異変ー4
「うぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!」
守る。
ただその一心で振ったカルの木剣は、吸い込まれるように魔物の首筋当りに一撃を与えた。
鈍い音が薄暗い森に響き渡る。
直後、グギャァッと短い悲鳴を挙げると魔物はその場に崩れるように倒れ込んだ。
だけど、その後ろからは間髪入れず2匹の魔物が襲いかかってくる。
カルは牽制の為横に木剣を払うと、木剣が鼻先を掠めたのか思わず蹈鞴を踏んだ魔物、その隙にカルは後ろに下り魔物と距離を取った。
この魔物、背が小さくて力も弱い。
尖った爪は危ないけどリーチの差で僕の方が有利だ。
それに緑色の肌、赤い眼、申し訳程度の角が2本額に生えている。
たぶんいつかアーヴィンが言ってたゴブリンだ。
『いいか、カル。ゴブリンに出逢ったらまず数を確認しろ。彼奴らは1匹1匹は弱い。カルでも楽勝に勝てる。だけど彼奴らが怖いのは数なんだ。目の前の敵と夢中で戦ってたら後ろから襲われるなんてよくある話しなんだ。だからもしゴブリンに出逢ったら必ず1匹ずつ戦える場所、それが無理なら後ろから襲われない場所で戦え。必ず慎重に戦うんだぞ』
確かアーヴィンはそんな事を得意げに話していた。
鼻の穴を広げながら得意げに話すアーヴィンの顔が凄いムカついたからその時の事は今でも良く覚えている。
数は――――目の前に迫る2匹。
倒れてるのが1匹。
でもさっき見た赤い光は確か10。
あの光が瞳に数だとすれば、最低でもあと2匹は何処かに居るはず。
だけど何処に居るかはカルにはわからなかった。
もしかしたら残りの2匹は遠回りしてベッキーを追ったのかも知れない。
そんな事がカルの頭の隅をちらつく。
「グギャギャギャ!!」
カルのそんな考えを吹き飛ばすかの如くゴブリンは容赦なく襲いかかってくる。
ゴブリンの声に咄嗟に反応してか、カルは不用意に木剣を突き出してしまう。
「あっ!」
しまったと思ったのも束の間、突き出したカルの木剣がゴブリンに手で払われてしまう。
幼いカルには払われた木剣を強引に引き戻す力はまだ無く、その勢いに持って行かれ、身体が流れてしまう。
カルの身体は完全に開いて無防備な姿をゴブリンに晒してしまった。
所謂死に体だ。
(ヤバい!!)
正にゴブリンの爪がカルの身体に突き刺さろうとした瞬間、ズルリとカルの足下が滑りずどんと尻餅をついてしまった。
そして間一髪、カルの頭上をゴブリンの爪が横薙ぐ。
「グギャ?」
ゴブリンからしたら、目の前の獲物がいきなり消えた様に見えたみたいだ。
今度は逆にカルの目の前に無防備なゴブリンが居ることになった。
ほぼ仰向けに近い体勢だったカルは、そのまま足を振り上げ目の前のゴブリンを蹴飛ばした。
(た、助かったぁ~~~)
蹴り飛ばした反動で後ろにくるりと回り木剣を構え立ち上がったカル。
襲い来るだろうゴブリンに備え構えた木剣の向こう側、その光景に思わずカルは眼を疑った。
「ギャワァ~~~~~~ッ」
「ギャギャギャ~?」
股間を押え身悶えているゴブリンと、それを心配そうに見守るゴブリン。
そう言えば人型の魔物は急所も人とあまり変わらないと聞いた事がある。
となるとカルが蹴ったのはゴブリンのアソコ。
自分で蹴ったとは言え、同じ?男子たる者その痛みは同情を禁じ得ない。
もし自分が蹴られたらと想像すると思わず背筋がぶるりと震えたのを感じながらも、カルはこの隙にと一先ずゴブリンとの距離を更に取った。
「オゥッ!オウゥツ!」
ゴブリンはまだ股間を押えながらぴゅんぴょん飛び跳ねている。
その様子を見ていると、今がゴブリン打倒の絶好のチャンスの様に見えてくる。
もしかしたらいけるんじゃないか?
この隙に倒せるんじゃないか?
