第13話「ロクロクロ、三」

 始めに訪れた家屋は、石碑のあった三好川より数百メートルもないところにあった。


 それは田舎らしい、錆びたトタンや苔むした瓦の目立つ建物で、鬱蒼とした木々に囲まれている。あまりにも木が密集しているため、そこはまるで森の一画であった。


 啓太ら三人は、門のような枝のアーチをくぐり、チャイムも鳴らさず木製の引き戸を開いた。


「いい場所ね。歳をとったらこういう場所に住みたいわ」


「何年後の話だよ。気が長い奴だな」


「いっそのこと、別荘として買うのもありよね。そう思うでしょう」


「……金持ちめ」


「羨ましい? だったら管理人として住まわせてもいいわよ」


「もしもそんなことがあれば、管理費用頂くからな!」


 啓太と千代子がじゃれている間も、三人は家の中を進む。


 そしてすぐたどり着いた一室は、食卓であった。


 前回見た食卓とよく似ているものの、そこには食事が並んでいない。どうも飯時に時間が固定されたわけではないらしい。


「そういや、時空の狭間の食事は食べないほうがいいんだったか? 食べたらどうなる」


「卑しい啓太にお答えするわ。時空の狭間で食物を摂取すると、時間の流れの違いで精神的な混乱や霊感が強く出るの。そしたら普通は心を病んでしまう。

 ただし治療法はあるのよ。治療には食事療法を用いるの。最初は塩分のスープ。これは海を象徴とした生命のスープという解釈よ。次に時間をおいて、野菜や穀物を口にする。それからタンパク質、これは大豆やササミが良いとされるわ。これでだいたい、三日で治癒するわ」


「もっと魔術的な解毒方法かと思ったが、意外だな」


「私もそう思ったわ。でも、吸収した時空の狭間の成分を置き換えるのは、同じ食事が一番いいらしいの」


 啓太は千代子の特殊な方面の博識にふーん、とうなった。


 三人はそのまま、二階に上がった。手すりをなぞって階段を上がった先には、男性名の名札が掛けられた扉があった。


「息子さんかお父さんかしら、ともかくおじゃましまーす」


 千代子は一切の躊躇なく、見知ったこともない男性の部屋に突入する。胆力があるというのか、乱暴というのか。千代子の大胆さは前回の時空の狭間で実証済みだ。


 啓太は呆れつつも、千代子に続く。その後ろを追って、亜子も入ってきた。


「さて、どうしようかしら。まずはベットの下でも探す?」


「今時そんなところに……。って調べ物が違わないか」


 千代子は啓太の返答に、けたけたと笑っている。からかわれたようだ。


「馬鹿言ってないで目的のものを探すぞ」


 目的のもの、とはもちろんエロ本ではなく、日記だ。それ以外にもパソコンやスマホ、走り書きなどでもいい。


 千代子は言葉通りベットの下を、啓太は学習机の周囲を、亜子は本棚を探すことにした。


「あ、これっすかね」


 しばらくして、声をあげたのは亜子だった。その手には青いノートが握られている。日記のようだ。


「でかしたわ! こちらは収穫なし。おかしいわね。男は皆ここに隠すって、ネットにあったのに」


「今時ベットの下に隠す奴があるか。こっちも日記はなかったし、パソコンの類もなし。分かったことはここが息子さんの部屋だってことくらいだ」


 啓太は高校生の教科書を見せて、そう告げた。その教科書はずいぶんと古い型をしていた。


「ちょっと待って、その教科書貸して。――やっぱり、これ昭和の頃の発行よ」


「昭和って、それじゃあここは何年前だ?」


「記憶に違いがなければ、次に改訂されたのは平成元年頃。つまりここは三十年以上前ね」


 啓太は千代子の言葉を受け、自然と部屋を眺める。そういわれてみると、ポスターも昭和の臭いを感じる劇画調だし、学習机も現代と比べてだいぶ質素だ。


 そう考えると、食卓を見た時も一昔前のドラマで見たような内装をしていた気がする。


「さて、それはそうと日記を拝見しましょうか」


 千代子が亜子から日記を受けとると、学習机の上に広げてパラパラと日記をめくる。


 最初の方は代わり映えのない日常が書かれていたが、急に字が強張り始めた。




 八月十日


 今日、村人の一人が殺された。村人と言っても、山の奥に住んでいた気の狂ったばあさんだ。悲しむ村人達は少なく、村長が遺体を処理してくれたそうだ。


 犯人はまだ見つかっていないらしい。死体を目撃した人によれば、鋭い刃物で袈裟に一刀両断されていたらしい。そんな業の者はこの村にはいない。


 警察は派出所のおっちゃんだけなので頼りない。そのため、猟友会の人達が集まって山狩りを行うらしい。犯人が誰であろうと、これでもうおしまいだ。


 ただ変な目撃談もある。ばあさんの家の付近を出入りしていた白い人影を見たという話だ。たぶん犯人の服装は白なのだろう。だけど、そんな目立つ格好をして隠れられると思っているのだろうか。


