第20話「聖処女サトゥルヌス、二」
「本当に一人でここに住んでいるのか?」
図書館で本を借り、新聞のコピーを取った啓太達三人は千夜子の自宅に訪れていた。
千夜子の自宅は実家ではなく、マンションでもない。自分で購入した少し豪華な一軒家が彼女の住まいであった。
「ええ。ただ購入したのはいいけど、ちょっと大きすぎて管理が大変なのよね。啓太の実家くらいの家にするべきだったわ」
「何気なく俺の実家をディスるのはやめてくれ」
実際、千夜子の家は啓太の実家の一回り大きく、しかも新築だ。啓太の実家など、五十年前に建てられた借家をリフォームして住んでいるから。お世辞にも自慢できるものではない。
「ささ、家の品評は良いとして、早く始めるわよ」
千夜子を先頭に啓太達は家に招かれる。
入ってすぐの玄関の中は、とても広い。高さは家の天井ほどもあり、藤の花のようなライトが垂れさがっている。横には啓太の部屋二つ分もあり、高そうな調度品やドライフラワーが飾られている。
千夜子はさっさと家に上がり込み、手荷物を近くの応接間に運んだ。
啓太と亜子もそれに続くと、一瞬、迎賓館に訪れたような錯覚を覚えた。
部屋は当然のごとく横に広く、玄関ほどでないにしても天井は高い。上にはウェディングケーキのようなシャンデリアが吊り下げられ、地面は白濁とした大理石が敷かれている。
千夜子はまるでダブルベットのようなソファーに座り、衣服のように滑らかなカーペットへ靴下を付ける。手荷物を置いた客室用のテーブルも大理石。その脚に刻まれたライオンやゾウ、キリン、インパラ、シマウマなど百獣の獣たちが迫力ある躍動感を持っている。
千夜子は机の上に資料をぶちまけると、啓太と亜子を置いて調べ物を始めてしまった。
啓太はあまりにも家のインパクトが強く、疲れたように喋りだす。
「あんな変人が金持ちなんて、この国はどうかしてやがるよ……」
「啓太さん、嫉妬はみっともないっすよ」
「ハハハ……。いっそのこと、雇われの身としてこの家に住み込みで働くかな」
「啓太さん!?」
千夜子は集中しているかと思えば、案外耳が良く。啓太と亜子の会話に気付いた。
「あら、いいじゃない。部屋も空いているし、一人二人ぐらい構わないわよ」
「なら三人で一緒に住むか? ハハハハ」
啓太が乾いた笑いをしていると、亜子が驚いて拒絶する。
「ダメっす。そんなことしたらヤバイっす」
「何がどうやばいんだよ」
「そんなことしたら、コウノトリが来ちゃうっす!」
「はあ?」
亜子は誰と誰とのコウノトリか明言せず、朱色に顔を染める。ついに啓太と目を合わせずらくなり、顔をそむけた。
「ハハハ、嫌われたみたいだ」
啓太はそんなことを嘯きながら、ソファーに腰かけるようとする。その前に、亜子が素早く動いて啓太と千夜子の間に割って入って席に着いた。
「さあ、今夜中に終わらせるわよ」
千夜子が元気よく号令を掛けると、三人は読書に勤しんだ。
探している情報を抜き出すには一晩かかると思われたが、案外借りた本から拾える情報は少ない。時間はさほど掛からず、すぐに笑いの法の情報がまとめられた。
笑いの法については、パンフレットの内容とは別に、以下のことが分かった。
笑いの法はX市に施設が一つだけの、地域密着型宗教法人である。最終確認された際の構成人数は七十八名だ。
笑いの法の教義は笑顔によって邪気を打ち払い、自分を尊重し他人を尊重し、共に笑いあって幸福な人生を築くというものだった。
特に終末思想などの過激な思想はなく、一見すれば危険な宗教団体ではないように見える。
ただし、笑いの法を批判する記事によれば、強い秘密主義で問題を隠蔽し、二代目になってからは特に拝金主義となっているそうだ。
