第7話「盗まれた村、六」

 千夜子が鍵の付いた扉を破壊する方法を見つけるまで、啓太と亜子は地下室へ続く階段に腰かけて待つことにした。


 待っている間、亜子はアメの日記を読みたいと言い。そのため啓太は、ペンライトで亜子の持っているアメの日記を照らすことにした。


「どうやらアメとミズが双子の儀式をしたのは、結核が原因だったそうです」


「結核? 昔は不治の病と言われていたけれど、現代の医学なら治せないこともないだろ」


「そうです。ですが、アメもミズも身体が弱く、中々完治しなかったそうなんです。だから、せめてアメだけでも結核が治るようにと、双子の儀式を……」


「見守りと身代わりか。姉妹を使った生贄の儀式なんて、気の毒な話だな。生贄なんて、どこでやっても碌なことがない。止めちまえばよかったのに」


「けれど、双子の儀式の後、アメは結核が完治したそうです。きっと双子の儀式の効果ですよ」


「どうかな。案外、アメの結核は治りかけていたんじゃないのか。雨乞いの儀式みたいなものだろ。晴れの日は永遠に続かない。いつか、雨が降る、ってな」


「……上城さんは、儀式に否定的なんですね」


「そりゃそうだ。血を流して行う儀式に価値なんてありゃしない。生贄は一種の、呪いだ。人間の命を奪って、恩恵を得る人間達を罪という過去で縛る。幸福や幸運は、儀式なんか行わなくたって得られるのにな」


「まるで見てきたように言うんですね」


「実際、見たのさ。俺はかつて生贄に捧げられる家系に生まれたんだからな」


「えっ!?」


 啓太は首輪のように刻まれた古傷をなぞって、忌々しそうに口にした。


「そもそも、この双子の儀式は命を落とす必要はない、って書かれていたぞ。どうしてミズは自死したんだ?」


「それは、あくまでも私個人の予想ですけど」


 亜子は前置きをしてから、自分の予想を話した。


「きっと、ミズの方が病状は重かったんです。そして命を犠牲にするほど献身的だった理由は、アメとミズは愛し合っていた。姉妹としてではなく、恋人として」


「は? それはどうして――」


 啓太がそこまで言おうとした時、自分の鼻が異臭を感じ取った。


「おい、変な臭いがしないか?」


「な、なんです。私が臭いとでも言うんですか!」


「違う。これは外からの臭いだ」


 啓太は地下室の引き戸を僅かに持ち上げ、外を伺う。


 なんと外は、一面煙で覆われていた。目を凝らして見れば、遠くでは蛇の舌のようにちろちろと、赤いかげろうが揺れている。


「か、火事だ!」


 啓太は悲鳴に近い声を上げた。


 火事、それは逃げ場のない今の啓太と亜子には致命的な出来事だ。このままでは地下に閉じ込められたまま、蒸し焼きにされてしまう。


「影の人め。最初からこれが狙いか。陰湿なやり方しやがって!」


「ど、どうします」


「とにかく奥へ。もしかしたら抜け道があるかもしれない」


 二人は少ない希望を胸に、地下室への階段を下りていく。足を踏み外さぬように、足元をペンライトの頼りない光で照らしていく。


 しばらく進むと、木製の壁が石畳の物に変わる。階段もそこで終わり、目の前には空間が広がっていた。


「広……、いや狭いのか?」


 大きいと言っても、地下室は十畳ほどの広さであった。高さも啓太がやっとしゃがまずに済む程度であり、窮屈な感じだ。


 地下室には乱雑に物が散らかっており、整理は行き届いていない。また、分厚い本が何十冊も積み重ねて置かれている。よく見れば、それは怪しげな魔導書もどきの書籍ばかりであった。


 他にも、部屋の中心を照らせば、血のようなもので魔法陣が描かれている。その象形は禍々しく、地下室そのものを異界にするような魔術的素養を感じる。


「ここで双子の儀式をしたか、あるいは復活の儀式をしようとしたようだな」


「なら、まだここにミズの遺骨があるかもしれないですね」


 亜子は火事から逃げているというのに、なりふり構わずミズの遺骨を探し始めた。


 啓太は亜子の率先した行動に呆れつつも、その後ろについて行った。


「ありました。ありましたよ!」


 亜子は秘宝を手にしたかのように、一つの小さな骨壺を持ち上げた。


 骨壺には確かに、ミズの文字が刻まれていた。


「後は、こいつを影の人に見せるべきだな」


「いえ、これは元のお墓に返すべきです」


「なっ! これはヤヒコの未練なのかもしれないんだぞ。みすみす解決手段を捨て去るつもりか?」


 啓太の反論に、亜子は耳を貸さない。断固としてミズの遺骨を墓に戻すつもりでいるらしい。


「ダメです。そもそもどうしてヤヒコの未練がミズの遺骨なんですか?復活の儀式はアメのためで、ミズは関係ないじゃないですか。これはお墓に持っていきます。いいですね!」


