第14話「ロクロクロ、四」

 ロクロクロに初遭遇してから、啓太ら三人はばったりと村の中で出会わないよう、慎重に派出所へ向かった。


 幸運なことに、あのバイク音が再び耳に飛び込むことはなく、三人は目的の派出所に潜入することができた。


 しかし、そこで目撃したのは凄惨な光景だった。


「ひっ」


 小さく悲鳴を上げたのは、亜子だった。他二人も声を飲んだ。


「これは、ロクロクロの仕業か?」


 三人の目の前に、一個の死体が壁に寄り掛かっていた。


 格好は警官の制服を着ており、勤務中だったことが伺える。死因は一目瞭然、頭から出血した傷である。


 流れた血の凝固具合からして、死後数日も経っていない。最近のもののようだ。


「いいえ、見て。手に拳銃を持っている。それに頭の傷は銃撃によるものよ」


「つまり、拳銃自殺か」


「そうね。もしかしたらロクロクロの事件が原因かも」


 啓太達は一旦、死体の処遇を後回しにして派出所の内部を捜索する。


 部屋全体は綺麗に整理整頓され、引き戸付きの鉄製本棚には何らかの資料が収められている。警官の事務机の上には、勤務表らしきものが開かれたまま置かれていた。


 啓太はそれを手に取る。見開かれたページには最後の遺言らしき言葉が、白い下地を黒く染めるほどびっしりと書かれている。


 自殺への執着心がそうさせたのか、あるいは別の何かに捉らわれたのか。推して知るべしだ。


「読むぞ」


 啓太は一呼吸を置いてから、内容をなぞり始めた。




 私が自殺する理由は幾つかある。それを書き残そうと思う。


 始まりは三人の子供の失踪事件から始まった。


 夏休みの二日日、忘れもしない七月二十一日。第一報は安田義彦くんの行方が分からないと、彼の両親から連絡があった。


 どうやら先日、川遊びに出かけたまま行方知れずとなったらしい。私は村の青年会の人達とともに、水難の可能性も含めて捜索を行った。だが、一日探しても痕跡や遺体は出なかった。


 そうこうしている間に、七月二十二日、七月二十三日と連続して子供の失踪が起こる。二人目は川端明弘くん、三人目は吉田吉男くんだった。明弘くんは警察官に憧れていて、派出所に良く顔を出す元気はつらつとした子供だった。


 一度に三人の子供の失踪、それも皆小学生。村人達は子供の誘拐では、と囁き。しばらくは集団登校、集団下校が繰り返された。


 村人達の間では、三人の犯人候補が上がった。一人は山奥に住む、ヤマンバと呼ばれるおばあさんだった。


 彼女は何やら不思議な薬の調合をしており、得に薬を販売する様子もなく、村人達からは気味悪がられていた。だからこそ、疑われたのだ。


 漢方などには、流産した赤子を煎じて飲むこともあるらしい。そのため、おばあさんが子供を殺して薬にしてしまったのではないか、という噂が出たのだ。


 二人目、三人目は最近越してきた夫婦だ。近所の人によれば、経済的な苦でこちらに越してきたらしい。


 疑われた理由は、二人が子供を欲しがっていたせいだ。それも、二人が子供を望めない身体であったことが起因する。


 村人によれば、二人は何度か孤児院に通い、養子を得ようとしていた。


 だが、孤児院に引取は断られていた。それは経済的に十分でないことが原因だった。


 また、夫婦には犯罪を犯した過去があるのではないか、という噂があった。これは誰が発端になったのかは、その時知らなかった。


 ただ夫婦は子供の失踪時、積極的に捜索に加わり、比較的好意的に見られていた。


 自体が一変したのは、夫婦の自宅敷地から子供の衣服が見つかったとの報が入ってきた時だ。


 通報したのは誰か分からぬが、派出所の黒電話にタレコミがあった。私が夫婦宅を尋ねると、敷地の林に服が引っ掛かっていたのだ。


 夫婦はすぐに村の自警団に捕らえられ、事情聴取が始まった。しかし、二人とも首を横に振るばかりで進展はなかった。


 そんな時、村に一人だけの医師が勇気ある告発をしてくれた。


 医師は夫婦の診察の際、子供を授かれぬなら他人の子供でも奪い取ってしまいたいという内容の発言を聞いた、と証言した。証言したのは、医師から懺悔室で心の内を明かされたという、カトリックの神父に促された結果だった。