そんな笑いの法なのだが、その存在は三十年前に消えている。どうやら釈迦の生まれ変わりの子を披露する前日に、教団員が全員失踪してしまったのだ。
「全員、失踪だと?」
「一夜での出来事だそうよ。勧誘された人や記者が、公開される釈迦の生まれ変わりを見に行った時には、全員。争った形跡もなく、血の跡や死体も無し。まさに集団神隠しね」
「じゃあ、その釈迦の生まれ変わりの子も行方不明なのか」
「発見されたという話はないから、そのようね。これも時空の狭間と関係あるのかしら?」
啓太と千夜子、それに亜子は、うーんと唸って考える。
「ここに居ても答えは分からないわね。次は笑いの法の本部を調べるわよ!」
「おいおい、こんな夜になってから行くわけじゃないよな」
「あら? もう日が暮れている。仕方ないわね。今夜は皆、泊っていきなさい。明日の日曜日に三人で行くわよ」
「着替えもないのにか?」
「パンツは近くのコンビニから買いなさい。上着はお客様用の寝巻があるから大丈夫よ。洗濯は干さずに完全乾燥までしてくれる我が家の洗濯機を使えばいいわ。亜子もそうしなさい」
千夜子の指示に、亜子はうんうんと頷いた。
「パジャマパーティーとか一度はやってみたかったのよね。今日は寝るまで張り切るわよ」
啓太は千夜子の強引さに、いいえ、とは言えず。話の流れで一夜を千夜子の家で過ごすこととなった。
「おい、これはシャレにならんぞ」
「よいではないか、よいではないか。さあ、もう一戦よ」
「いや、もう俺詰んでるから。これ以上は無理だから!」
啓太達は寝る前の交流として、ポーカーを選ぶことにした。ちなみにこの提案をしたのは、千夜子からだった。
ただ亜子はポーカーのやり方を知らず、千夜子と啓太二人で始めることになったのだが……。
「脱衣ポーカーで俺が脱がされるなんて誰が得するんだよ!」
脱衣ポーカー、つまり衣服を掛けの対象としてベットし、互いに脱がしあうという、千夜子考案の謎ゲームだ。
ただ衣服の枚数ではゲームが早く終わるので、衣服は数値化している。羽織っている物は十点、シャツはニ十点。ズボンは三十点。下着は五十点という具合だ。
啓太は千夜子の提案に戸惑い、最初は断っていた。それでも自身のスケベ心がなかったわけではなく、嫌々を装って承諾した。
しかし、その啓太が一方的に負ける展開が始まる。
最初の勝負でまず千夜子が颯爽とスリーカードで勝ち、啓太のパーカーがあっさりと剥がされる。
次に逆転を賭けてゴミ手ではったりをかますも、簡単に見破られた上に、ストレートフラッシュで大敗した。
賭け分も多かったため、たった二戦で啓太の残り衣服はトランクス一枚となった。
「キャーキャー、キャーッ」
さっきから亜子が両目を手の平で覆い、指の隙間から啓太の半裸を直視している。千夜子の方は特に恥ずかしがる様子もなく、深夜のテンションで変態親父になっていた。
「フフフッ、最後の一枚はもうすぐよ。かけ金が無くなったらどうしてくれようかしら。私の背中でも流してもらおうのもいいかもね」
「バッ、そこまではしないぞ。絶対にな!」
啓太は顔を赤くして拒否する。でも満更でもないのか、それも悪くないな。という妄想が一瞬通り過ぎた。
「いや、いかんいかん。勝負を捨てるわけには――」
「さあ、ゲームの再開よ。こちらは啓太の全開までベット! 一気に勝負をつけるわよ!」
「ちょっ、加減ってことを知らないのか!」
啓太と千夜子は互いにカードをめくる。啓太はカードを見て渋い顔を、千夜子はにんまりと余裕の表情だ。場の空気のせいで、ポーカーフェイスも何もない。
「どうやら、勝ちは決まったようね」
