異変ー3
「僕の妹を虐めるなぁあああああっ!!!!」
手にした木剣を思いっ切り力任せに魔物の側頭部へと叩き込む。
油断していたのか、それとも舐めていたからか、魔物は僕の横払の一撃をまともに受けて大きく仰け反った。
「はなれろぉおおおっ!!!」
そこへもう一度木剣を叩き込む。
型も何もあったもんじゃ無い。
ただただ力任せの一撃。
しかも子供の一撃。
それでも騎士に為りたい、只その想いだけで僕は剣を振り続けてきた。
幾千、幾万と剣を振ったそんな子供の渾身の一撃だった。
「グギャッ………」
悲鳴とも取れそうなそんな声を上げると、魔物の首が曲がってはいけない方向に曲がりそのまま後ろに力なく倒れていった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
やった。
なんとかやれた。
手に残る嫌な感触と目の前の動かない魔物。
それが生き残った事実を僕に突きつけてくる。
無我夢中だったけど、助かった………みたい。
「そうだ、ベッキー大丈夫?」
僕は慌ててベッキーへと駆け寄る。
「うぅ………うわーーーーん、怖かった、怖かったーーーー」
ベッキーが泣いていた。
そりゃそうだ。
ただ睨まれただけであんなに怖かったんだ。
それを間近でしかもベッキーは襲われたんだ。
怖かったに決まっている。
それに引き換え僕は――――――
「ごめん――――」
何が絶対騎士になるだ。
何が皆を守れるようになるだ。
嘘っぱちも良いところだ。
もしさっきベッキーが悲鳴をあげなかったら。
もしさっき僕の体が恐怖で動かないままだったら。
もし、もし――――
途端に怖くなって僕は身震いをした。
「ごめん。ごめんねベッキー。もう大丈夫だから」
そう言って僕はベッキーを抱きしめた。
ベッキーの体温を感じられる事で僕はベッキーを助けられた事を実感した。
ほっとした、心底ほっとした。
そう思うと勝手に涙が出て来た。
「ぐすっ………ベッキー、立てる?」
「うぅ………立てないよー」
どうやらベッキーはさっき魔物に襲われたときに腰を抜かしてしまったみたいだ。
申し訳なさそうにベッキーが僕を見てくる。
「それじゃ僕がおんぶしていくよ。早く此処から逃げよう」
さっきの魔物が一匹だけと言う保証は何処にもない。
むしろ魔物は一匹見たら三十匹いると思えってアーヴィンが偉そうに言っていたのを思い出した。
正直三十匹もいたら流石にどうにもならない。
一刻も早く此処から移動した方が良いに決まってる。
そう思いベッキーの手を引っ張り上げる。
僕が強めに引っ張るとベッキーは釣られるようにぴょこんと立ち上がった。
「なんだ立てるじゃない」
「………えへへ」
ベッキーが照れ笑いしてる。
嘘がバレた時にいつもベッキーは照れ笑いをするんだ。
ちょっと甘えたかったのかも。
「よし帰ろう」そう言いかけたその時、僕は茂みの向こうに赤い光を二つ見付けてしまった。
それが、四つ、六つ、十と更に浮かび上がる。
間違いない、さっきと同じ魔物の瞳だ。
きっと僕等を狙っている。
だけど仲間がやられているから警戒しているのか?
茂みの向こうから僕達を覗くだけで近寄ってこようとはしていない。
ただきっとそれも今の所の話しだろう。
魔物は獰猛な生き物だってアーヴィンが言っていた。
「ベッキー、良く聞いて」
僕は此方が気付いている事を悟られない様に極力小声でベッキーに話しかけた。
「な、なに?」
「ごめんねベッキー。おんぶはまた今度になりそうなんだ。僕は此処に居なくちゃならないんだ。だからベッキー
「え?でもベッキーそんな事一人で「ベッキー、お願いだから………出来る?」………う、うん」
ベッキーは一番年下だけあって甘え上手なんだ。
ちょっとした会話の隙に甘えを上手に入れてくる。
だからこう言う時は無理矢理にでも押し切らないといけない。
じゃないとすぐにベッキーのペースに持って行かれてしまう。
「なるべく、なるべくそっと下がるんだ。そして絶対振り返らずに走るんだよ」
「………わかった」
ベッキーが少しシュンとしている。
だけどここはどうしても一人で行って貰わないといけない。
最悪僕だけならなんとか逃げ切れるかも知れない。
だけどベッキーが魔物を見てしまったらきっとさっきみたいに震えてしまう。
僕はわざと草むらの向こうに隠れている魔物に見せ付けるように木剣を構える。
それと同時に、魔物から僕だけが見える様にベッキーを僕の背中に隠す。
僕はもう怯えない。
正直怖い―――
だけど、ベッキーがいなくなる方がもっと怖い。
守れない事の方が怖い。
だから逃げない。
怖いけど、逃げないんだ。
「グギャギャギャ………」
我慢の限界が来たのか、それとも只単に様子見は終わったのかガサガサと薄暗い茂みの奥から魔物が寄ってくる。
しまった、まだベッキーが走っていない。
草の擦り合うその音に、魔物の声に、僕の後ろにいるベッキーが反応してしまう。
「えっ?何?」
ベッキーが僕の背後で此方に振り返ろうとするのがわかった。
「駄目だ!そのまま走って!!」
「だって――――「はしれぇえええええええええっ!!!!」」
僕はベッキーの背中を押し叫ぶ。
きっとこっちを見たら魔物への恐怖でベッキーは走れなくなる。
だから僕は無理矢理走らせる。
だから僕は此処から動かない。
僕から向こうを見せないためにも。
ベッキーの足音が遠ざかっていく。
思いっ切り背中叩いちゃったな、後で謝らないと。
ベッキー許してくれるかな?