 そして、神父もまた告解の内容を告発した。自分も、懺悔に来た夫婦が罪を認める内容の言葉を発したと、証言したのだ。


 夫婦は泣いて否定したが、これだけ条件証拠と証言がある以上、村人は誰も耳を貸さなかった。


 村人達の怒りは想像を絶した。私も、親を殺されたのと同じくらい激怒していた。誰もが夫婦の泣き姿に同情せず、逆に助けを得るための演技だと罵った。


 村人達は夫婦から子供の居場所を聞き出すために、二人を拷問をした。止めるべき警察の仕事をしている私でさえ、自ら参加した。それは同調圧力からではない。本心からだった。


 私は地元警察署に報告せず、村で内々に処分する企みに手を貸した。子供達は三人とも無事に発見されたと、嘘の情報を報告したのだ。


 その後は、私刑が待っていた。


 爪を剥いだり、歯を抜くのは当たり前。裸にして村中をバイクで引き回し、石を投げた。最後は三好川の急流に打った柱に縛り付け、いわゆる水牢の刑を執行した。


 皆、無力な子供を無残に殺した相手だからと、残酷なまでに協力的だった。


 今思えば、私たちは狂気に取り付かれていたのかもしれない。


 結局、拷問にかけた夫婦は、子供の遺体は三好川に投げたと告白した。きっとそれは、苦し紛れだったのだろう。


 再度捜索した結果、村境に近い下流で子供の衣服が流れ着いているのを発見した。しかし遺体は出ず、海に流されたのだろうと納得せざる得なかった。


 夫婦は最終的に、村人の手によって死刑になった。刑は火あぶりだった。


 夫婦は最後の時だというのに、恨み言一つ言わず。ただ泣き叫びながら逝った。


 しかし三年後、事件を忘れようとしている中、事態は急変した。


 きっかけは山奥にいたおばあさんだった。


 おばあさんはあろう事か、教会裏の墓を暴いたのだ。教会の墓は土葬で、特別に自治体から認められて土葬された人が眠っている場所だった。


 問題は、おばあさんが暴いたことではなく、墓の中身の方法だった。


 墓には棺桶の中に一人の老人だけが入っているはずなのに、二人いた。それも一人はとても小柄な子供の死体だった。


 村人達は困惑した。そしてすぐに三年前の連続失踪事件を思い出したのであった。


 墓の管理人である神父に問い詰めたところ、神父は身寄りのない子供を秘密裏に埋葬していたと白状した。だけどそんな話、誰も信じなかった。


 子供の死体は白骨化していたけれども、歯の治療痕から吉田吉男くんのものだと分かった。


 村人達は恐ろしい想像にとりつかれた。失踪した三人はここに埋められているのではないか、と。


 確かめるには、墓を掘り返すしかなかった。


 果たして、他二人の子供の遺体が出てきた。それから、村人達は取るもの取らずに逃げだそうとしていた神父を拘束した。誰にも知られずに遺体を埋葬できるのは、彼しかいなかったからだ。


 神父は尋問の末、白状した。自分が子供を殺した、と。


 動機は性的虐待を隠すためだった。神父によれば子供の無垢な身体に憑りついた悪魔の心を浄化するためだとか、意味不明な供述をしていた。


 また神父は自分の罪を夫婦に被せるため、様々な工作をしていたことが判明した。


 例えば、医師に匿名の手紙を送り、夫婦が犯人であるかのように誘導し、言ってもいない内容を発言させることに成功した。これは直接、懺悔室で罪の告白を聞いてしまったと医師に嘘を吹き込むことで、決定的となった。