 八月十五日


 最初に殺されたばあさんに続いて二人殺された。殺されたのは俺の友達の両親だ。


 友達が学校に行っている間。つまり白昼堂々と現れて両親を斬り殺したのだ。


 まさか猟友会の目を盗んでまで村に下りて来るとは、誰も予想だにしていなかった。


 目撃情報によれば、突然エンジンの爆音がしたかと思った瞬間、白い包帯を全身に纏った男が青白いバイクに乗って友達の家の前に現れたらしい。そんなことがあるのだろうか。


 猟友会の人達は犯人が再び来てもいいように、街を警護するそうだ。


 今度こそ、猟友会の人達がどうにかしてくれるはずだ。


 八月二十二日


 猟友会の人達が全員殺された。五人以上束になって銃を撃ったのに、まるで効果がなかったらしい。


 そいつは日本刀で猟友会の人達をなで斬りにした後、さっさとどこかへ消えてしまったそうだ。


 今日、村長が村人を集めて話し合いをした。


 村長や村のお偉いさんにより、この村から近くの街へ、全員一次避難することが決まった。


 ところで派出所のおっさんがその場にいなかった。きっと、ここ一年連続した事件もあり、疲れているのだろう。あるいは先に逃げたのかもしれない。


 俺も早く荷物をまとめて逃げなくては。




「白い包帯、バイク、日本刀。ロクロクロのことかしら」


 日記を読み終えた千代子が噂に出ていたロクロクロについて言及した。


「もしかしたら、噂の元になったのがこの街の事件じゃないのか? ただ噂と違って質問をしないし、無差別に人を殺している感じだな」


「口伝の噂話だもの。変化していて当然だわ。きっと、生き残りの話をできるだけマイルドにした結果、そうなったのよ」


 啓太は、なるほど、と頷いた。


 その後、啓太ら三人は他の部屋も調べる。両親のものらしき部屋、娘さんのものらしき部屋、トイレに倉庫。隅々探すも、最初の部屋ほど情報は集まらなかった。


 ただし、この村の周囲の地図は発見できた。


「まあ、探索なんて空振りの方が多いものよ。地図を見つけられただけ、マシね。次行きましょ。次」


「それならチョコ先輩。私から提案があるっす」


 千代子の促しに、亜子が次の目的地を挙げた。


「これまで時代の怪異らしきものは、行方不明の子供か、ロクロクロの殺人事件っすよね。どちらも事件、それに日記にあった派出所。これらから派出所で事件のあらましを調べるのがいいんじゃないっすか?」


「お、おお……」


 啓太も千代子も、頭脳明晰な亜子の言葉に驚く。純粋無垢と知力は、どうやら比例しないらしい。


「じゃあ、決まりね。派出所へ向かうわよ!」


 家捜しを終えた三人は、そうして家を出て、派出所に向かおうとしていた。


 だが、玄関を出たところで三人の耳に異音が響いてきた。


 それはブロロロ、っとエンジンが吠える重低音。聞こえて来る方向は、すぐ前の道からだ。


「まさか……」


 啓太と千代子は顔を見合せる。二人とも、同じ考えに至っていた。


 千代子は真っ先に、啓太は亜子を引きずって、近くの茂に身を投じる。


 亜子に至っては、無理矢理引っ張ったので低木に頭から突っ込んでしまった。


「来たわよ」


 千代子が小さい声で危機を報らせる。


 しばらくして、バイクが村の中心からやってきて、啓太達が探索していた家の前で止まる。


 そう、通り過ぎずに止まったのである。


 バイクは青のような緑、緑のような青で気色悪い。そのバイクの上には白い包帯を全身に纏った、百八十センチメートルほどの男がまたがっている。唯一、包帯の合間から見える右目は青く灯り、お化け提灯のように揺れて、周辺を見回していた。


 手には一振りの日本刀、背中には鞘と、ロクロクロは見るだけでおどろおどろしい格好をしていた。


 ロクロクロが何故止まったのか、啓太が考えていると、その正体が分かった。


 先ほど出てきた家の引き戸が開けたままなのである。


 啓太は内心頭を抱えたくなる心境だった。これでは角度のおかげで全身が隠れていても、反対側から見れば手足がはみ出ている啓太や千代子は見つかってしまう。


 亜子に関しては更に状態が悪い。頭から入ったので、腰から下がまる見えだ。まさに、頭隠して尻隠さずの言葉通りだ。


 ロクロクロは引き戸に焦点を合わせて、何やら逡巡する。やはり、調べるつもりなのか。


 今、啓太の手持ちにはバットケースがある。動き出したら先手必勝で襲いかかろうかとも考える。


 だがそれは無謀だ。相手は日本刀でこちらは金属製バット、向こうの剣の腕が分からない以上、危険窮まりない選択だ。


 啓太が躊躇していると、先に動いたのはロクロクロの方だった。


 ロクロクロはバイクのエンジンを一度吹かせると、颯爽と去ってしまった。


「行ったようね」


 三人はロクロクロの姿が見えなくなって胸を撫で下ろす。不意打ちをかけるチャンスだったとはいえ、こちらの準備は十分ではなかった。これでいいのだ。


「啓太。私のクロスボウ出して」


 啓太は千代子に言われるまま、登山用バックから言われたものを出す。


 それは青い、千代子カスタマイズのクロスボウだ。これには前回の時空の狭間で世話になったものだ。


 それに加え、ヤジリの豊富な矢もある。それら二つはまさに怪異専用の装備だと言えた。


 千代子がクロスボウの組み上げをしている中、亜子が啓太に話しかけてきた。


「いくらなんでも、頭から放り込むなんて非常識じゃないっすか! もう少しで目に枝が突き刺さるところだったっすよ」


「そ、そうか。それはすまん」


 啓太は正直に亜子へ頭を下げて謝る。


「ふんっ。仕方ないっすね。許すっす」


 啓太はあっさり亜子が許してくれたので、頭一つ下げただけで大丈夫ならチョロい奴だな、と思った。


 そんな心の緩みに気付いたのか、もしくは仕返しなのか。亜子は隙だらけな啓太の鳩尾(みぞおち)に綺麗な左ジャブを叩き込んだ。

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