カルの胸中にそんな欲がもぞっと、もたげてくる。
木剣を握りしめ、大きく息を吐いた。
―――やるんだ。
決意を秘めた木剣をカルは振るうべく空いた距離を詰める。
すり足に近い歩法を用い構えを崩さずに一気に前に。
そして、振り上げた木剣をカルは跳ね回るゴブリン目掛け打ち下ろす。
ゴスッ―――
振り下ろした木剣は見事に首筋に入り声もなくゴブリンは倒れ込む。
カルはすかさず隣のゴブリンに向けて木剣を横薙ぐ。
此方を全く見ていなかったゴブリンは隙だらけで、面白い様に木剣が命中する。
防御も何もあったもんじゃ無い。
『彼奴らは1匹1匹は弱い。カルでも楽勝に勝てる』
アーヴィンが言った通りゴブリンは弱い。
コレなら――――勝てる。
無防備な腹に木剣を喰らったゴブリンがよろめいている。
その様子がカルには倒して下さいと言わんばかりに見えた。
(こんな雑魚に怯えていたなんて)
「これなら―――――アーヴィンのがよっぽど強い!」
袈裟切り一閃。
と言える程鋭い剣戟では無い、が、それでも弱ったゴブリンを仕留めるには十分で、カルは無事眼前のゴブリンを倒す事に成功した。
「良し!」
何とか倒せた。
いや、結構楽勝で倒せた。
初めての実戦、それも一人だったにも拘わらず、襲ってきた魔物を倒せた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ………」
息はかなり上がっていて、初めての実戦からくる極度の緊張でカルの体力はかなり削られていた。
それでも『勝った』と言う結果に幾分カルの心は軽くなっていた。
(なんだ、僕やれるじゃ無いか)
何時もアーヴィンとの模擬戦ではコテンパにやられていたカル。
同年代では腕っ節も抜きんでて強くて、それこそ街の悪ガキなんか相手にならないカルだったが、日常的にアーヴィンに打ちのめされている事で今まで自分がそれなりに強いと言う認識を持つ事が無かった。
実は無鉄砲な所があるカルを制する為に、ある程度の間隔でアーヴィンがわざと喧嘩をふっかけて模擬戦を仕掛けて居たのだが、それはカルの知るとこでは無かった。
「そうだ、ベッキーを追わないと」
ゴブリンはさっきの3匹だけじゃ無い。
少なくても後2匹は居るはずなんだ。
カルはベッキーが向かった方向にカルは進み出す。
その時、右手に握った木剣が僅かに軽くなった様な違和感を感じた。
「?」
だけどカルはその違和感を無視しベッキーを探しに走った。
森の中は来た時よりもかなり暗くなっており、風が吹く度にカサカサと擦り合う葉の音がカルの心の不安をより駆り立てた。
それでもベッキーを心配する気持ちが勝ったのかカルは暗い森の中、無心で眼を皿にし異変を探った。
何も無い事、それこそがベッキーの無事の証、そう思い。
(ベッキーが無事に逃げてくれていたら良いんだけど………)
しばらくそうしながら森の中を進むとふわりと薫る異臭にカルは気づいた。
「………くんくんくん。これは――――」
これは偶にアーティ姉ちゃんが冒険者の兄ちゃんから肉の塊を貰ってきた時とかに嗅ぐ香り。
そう、血の臭いだ。
それに気付くとカルはその場で周囲を注意深く探った。
カルから向かって左奥の方にある茂み、そこからどうやら臭いがする気がする。
さらに耳を澄ませば『ピチャクチャ』と言った何かを貪り喰う様な音が聞こえた。
まさか!
もしかしたらベッキーが!
焦るカル、覗き見た視線の先には此方に背を向けて屈み、何かを夢中で貪っているゴブリンだった。
カルが近寄ろうとそっと一歩を踏み出した時、ゴブリンがもぞっとその何かを持ち上げた。
光源の少ない暗い森の中で、その何かはまるで細い人の腕の様に見えた。
(あぁ、ベッキーが、ベッキーが………)
カルの目の前が絶望で真っ白に塗りつぶされて行く。
それと同時に言い様の無い怒りに頭の中が染まって行く。
それはカルから『慎重』と言う言葉を奪い取るには十分だった。
(ベッキー!!!助ける!!!)
「ゴブリン如きが!!!うぉぉぉおおおおおっ!!!」
カルは猛る。
そのゴブリンが先程のゴブリンより一回り大きい事に気付かないまま。
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