第12話「ロクロクロ、二」

 女子大生失踪事件、正式には女子大生三人同時失踪事件。千夜子は今回の事件を、そう呼んでいた。


 事件の発端はある仲の良い四人の女子大生の、何気ない休日から始まった。


 四人は共に休日を過ごすはずだったが、仲間の一人がバイトのシフトに入ってしまい、計画は頓挫。残り三人は休日をどうするか迷い、最終的にはそのまま一緒に出掛けることとなった。


 そのため、バイトのシフトに入った女子大生は、三人の同時失踪をいち早く知ることができた。


 迅速な失踪判明にも関わらず、女子大生三人の発見にはまだ至っていない。警察も簡単な捜索をしてくれたものの、その足取りはつかめずにいた。


 どこで知りえたのか、耳ざとい千夜子は失踪を知り、聴き取り調査を行った。その結果、当時の三人は商店街の周りを買い物していたようなのだ。


 行動も早い千夜子は、早速女子大生三人の足跡を追うべく、啓太と亜子を連れて現場へと向かった。


「それで、買い食いする必要はあるのか?」


「モグモグ。何が次元の狭間に入る<キッカケ>になっているか、モグモグ。分からないじゃない。できることなら私も、モグモグ。したくないわ」


 千夜子は口の中にクリームたい焼きをほおばりながら、言葉を発する。


 その背中には小さめなバックがあり、前回のクロスボウは所持していない。かなり軽装だ。


 一方、啓太はかなりの重装備だ。背中に登山用のリュックサックを担ぎ、他にもバットケースを持っている。


 また亜子は千代子と同様に荷物は少ない。唯一、ナナメ掛けの小さなバックを身につけて、服装は動きやすい物を選んでいた。


 そんな亜子が、啓太に振り向いた。


「そうっすよ。モグモグ。もしかしたら、このアツアツのたい焼きをキッカケにして、モグモグ。つまりたい焼き屋のおっさんの呪いとかっす」


 亜子はハムスターみたいな頬に食べ物を詰め込み、自分の説を熱心に語る。


 そんなトンデモ理論でも、時空の狭間についての知識が少ない啓太はあまり反論できない。これが知識格差というものだろうか。


「どうでもいいが、太るぞ」


「!!」


 千夜子も亜子も、同時に口の中の物を飲み込む。そしてホラー映画の人形みたいに、ゆっくりと首を回して啓太を睨んだ。


「だからモテないのよ」


「啓太さん、サイテーっす。デリカシーゼロっす」


 啓太に鋭い言葉の槍が突き刺さる。ダメージは、大きい。


 啓太は胸を押さえて、その衝撃を何とか堪えた。まさか女性の心無い一言がここまで痛いとは、啓太も想定外だった。


 啓太ら三人が、そうして収穫もなく商店街を通り過ぎると、急に人気が少なくなった。


「もう時空の狭間に入った、ってことはないよな」


「車の騒音や喧騒が聞こえる間はまだ大丈夫よ。鳥の鳴き声も聞こえなくなったら、いよいよね」


 啓太は頭上を飛ぶすずめを見上げる。どこかの鉱山で危険を知るためにカナリアを連れていった、というけれども、そんな感じなのだろうか。


「聴き取りの調査によれば、この先に恋愛成就の石碑があるらしいわ」


「恋愛成就か……。女子高生や女子大生に人気そうなスポットだな」


 千夜子によれば、元はどこかの村のものを、ダムによって沈む前にここへ移転させたらしい。


「それで、この石碑には奇妙な禁止事項があるそうなの」


「何だ。いかにもそれっぽい理由があるんだな。でも、恋愛成就の石碑の禁止事項だろ? 関係あるのか」


「禁止事項の理由がね。効果がありすぎる、っていう理由なの」


「……はははっ。それでよく今回の件が初めてだったな」


「禁止事項の噂がマイナーっていうのも理由の一つだけど、聞いたところによれば、同じように禁止事項を行った女子大生はいるのよね。今回が初めてなのは何故かしら?」


「さてな。試してみればいいんじゃないか」


 啓太が指さすと、三人の前に噂の石碑が見えてきた。


 三人が近づくと、石碑は小さい。啓太の高さとほとんど同じで、一枚岩を荒く削ったものだと分かる。


 石碑には大きな文字が刻印されているが、文字の一部が削り取られるほど風化が激しい。読み解くことは難しそうだ。


「五、という文字以外は読めねえな」


「だから、元は何の記念碑なのか。誰も知らないのよね。移転の話も三十年前で、私人の勝手な持ち込みだったらしいし。区役所に記録もないのよね」


「はっ? ならどうして恋愛成就の石碑なんて呼ばれてるんだ?」


「一説によれば、元々は安産祈願の石碑だったらしいわよ」


「安産祈願……赤ん坊……生まれ変わり、か?」


 啓太が千代子の言葉を思いだし、ふと呟いた。


「私もその可能性は感じたわ。もしかしたら叔父の失踪と関係あるかもね」


 千代子は今度こそ自分の願いが叶うかもしれないと、希望に満ちた顔をしていた。


「それでどうするんっすか。噂通り禁止事項を犯すっすか?」


「そうね。そういえば、禁止事項の内容を話していなかったわね」


 千夜子は思い出したかのように、禁止事項の中身を公開した。


「ここでロクロクロ、と呼ばれる噂話をするそうなの」


「なんだ? ロクロクロって」


「ロクロクロはね、包帯を全身に巻いた怪人なの」


 千夜子は目を輝かせ、喜々として話し始めた。


「包帯の間から右目だけが覗く、その人型は常にバイクとともに現れる。バイクは病的な緑の気色悪い色をしていて、マフラーが壊れたような爆音を出す。他にもロクロクロは日本刀を持ち、出会った人間にある質問をするそうなの。