でもこれでいい、ベッキーは助かるはずだ。
ベッキーの為にも絶対、此処は通さない。
「グギギギギ」
「ギャギャギャギャァッ!」
「グギーーー!!」
赤い瞳が爛々と輝く。
汚い歯を剥き出し僕を威嚇してくる。
鋭い爪を構え三匹が僕に向かって来る。
怖くない怖くない怖くない怖くない!!
足を肩幅より少し広げ正眼の構えを取る。
昔、まだ神父様がいた頃、唯一直々に僕に教えてくれたのがこの正眼の構え。
少し力を抜き、木剣越しに魔物を鋭く睨む。
僕は騎士になるんだ。
なりたいからなるんじゃ無い。
守る為に僕は、騎士になるんだ!!!
「うぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!」
□■□■□■□■□■
『ぉぉぉぉ………』
また声が聞こえた。
この声は間違いない、カルの声だ。
「カルの声!」
「さっきより大分近い」
悲鳴と言うよりは叫び声に近い。
もしかしたら魔物と戦っているのか?
だとしたら無茶も良い所だ。
いくら剣術がちょっと出来たからって、アイツはまだ10歳のガキなんだ。
魔物相手に勝てるはずが無い。
「急ぐよ!!」
「うん」
獣道よりは広い、けれど山道というには少し狭い。
そんな道を全力で走る。
この先の小川を超えれば直に木こり小屋に付くはずだ。
日もだいぶ落ち森の中は既にほの暗い。
地面には隆起した木の根がそこらかしこに這い出ている。
馴れていなければ木の根に足を取られて転ぶか、はたまた木の根で足を滑らせて転んでしまう。
それを物ともせず走る。
必ずカルを、ベッキーを助ける。
その想いだけがアーヴァインを走らせた。
生い茂る木々から伸びる枝葉が視界を遮るがそんな物気にしていられない。
一際大きな木の根を飛び越える。
すると突然視界が開けた。
目の前にはさらさらと流れる小川が広がっていた。
「ねぇちゃん、ちゃんと付いてきてる?」
「はぁっはぁっ、山は久しぶりだからちょっとキツい」
「そう言いながら付いてきてるのが凄いよ」
なんだかんだ言いながらアーティ姉ちゃんは凄い。
頭が良いのももちろんだけど身体能力もかなり高い。
アーティ姉ちゃんが身体を鍛えているのとか一切見たこと無いのだけどそれでも毎日鍛えてるはずの自分とそれ程変わらない。
年齢が上ってのも多少はあるかも知れないけどそれにしたって普通ここまで付いては来れない。
自分で言うのも何だけど結構足には自信があるんだけどな。
俺、自信無くしそうだよ。
ガサガサッ――――
そんな事を考えていたら、突然小川の向こう側の茂みが揺れた。
魔物か!
少し身を屈め背中の長剣に手をやると何時でも抜けるように臨戦態勢を取る。
しかし茂みから出て来たのは両目に涙を貯めたベッキーだった。
「「ベッキー!!」」
アーティ姉ちゃんは服が濡れるのも気にせず小川の中を駆けていく。
「ァア゛ディーーーーーおでぇぢゃぁぁあーーーーーん!!!!」
「ベッキーーーーー!!!ああ良かった、良かった」
良かった。
本当に良かった。
最愛の妹が助かったのだ。
ベッキーはぶるぶると震え大きな蒼い瞳からは大粒の涙を流している。
怖い目に遭ったのだろう。
だけど、どうしてベッキー一人なんだ?
「ベッキー、カルは?」
「ガルにぃぢゃん、ひっく………べっぎーにおこって、いけって………ひっく」
あのベッキーに激甘のカルが怒る?
「どう言う事?」
「こわいのがいで………でもガルにぃぢゃんがやっづげでくれで………ひっぐ………でもカルにいちゃんおこりだしてぇ」
「こわいのって!ベッキーどんなのだったんだ?」
「みどりいろの………ひっぐ………おめめまっかっかで、ぎゃーってほえてて」
緑色した魔物で赤い目、森に出るとすればゴブリンかそれに近い何か。
本当に居やがったのか。
「姉ちゃん、俺、カル探してくる」
姉ちゃんの返事を待たずに俺はベッキーが出て来た茂みの方へと駆けだした。
無事で居ろよ、カル。
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