異変ー1

「ほんと男の子って成長しないよね」


 アーティお姉ちゃんがカルとアーヴィンの言い争いを見てそんな事を言っていた。

 二人はいつもいつも喧嘩している。

 だけどベッキーは知っているんだ。

 二人が結構仲良い事。

 何時だったかカルが裏町の子供達に大勢で囲まれボコボコにされたと聞いて、アーヴィンが仕返しに行っていた。

 その時に『いつも喧嘩ばかりしてるのに何故仕返しに行くの?』って私はアーヴィンに聞いたの。

 じゃぁアーヴィンは「アイツを虐めて良いのは俺だけだ」なんてそっぽ向きながら話してくれた。

 その時のアーヴィンは照れ照れだった。

 だからベッキーは知っている。

 二人がちゃんと成長していること。


「ベッキー、私もう行かないと。仕事があるから、夜には帰って来るけど今日は少し遅くなくなるかもだから皆でご飯先に食べといてね」


「う………ん」


 アーティお姉ちゃんはそう言うだけ言って出かけて行った。

 結局今日もカルかアーヴィンが帰ってくるまで私はひとりぼっち。

 ベッキーは寂しい。

 もう少ししたらカルは学校に入るため何処かに行ってしまうみたいだし。

 そうなったらベッキーもっと寂しくなる。

 だから今日はカルの所に行こう。


□■□■□■□■□■



「で、来たの?」


「うん!」


 ベッキーは最近僕が裏山で素振りしているとそれを眺めに来るんだ。

 危ないから来たら駄目だって言ってるんだけど聞きやしない。

 僕等が住んでいる教会は王都の西地区にある。

 西地区は唯一王都を囲う城壁から外にある地区だ。

 王都にあって王都でない場所。

 それが西地区。

 だけど治安は言う程悪くない。

 外縁地区の一部はスラムみたいになっているけど、それでも自分から近づかない限りじゃないと何もない。

 僕等が住んでる教会の神父はそのを引き当てたらしくかなり前から行方不明だ。

 気付けば僕達4人で暮らして早5年。

 一応協会の体を保つためかある程度の食料なんかは本部から送られてくるのだけど、代わりの神父だけは何時まで経っても来やしない。

 そんな中、僕等は子供4人だけで生活してきた。

 貧しくもやってこれたのはご近所さんの助けもあるけども、正直アーティお姉ちゃんが居なかったらきっと僕等兄妹は今頃この世に居ない。

 それ位アーティお姉ちゃんに僕等は助けて貰ってきた。

 毎日のご飯は当たり前で僕達は子供だから服だってすぐに着れなくなってしまう。

 そう言った生活に必要な物も全てアーティお姉ちゃんがどこからか用意してくれていた。

 お金だってそうだ。

 騎士学校に行くお金だって安くはないんだ。

 

「やぁっ!!」


 だから。


「せいやぁっ!!」


 僕が騎士になって。


「りゃぁーーーーーーっ!!!」


 皆を楽させてやるんだ。

 その為にはもっと強くならないと。

 折角あのムーディーナ騎士学校に入学できるんだ。

 絶対僕は―――――


「――――騎士になるっ!!!」


 ギギギギ………ドスン。

 僕の繰り出した横払の剣戟で巻藁が真っ二つに折れた。


「カルすごーーーいっ!」


 ベッキーが大喜びで僕の方に駆け寄ってきた。

 そんな喜ばれても困るんだけどね。

 そうは思いつつも羨望の眼差しを向けてくるベッキーに僕の自尊心は擽られてしまう。


「へへへ。まぁね、でも調子に乗ってコレ折っちゃったからまた造らないといけないな」


 そう、巻藁は勿論、木剣もお手製なのだ。

 欲しいものは造る、壊れたらまた造る、コレが僕等のルールだ。


「それじゃ材料取りに行こうよ」


 満面の笑みで語りかけてくるベッキーに思わず僕は「うん」としか答えられなかった。

 僕等は皆末っ子ベッキーには敵わないのだ。

 

「ここから少し行った所に木こりのおじさんの作業場があるから、そこでクズの木材を貰いに行こうか」


 僕がそう提案するとベッキーは嬉しそうに頷いた。


 

