第6話「盗まれた村、五」
右の部屋で合流すると、自慢げな顔をした千夜子が待っていた。その腕の中には、二冊の本が抱えられている。どうやら、収穫はあったらしい。
「ヤヒコの日記と双子の儀式に関する書物よ。ここはどうやら、彼の部屋みたいね」
「ああ、しかしここは……異常じゃないか」
ヤヒコの部屋にはテレビもソファーも、ダブルベットや装飾入りの机が置かれている。そこまでなら、立派な方の普通な部屋だ。
だが部屋の至る所に、アメの写真が貼られている。年齢は様々で、幼少期の頃から大人の頃まで飾られている。
時には他の誰かと映っている写真を、アメの部分だけ切り取って壁に貼り付けている。
「これはちょっと病的だな。ここまで変質的なのに、なんでアメへの扱いが悪かったんだろうな」
「きっと彼女を自分の所有物とみなしていたのじゃない? だから勝手に自殺したことも、自分のものが反逆したと思って取り乱したのかも」
「……サイコな野郎だな。ところで日記の方はどうだった?」
「アメへの執着とナルシズム満載の内容よ。収穫はヤヒコが行おうとしていた双子の儀式のことだけ。彼、ミズの墓を暴いていたみたい。罰当たりね」
「ん? どうして墓を暴いたんだ?」
「どうやらヤヒコは自分の弟を殺して力を手に入れた後、ミズの骨を使ってアメを蘇生させようとしていたらしいの。蘇生の儀式なんて知らないくせに、成功すると思っていたらしいわ。偏執性もここに極まり、って感じ」
「完全に変質者だな。ところで、こっちの収穫はアメの日記だ。中身は遺言、自殺した理由が書かれていたよ」
「そう。じゃあ、後はこの双子の儀式についての書物だけね」
「隣の部屋はどうするんだ? 探索するのか」
「ヤヒコの部屋に入る前に中だけ見たけど、ただの倉庫ね。本は無し。情報だけ持ち帰るなら、ここを最後にしてもいいと思うわ」
千夜子はそう言うと、双子の儀式について話し始めた。
「双子の儀式は、まず双子の見守りと身代わりを必要とする。見守りとは力を手に入れる兄や姉、身代わりとは力を与える弟や妹である。次に儀式に使う刃物を見守りの肉体の一部で清める。この場合、多くは見守りの血が使われる。
最後に見守りと身代わりで向かい合い、身代わりは自ら刃物を自分に刺し、自刃する。現代では命まで取らず、身代わりの身体を傷つけるだけで終わる。
ただし文献によれば、見守りに与える命の重さが大きいほど、効果は絶大らしい。簡単にまとめると、以上よ」
「生贄か。命まで取らずに済むと言っても、ヤヒコはそうはしなかったんだろうな。それにアメとミズも」
「アメとミズも双子の儀式を? その情報は私にはないのだけど」
「ああ、そういえば伝え忘れていたな」
啓太はかいつまんで村長の日記の内容を千夜子に伝えた。
千夜子はふむふむと頷き、理解したようだった。
「アメとミズもねえ。それほど効果があるのなら、ヤヒコが死して異形になる理由も分かるわ。それにしても、アメとミズが双子の儀式をした理由は何かしら?」
「さあ、そこまでは分からないな」
情報の交換を終えて、三人はこれからどうすべきかを話し始めた。
「日記によれば、ミズの遺骨は地下室に持っていたそうなの。もしかしたら、ヤヒコの未練と関係があるかもしれないわ」
「地下室、か。近くにそんな場所あったか?」
「玄関の近くにあったじゃない。ちゃんと洞察していないと、大事な情報を見逃すわよ」
そうは言われても、他人の家を家探しする経験など啓太にはない。きっと千夜子には、何度か時空の狭間で同じことをした経験があるのだろう。
それでも、家探しの経験者など羨ましくもない。それはどちらかと言えば、物盗りの称号だ。常人には不必要なスキルでしかない。
「なら、次は地下だな」