 それは、質問された人間が絶対に言いたくない秘密。言わなければ最後、ロクロクロの日本刀でばっさりと斬られる。例え話せたとしても、話した内容は自分の周囲の人間に伝播する。八方ふさがりの問答よ」


「後ろめたい人間ほど、会いたくないだろうな」


「啓太もそうじゃない? 盗みとか、盗みとか」


 千夜子はそう言い、亜子と共にくすくすと笑った。


「似たような話としては、トンカラトンかしら。こっちは自転車に乗っているのだけど、同じ見た目、同じ日本刀を持っている。トンカラトンと言え、と言う問答が変化しているけど、きっと逸話の派生型なのかも」


「創作か。なら、時代の怪異とは関係ないのか」


「いいえ、そうとは限らない。世間の知識や認識は、往々として怪異に影響を与える。過去の出来事が人々の捉えやすい形として現出するのが、怪異。だから噂話から発生する怪異なんて珍しくないのよ」


「そう考えると影の人も同じか。死んだヤヒコと影人間(シャドー・ピープル)が結びついて、時代の怪異になった」


「飲み込みが速いわね。そういうの私、好きよ」


 千夜子の唐突な好意に、啓太は一瞬怯むも、そっぽを向いてごまかした。


「あっ」


 そうして啓太が後方を振り向いて、気づいた。周囲の景色が明らかに変わっていることに。


「また、場所が移動しやがった」


 三人はいつのまにか、周囲を山に囲まれた盆地の、河原に立っていた。




 河原は砂利や拳大の石ころが多く、足場が悪い。すぐ傍では緑青(ろくしょう)色の川が流れ、対岸にある清々しい青紅葉は、夏の最中であることを報せていた。


 変わっていないところは一つ、恋愛成就の石碑が残っていたことだ。


「石碑と噂話がキッカケか……」


「待って。それなら同じ事例がもっと増えていてもおかしくないわよ。他にもあるんじゃない?」


 千夜子がそう疑問を呈したのを答えたのは、意外にも亜子だった。


「人数じゃないっすかね」


「人数?」


 考えてみれば、失踪した女子大生は三人だった。今ここにいるのも、三人だ。


「三、っていう数字に意味があるのか?」


「分からないわ。名前の通りなら、六の方が因縁がありそうなのだけど」


 ロクロクロ、それが獣の数字である「666」であることは、啓太にも察しがついていた。


 確か黙示録の数字で、悪魔崇拝を象徴しているはずだ。


「それも関係があるのか?」


「さあ、それは調べてみないと分からないわね」


 まず三人はむやみに動かず、周囲を観察した。


「時空の狭間が時代の怪異を原因として発生することは伝えたわよね。時代の怪異は必ず事件や事故といった特異な事由が存在する。それを残された日記などの記録から、時代の怪異と思しき現象や存在を見つけだすの。最後に時代の怪異の未練を無くして成仏させるか、調伏させる。流れはそんな感じよ」


「探索、発見、解決って感じか」


「その通り!」


 ならば、手短な探索場所を探すのが目下の課題なわけだ。


 啓太が付近を観察すると、近くに掘っ立て小屋を発見した。ただ人が住んでいるようには到底見えなかった。


「あそこはどうする? 中を見ていくか?」


「探索はしなくてもいいんじゃない? あっ、でも柱に何かの紙が貼ってあるわね」


 千代子が近づいてそれを見ると、それは人探しの張り紙であった。


「安田義彦、行方不明にて情報求む。八月二十日昼頃に遊びに出かけたまま所在がわからなくなる。三好川周辺出よく遊んでいたらしいので近くの人は情報提供をお願いします。だって」


「行方不明? 時空の狭間と関係あるのか?」


「さあ? これだけじゃ分からないわ」


 啓太と千代子が疑問符を浮かべていると、亜子がおどろおどろしい顔を作って語りかけた。


「それはきっと、ロクロクロにさらわれたんっす」


 ただ啓太には、亜子の顔がしかめっ面の子犬顔にしか、見えなかった。


「へえー。ロクロクロの噂に誘拐の文字はなかったはずだがな」


「……そ、それは。そうだ! 日本刀で斬られた後に遺体を隠したんっす!」


「なんで隠すんだ? 噂じゃ、そんな話はなかったぞ」


「……むむむ。啓太さんは頭が固いっすね。もっと想像の翼を広げるっす! そんなのじゃ、モテないっすよ!」


 モテ度は関係ないんじゃないかと考えつつ、啓太はシュンと黙る。代わりに、千代子がこれからを提案した。


「結論を急ぐのはまだ早いわ。もっと情報を集めてからじゃないと、判断するのは危険よ。まずは土手を上って他の家を探しましょう」


 千代子を先頭に、三人は土手を上っていく。すると、閑静な住宅群が見えてきた。


 建物の数から見ても、ここは人の少ない村だ。元々の活気は少なそうな上、今は誰もおらず、川のせせらぎだけが耳をざわつかせている。


 啓太は改めて、再び時空の狭間に戻ってきたことを実感した。

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