 しばらく森の中をベッキーと二人で歩いて行く。

 木こりのおじさん、ペイズさんの所に行くには森を抜けて小川を超えれば半刻ほどで着く。

 いつもいらない材料をもらったり道具を使わしてもらったりしているのでペイズさんとは結構な顔なじみなのだ。

 ちなみに教会内の大工仕事は僕が殆どやっている。

 この間なんかアーヴィンのタンス造ったんだ。

 結構良い出来でアーヴィンは吃驚していた。

 そこで「騎士になるより大工になった方が良いんじゃ無いか」なんて真顔で言い出すから結局喧嘩になってアーティ姉ちゃんに大目玉を喰らったんだ。

 アーヴィンは絶対一言多いんだよな。


「なんだか今日は森が静かだな」


「うん、なんか変な感じ。早く小屋まで行こうよ」


 ベッキーも何か変だなと感じているのだろうか。

 流石に今日この山で小鳥の一匹すら見ないのはおかしい。

 ベッキーの言うとおり少し急いだ方が良さそうだ。


「そうだな。ちょっと急ごう。日も落ちかけてきたし」


「うん」


 この時、僕達二人が此処で引き返していればあんな事にはならなかったのかも知れない。

 僕はこの先ずっと、そう後悔する事になるなんて誰も予想し得なかった。

 だけどそれを思うのはまだずっと先の事。


 木々が生い茂る裏山の森を僕等急ぎ木こり小屋へ向かう。

 小川を超えた辺りで少し変な臭いがした。

 嗅いだことある臭いなんだけど一体何の臭いなんだろう?何となく頭の隅に引っかかりを覚えながらも僕は更に奥へと進んでいった。


「ベッキー大丈夫?」


「うん」


 そう返事する物の、ベッキーは少ししんどそうだ。

 ちょっと速度を落とそう。


「もう小屋はそこだか………ら」


 振り向いて僕がベッキーに語りかけたその時、ガサリと草をかき分ける音が鳴るのとほぼ同時だった。

 次の瞬間ベッキーが僕の視界から消えた。


「えっ………きゃぁっ!!!」


 その直後ベッキーの悲鳴で僕は瞬間的に我に帰れた。

 ベッキーは緑色した小人ほどの体型の何かに引き倒されていた。

 緑色の肌。

 気味の悪い赤い瞳。

 まさか、こんな所に魔物が出るなんて!

 僕は護身用で背中に担いであった木剣を構えそれを強く握る。

 緑色した魔物はゆったりと僕の方を向いた。


「グギャギャギャギャギャギャァアアッ!!!」


 まるで僕を威嚇するかのようにソイツは吠えた。


 ギザギザの歯。

 不気味な顔、まるでお伽噺に出てくる悪魔みたいだ。

 怖い――――

 今日、今、この瞬間、僕は生まれて初めて魔物と対峙した。

 お伽噺の中とはまるで違う存在感。

 不快な臭い、ぬめっとした湿気。

 そこだけが全くの異世界の様なそんな雰囲気を醸し出している。

 異変、異質、異常。

 その存在自体が怖い、そう――――ただただ怖いのだ。

 そう思ってしまうと、途端に僕の頭の中を恐怖が支配する。

 身体が硬直してしまう。

 ガクガクと膝が揺れているのが分る。

 体中至る所から嫌な汗が流れ落ちる。

 目に入る景色全てがぐにゃりと揺れた。


 こんな時の為に僕は剣を振ってきたんじゃないのか?

 だけど、剣を振るってどう動けば良いんだっけ?

 そんな事すら分らない。

 

 すると目の前の魔物が笑った。

 確かに笑った、そう、嘲笑ったのだ。

 それが「なんだお前、俺が怖いのか?」まるでそう言っているように僕には見えた。

 そして僕を無視しベッキーの方に向いたのだ。

 僕を、まるで居ない物として扱うかの様に。


 ふわりと薫る臭い。

 またこの臭い、森の中で嗅いだ臭い。

 この時僕はこの臭いが何なのか気が付いてしまった。

 ああ、コレは、この臭いは鳥を捌いてる時に出る臭いだ。

 さっきから嗅いでいた臭いは血の匂いだったんだ。

 血――――

 一体の?

 そう思うと僕の中の恐怖が一気に膨れあがる。

 恐怖が全身に根を張ったかの様に広がり僕を縛り付けてくる。


「グギャギャギャ」


 目の前の魔物が愉しそうに一鳴きした。

 その声にすら恐怖を覚えてしまう。


 膝が震え頭が重くなり全身が硬直しているのが自分でも分る。


 怖い――――

 怖いよ――――

 誰か――――たすけ―――――

 


「ひぃっ!」


 ベッキーが引き攣るような声を上げた。

 見ると魔物がベッキーの着ていた服を引きちぎった所だった。

 おい、お前何してるんだ?


「いっいやぁっ」


 ベッキーが泣いている。

 蒼い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 その瞬間まで僕を縛って雁字搦めにしていた恐怖と言う鎖がまるで嘘みたいにぶち切れた。


「僕の………僕の妹を虐めるなぁあああああっ!!!!」

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