよ」
「まいにぢっ!まいにぢ書いてぇ~」
「毎日は無理だよベッキー、でも手紙は書くから、ね」
「うぇぇええええ~~~~~んっ」
ベッキーの泣き声に後ろ髪引かれつつも僕は馬車に乗り込んだ。
僕は腰にぴかぴかに磨かれた短剣を携え、大きなリュックを背負いこんで。
ムーディナ騎士学校に入ると卒業か退学するまで故郷には帰れない。
だから僕はこの景色を忘れ無いように、皆の顔を忘れないように記憶する。
皆の顔を良く見ておくんだ。
僕の家族の顔を焼付けて、僕は旅立つんだ。
背中のリュックを降ろすと僕は御者のおじさんに「お願いします」
と一声掛けた。
「良いのかい?」
御者のおじさんが僕に聞いてくる。
「はいっ、だ、大丈夫でず」
「じゃぁ行くよ……………ハイヨッ」
それを合図に僕を乗せた馬車がごとりと走り出す。
男が簡単に泣くもんじゃ無いってアーヴィンが何時も言ってた。
だけど今日は無理だ。
どうしても涙がこぼれ落ちる。
走り出した馬車を追いかける様に三人とも走って着いて来てる。
大きく手を振りながら。
僕は今日
ここからじゃ聞こえるかどうか分らない、けど次皆と会った時の為に、お帰りって行って貰う為に。
命一杯大きな声で叫んだ。
「いってきまーーーーーーーす!!!」
プロローグ幼少期 完
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