異変ー2

 アーヴァィンは冒険者ギルドに居た。

 時間は既に弐の刻をまわっている。

 今日は依頼を受けずに家でゆっくりとするはずだった。

 カルの奴も、もう少ししたら騎士学校に行ってしまう。

 そうなると寂しくなるから少しでも一緒に居ようと思っていた。

 だけどどうしてもアイツと居るとすぐ喧嘩になってしまう。

 ちょっとした事ですぐ口答えするからこっちもカーーっとなってしまう。

 悪いのは自分だって分ってる。

 年上なんだししっかりしないとと言う想いもある。

 だけど何て言うかカル、アイツは憎ったらしいんだよな。

 どうしたもんだろうか?

 腰にぶら下げた新品の短剣をみては頭を搔き毟り、気を紛らわす為にギルドの外を行き交う人々を眺めてみてはまた短剣を眺める。

 『ほらよ、餞別だ』その一言が言えない。


「はぁ~~~~っ」


「何だ何だ辛気臭い。此処は黄昏れる所じゃねーぞアーヴィー」


 振り返るとそこには無精髭を生やしたごついおっさん、もとい、俺の師匠のカーキさんが立っていた。


「辛気くさいってなんすかカーキさん」


「何って、そりゃオメー可愛い教え子が恋煩いよろしく黄昏れていやがるかちょっとからかってやろうかなって思ってよ」


「そんなんじゃないっすよ」


「はっはは、わーってるよ。このカーキ様には全部お見通しよ。どうせ弟と喧嘩でもしたんだろ?」


「っ―――なんで」


「何でって、そりゃおまえこないだ弟にやるんだって嬉しそうにフラウの所で買ってた短剣、自分の腰に下げてりゃ何かあったって思うだろ普通。餞別なんだろその短剣、ちゃんと渡せよお・に・ー・ちゃん」


「いいんすよもう、コレは自分で使います。それにアイツ生意気だし、未だにアーティ姉ちゃんと一緒に風呂入るし、我が儘だし、それに、それに――――」


「ちっせー事で悩むなよ。男だろ?」


 カーキさんがしがしと無遠慮に俺の頭を撫でて来る。


「っ~~~~~」


 くっそ。

 何でもう、ああ~~~~っ。

 むしゃくしゃする。

 何をどう言って良いのか分らない、そんな感情を俺が持て余していたらもの凄い勢いで男が一人冒険者ギルドに転がり込んできた。


「大変だ!!!!西区の外れの木こりが魔物に襲われた!!!」


 その一言で冒険者ギルドの空気が一変した。

 西区の外れ、西区の外れって言ったか?教会うちの近くじゃないか。

 それに外れの木こりって言えば何時もカルが材料もらってるおっさんの所じゃないか?


「詳しい話しを聞かせて下さい」


 カーキさんの後ろにはいつの間にかギルドの受付嬢ソニアさんが立っていた。

 いつもは柔らかい笑みを浮かべている冒険者に人気の受付嬢のソニアさんが見せた真剣な眼差しに緊迫した空気がこっちにも伝わって来る。


 ぞくり―――――

 何だか嫌な予感がした。

 

「俺、ちょっと教会うち見てきます」


 その瞬間そう口を突いて言葉が出ていた。

 木こりの小屋とカルの訓練してる裏山の広場は結構近い。

 子供の足でも半刻と掛からない。

 もしまかり間違って魔物が広場に向かったら、そう考えると居ても立っても居られなかった。

 気が付けば俺は家に向かって走り出していた。


「頼む。家に居てくれ!」




 全速力で走った。

 腰にぶら下げた短剣と背中に背負った長剣ががしゃがしゃと耳障りな音を立てている。

 だけどそんな事気にしていられない。

 そんな俺を街の奴らは何事かと言った表情で視ている。

 全部無視だ。

 兎に角無事を確認出来たらそれでいい。

 その想いだけで俺は教会まで走りきった。


「ぜぇぜぇ………はぁはぁ………」


 頼む居てくれよ。

 裏口の扉を勢いよく開けるとそこにはアーティ姉ちゃんが居た。


「もう、もっとゆっくり開けなさいよ。吃驚してジャガイモ落としちゃったじゃないの………ってどうしたのアーヴィン?そんな血相変えて?」


 丁度夕食の準備をしていたらしく手に持っていたジャガイモを吃驚して落としたみたいだ。


「ねぇちゃん、カルは?」


「まだ帰って無いけど?多分裏山ね。ベッキーも一緒だと思うからアーヴァィン呼んできてくれる?」 


 最悪だ。

 アイツまだ帰って来てないのか?

 いつもなら夕食前には帰ってくるのに。

 しかもベッキーも居ないのか!?

 最近ベッキーもカルが騎士学校に行くからってべったりだったもんな。

 くそ、もし広場に魔物が向かっていたら………。

 血の気が引いていくのが自分でも分る。


「ど、どうしたのよアーヴァィン」


「ねぇちゃん良く聞いて。ペイズのおっさん所で魔物が出たらしいんだ」


「え?嘘でしょ?幾らこの辺が街の外れって言っても一応街の中よ」


「さっき冒険者ギルドで聞いたんだ。あそこから裏山はすぐそこなんだ。俺二人を見てくるよ」


「えっ?えっ?」


「ねぇちゃんは家で待ってて。俺行ってくる」


「待って、私も行く!」


 結局俺達は二人で裏山に行く事になった。

 何時もの広場にカルとベッキーが居たらそれで良い。

 それで、そのまま直ぐにうちに帰って皆で夕食の準備をするんだ。

 そんな事を思い俺は深く考えずにねぇちゃんの同行を許してしまった。

 この時ちゃんと断っていたら、もう一度「家で待ってって」って言えば良かったなんて後悔する日が来る何て事、露にも思わなかった。


 裏山へ上がって行く途中から山の様子がおかしい事に気付いた。

 

「ねぇちゃん、変だ、山が静かすぎる。動物が全然居ない」


「ホントそうね、何だかちょっと薄暗いし」


 夕日が刺す森、その木々の枝葉が光を遮断しいつもより薄暗く見えた。

 木々の間にぽっかりと開いている道は何か気味の悪さを感じさせる。

 歩き馴れた筈のその道が今日は何故だか別の道のように見えた。

 

 広場まで続くその道を二人で駆け上がる。

 この坂を登ればもう直ぐだ。

 そこでカルとベッキーを見付け連れて帰るだけだ。

 それだけの筈なんだ。

 なのに胸騒ぎが収まらない。


「ねぇちゃん、急ごう」


 そう言い残し俺だけ先に坂を駆け上る。

 坂を登った所は開けていて、カルが何やら巻藁を造ったり、反撃してくる木の人形を作ったたりしていて何時もアイツはそこで騎士に為るための修行をしていた。

 ほんと飽きもせずいっつもいっつもそこで素振りしてたんだ。

 だから今日も居る。

 居るはず――――なのに。


 何で――――


「――――――何で居ないんだよっ!!!!」


「もう、アーヴィンちょっと待ちなさいよっ」


 遅れてアーティ姉ちゃんがやって来た。

 ぷりぷりと怒っているけど今はそんな事に構っていられない。

 広場の方に目をやるとそこには一本の折れた巻藁が転がっていた。


「まさか、あれを治そうと思って木こりの所に行ったんじゃ――――」


「――――嘘でしょ?」


『………ぁぁ』


 何時に増して静かなのが幸いしたのか、微かに、ほんの微かに森の奥の方から人の声が聞こえた気がした。


 二人して同時に顔を見合わせると俺達は無言で頷くと森の奥へと入って行った。

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