 亜子の剣幕に、啓太はたじろぐ。そこまで主張されては、啓太も強制するつもりはなかった。


「分かったよ。ただし、千夜子にもちゃんと説明しろよ。反対されても、俺は知らないからな」


 啓太は亜子の我儘を認めた。それよりも、大事なことがあるからだ。


「他に出口はないのか」


 啓太は地下室の壁をくまなく探す。隠し扉はないか、どこかに通じる隙間はないか。ペンライトを使って血眼で調査する。


 だが、どこにもそんなものはない。ここは完全に行き止まりだった。


「クソッ、どうする? どうする。考えろ。考えろ」


 悩んでいる間も、地上に通じる階段から煙が流れ込み、異臭が地下室を満たそうとしている。


 次第に二人の咳は多くなり、目に刺激を感じるようになってきた。


 このままでは、二人とも煙で窒息死してしまう。


 啓太は頼りない記憶から、ヤヒコの家の間取りを思い出す。門、玄関、畑に、そして枯れ井戸だ。


「! もしかして」


 啓太は見当をつけた壁に、握りこぶしでノックをする。そうすると、壁からは乾いた反響音が返ってきた。


「やっぱり、ここは空洞だ。ちょうど枯れ井戸が壁の向こうにある!」


 啓太は銀のペーパーナイフを使い、石畳の隙間に差し込む。意外にも壁はモルタルで固められておらず、石を取りはずす作業は迅速に進んだ。


 石を外した後は、土がむき出しになった場所を掘る。どうやら土は柔らかく、掘りやすい。もしかしたら、以前にも同じように穴をあけたことがあるのかもしれない。


 啓太は一心不乱に土を掻き分ける。そうして啓太が五十センチほど掘り進めると、ついに穴は開通した。


 啓太は穴を潜り抜けて、枯れ井戸の中に躍りこんだ。


「亜子っ! こっちだ、早く!」


 亜子も続いて穴に入る。大きさは啓太も通り抜けられるほどなので、ほどなくして亜子が枯れ井戸の中に入ってきた。


 枯れ井戸は思った以上に、狭かった。ちょうど二人が入れる程度の広さで、地上までは八メートルくらいある。このくらいなら何とか、啓太一人だけならよじ登ることができそうだ。


 問題は、亜子の方だ。女性一人でこの高さを登るのは少々難しい。ここは上からロープを伸ばして、持ち上げるのが最適解だろう。


「待ってろ。地上にロープが投げ捨てられていたはずだ。そいつで引き上げてやる」


「お願いします」


 啓太は大の字に手足を伸ばし、井戸を登り始めた。かろうじて、井戸の直径は両腕を伸ばした長さよりも小さい。井戸の壁もとっかかりが多く、登るための土台には苦労しなかった。


 大して時間はかからず、啓太は井戸の登頂に成功した。


「わっ」


 啓太が井戸から顔を出すと、そこには斧を持った千夜子が立っていた。


 千夜子の斧は小ぶりで、おそらく薪を割るために使うものなのだろう。それを千夜子は、今にも振り下ろさんとばかりに持ち上げている。


「タイム、タイム! 俺だよ。啓太だよ」


 啓太の存在に気付いたのか、千夜子の斧は静かに下ろされた。


「変な音がするから驚いたわ。あまり脅かさないでよ」


「寿命が縮む思いをしたのはこっちだ! 物騒なことをしてないで手伝え!」


 啓太と千夜子の二人は協力して、井戸にロープを下ろしていく。


 ロープの先を受け取った亜子は、それを自分に縛る。それから啓太と千夜子は息を合わせ、亜子を井戸の外まで引き上げることに成功した。


「二人とも、ありがとうございます」


 井戸から出た亜子の腕の中にはミズの骨壺が抱えられている。あの騒動の中、後生大事に持ち運んでいたらしい。


「えっ、骨壺? もしかして日記にあったミズの?」


 千夜子が亜子の腕から骨壺をひったくろうとするのを、亜子は拒絶する。その後、亜子は再びミズの遺骨を墓に埋葬することを提案した。


「そう。切り札にするつもりだったけど、残念ね。でも私も賛成よ。還るもの還るべき場所に。それが私のモットーだしね」


 案外千夜子は物分かりがいい。それなら、次の目標は決まったようなものだ。


「墓地に向かいましょう。そこに行けば、ミズの墓もあるはずよ」


 三人は炎上するヤヒコとアメの家を後にし、千夜子の案内で山の麓にある墓地へ向かった。

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