 子供の衣服は自ら置きに行き、偽の証言もし、隠蔽工作は完璧かと思えた。


 子供の遺体が掘り返され、自分の罪が墓穴から出てくるまでは。


 神父は尋問の中、村人達を呪った。これは私だけの所業ではない。罪なき人間を共に裁いたお前達も同罪である、と。


 村人達は恐れと怒りから、神父の全身を傷つけ、生きたまま墓に埋めた。


 その後、村人達は自分たちが殺した夫婦への罪悪感から、子供と夫婦のための慰霊碑を立てることにした。


 その名を、五人塚という。


 ……。


 私の罪はこのとおりだ。自分の職務を捨て、殺人に荷担し、罪なき人を殺めたのだ。


 あの化け物が現れたのはきっと、私や村人達への天罰なのだろう。銃も効かず、神出鬼没な奴は誰も止められない。


 あの化け物は私の母や、私の妻さえも殺してしまった。そして次は、私を襲うつもりなのだろう。


 その前に、私はやるべきことをやってしまおう。




「罪の告解って奴かな」


 啓太はぽつりと呟く。死を前にした一人の警官の、最後の想いはなんだったのか。三人には図りかねた。


「三十年以上前の話よ。感傷に浸る意味はないわ」


「ドライな奴だな。この人がお前の叔父さんだったらどうするんだ?」


「――叔父さんは関係ないじゃない! まだ死んでいないわ」


 千代子は叔父と言われて声を荒げた。地雷を踏んでしまったようだ。


「そ、そこまで怒るなよ。悪かったって」


「二度とその汚い口で叔父のことを罵ったら、タダじゃおかないわよ!」


「お、おう」


 千代子は荒い息を吐きながらそっぽを向き、代わりに落ちていた拳銃を拾う。


「持っていくのか? 経験あるのか」


「競技用のライフル射撃は経験あるわ。同じようなものでしょ」


 拳銃はリボルバー式の小さなものだ。洋画の主人公が持っているどでかい拳銃とはまた違う。銃弾の出る射出口、つまり口径は小指が入らないほど狭かった。


 千代子は慣れた手つきで素早く残弾を確認する。弾は五発、一発分だけ穴がぽっかりと開いていた。


「五発もあれば十分でしょう。ただ、ロクロクロには銃弾が効かないらしいから、どれほどあてになるかしら」


「そうだよな。銃で倒せないなら、どうする?」


「調伏か成仏の方法を考えましょう。時空の怪異なら、必ずここに答があるはずよ」


 そうなると、問題はロクロクロの正体だ。今までの記述を見る限り、可能性が高いのは三人だ。


「夫婦の方なら、二人組になるわよね。そうすると、ロクロクロは神父の方かしら」


「可能性は高いんじゃないか」


「なら、次は教会ね」


 啓太と千代子は地図を広げ、次の目的地へ歩きだそうとしていた。


「ダメっす。待つっす」


 その行く手を遮ったのは、亜子だった。


「どうしたの? 亜子」


「離れる前にここでやるべきことがあるっす」


「やるべきことって?」


 亜子はびしりっ、と警察官の死体を指差した。


「この人のお墓を作るっす」


「はああああ?」


「文句はなしっす。今すぐするっす」


 亜子はそういうと、警察官の身体を運ぼうと足を引っ張る。だが重たいらしく、その身体はほとんど動かない。


「仕方ないな。そんなのじゃ夜になっちまうぞ」


「夜にはならないわよ。ここは時間が止まっているって、前に説明したじゃない」


「……そういう意味じゃないよ!」


 啓太はしぶしぶといった感じで、警察官の肩を持った。どうせ、墓穴を掘るのも自分だろうな、と諦めながらだった。

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