「まだだ、まだ。こっちはカード全部を入れ替える」
啓太は持ち札をすべて捨て、自分の引きの良さに身をゆだねる。はっきり言えば、それは無謀だ。
「……んっ?」
啓太と千夜子が同時にカードを見せる。千夜子はまたもやストレートフラッシュ。啓太はと言うと。
「これって何手になるんだ? ストレートフラッシュか?」
「――はあっ!? ジョーカーでロイヤルストレートフラッシュ!? あり得ないわ、なんて悪運してるの」
「お前こそ。この手がロイヤルストレートフラッシュなら、後一つ上ならジョーカー無しで成立してるじゃねえか。絶対、イカサマしてるだろ!」
啓太と千夜子は互いの手について言い争う。ただ千夜子の方が先に言い争いから降りた。
「負けは負けよ。私の賭け分は、こうね」
千夜子はためらいもなく、上半身の服を全部脱ぎ始める。千夜子の鎖骨から胸にかけてすらりと伸びた柔肌が、ブラジャー越しの小さな丘陵を控えめに強調している。
両腋の肋骨は薄い肌に波を作り、ヘソまでのへこみは薄く塗装を縫ったかのように滑らかだ。
そんなやせ型のフェチに突き刺さる儚い千夜子の体型は、眺めている啓太を恥ずかしがらせた。
「なんで脱いでんだよ! あんたにお淑やかの文字はないのかよ!」
「あら、啓太には刺激が強かったかしら。大人の魅力に負けて襲い掛かりたい衝動を抑えるのが精一杯のようね」
「誰が起伏の少ないあんたの身体に興奮するんだよ。俺もそこまで性癖曲がっちゃいない!」
「……馬鹿にしてるのかしら。馬鹿にしているようね。これは調教する必要がありそうね」
千夜子は突然、啓太の頭にヘッドロック。つまり腋肉と二の腕の筋肉で啓太の側頭部を挟む。
これには啓太も慌てる。なんとか拘束から逃れようとするも、ホールドを外すには千夜子の半裸に触る必要がある。そのため、されるがままになっていた。
もし啓太に容赦という言葉がなければ、千夜子の嫁入り前の身体を触っても構わないだろう。だが、啓太も変態が付かない方の紳士だ。乱暴に扱うのは気が引けた。
「啓太さん! どうして成すがままなんっすか!」
啓太と千夜子の絡みに、亜子が参加する。千夜子の組み付いている啓太の頭に飛び掛かり、必死に二人を引き裂こうとした。
正面から密着したせいか。啓太の顔を、亜子の豊満な胸部が優しく包み込む。千夜子と比べると、その差は歴然。平面と富士山のごとき高低差だ。
「亜子! これは男と女の真剣勝負よ。邪魔しないで!」
「そういうワケにはいかないっす。チョコ先輩! こんな不純なやり取り、コウノトリが見てたら一発でやってきますよ! 一発で!」
「だからって負けはしないわ。もっと体重をかけて、こう!」
「あああっ! 胸をくっつけすぎっす! 早く離れるっす!」
啓太は千夜子と亜子の喧嘩に巻き込まれ? 右と左を女体に挟まれたまま、揺すられ転がされて、目線も思考も定まらない。
「お、おい。それ以上はもう……」
啓太は股間に血の猛りが回り始めるのを感じ。必死に高揚する心を押さえつける。
すぐにでもトイレに駆け込まなければ、これは大変なことになってしまう。啓太は自分の体面の危機を何とか堪えようと必死だった。
「啓太は、どうするの! 勝負はどうなるの!」
「啓太さん。負けるんじゃないっす。漢は毅然とするっす!」
千夜子と亜子は啓太の顔に自分の顔を近づけ、甘い吐息を吹きかける。
ついに、啓太は一大決心をして、叫びをあげた。
「ギブアップ。ギブアッーーーーープ!」
千夜子の広い家に、啓太の情けない声が響き渡った。
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