三人は玄関に向かう。途中、変わった様子もなく。縁側を通り過ぎようとしていた。
「待って、今の聞こえた?」
縁側を通り過ぎた時、最後尾にいた千夜子が何か物音を聞いたらしい。
「俺には聞こえなかったな」
「私もです」
千夜子は家の奥の方を見ながら、油断なくクロスボウを構えた。
「ちょっと見て来るわ。二人はここで待っていて」
「千夜子独りでいいのか? 何なら俺が言っても――」
「ダメよ。もし影の人がいたなら、どう対処するつもり? それならクロスボウを持っている私が適任よ」
啓太は千夜子の正論に、がくりと肩を落とす。確かに、今の啓太よりも千夜子の方がこの場で頼りになるのだ。
啓太がその事実に落ち込む中。千夜子は励ますように、こう付け加えた。
「私には亜子を守るほどのガッツも体力もないわ。亜子と私、二人が襲われたら庇うこともできない。その点、啓太なら大丈夫。頼りにしてるわよ」
「お、おう。そこまで言うなら任せておけ」
千夜子が奥に向かった後、啓太と亜子は食卓で待つことにした。ここなら玄関に向かう通路と勝手口もある。例え影の人が入ってきても事前に察知できるし、逃げ道を塞がれる心配もない。
そうして待つこと数分、千夜子が中々帰ってこない。
啓太が迎えに行くか、まだ待つか思案していると。やっと千夜子の声が聞こえてきた。
「おーい、こっちに来て」
紛れもなく、千夜子の声だ。啓太と亜子は声に導かれるまま食卓を出る。
しかし、そこに千夜子の姿はない。
「どこ行ったんだ。あいつ……」
啓太がイラついた顔をしていると、更に声がかかる。
「おーい。コッチに来て」
それは玄関の方から聞こえた。
「玄関の方みたいですよ、もう地下室に向かったんじゃないですか?」
「千夜子の奴、勝手に動くなよ。まったく」
啓太は不服そうにしながらも、二人で玄関に向かう。
すると、玄関の近くに地下室の入り口を見つけた。それは床に生えた引き戸で、今は開け放たれている。
「おーい、コッチニキテ」
声は地下室の中から聞こえてくるようだった。
「なんだ。千夜子の奴、もう地下室を調べてるのかよ」
啓太はため息をつきつつ、地下へと続く木製の階段を下りていく。階段は足を踏み出すたびにギシギシと鳴き、通路はは狭く、意外に長い。更に奥の部屋は常闇で、電気もないようだった。
「おーい、暗すぎるぞ。灯りがないのにどうやって調べるつもりだ」
啓太は一切見通せない闇に向かって話しかける。けれども、返事はない。
その代わりに、後ろから声が聞こえてきた。
「オーイ、コッチニキテ」
「なんだ。まだ外にいたの――」
啓太が振り返る。
そこには、影の人がいた。
地下室の入り口に、黒ずんだ影が立ちふさがり、唯一の光源を遮っている。
「亜子、危ない!」
「えっ?」
啓太が、足元を注視している亜子に警告する間もなく、光が消えた。
バタンッと鈍い音を立てて、地下室の入り口が閉じられたのだ。
「しまった!」
扉の外から、ガチャガチャと金属を触る音が聞こえる。
啓太は急いで亜子を壁に寄せつつ、入り口の扉に向かった。
けれども、間に合わない。啓太が扉を押し上げようとした時にはもう、扉には鍵がかけられていた。
啓太が僅かに持ち上げた扉の向こうに、南京錠の鍵を見つけた。扉に取り付けられたそれは、破壊する余地もなく、しっかりと扉と地面を繋いでいる。
「くそっ、しくじった!」
やられた。千夜子によれば、影の人は他人の声を真似られるのだ。それを忘れて、まんまと罠にかけられてしまった。
啓太が何度か木製の扉を持ち上げて抵抗するも、無駄だ。扉の隙間が広がることはなく、たまに息継ぎのように一筋の光が差し込むだけで、開く様子はない。
千夜子はどうしたのだろう。先に殺されてしまったのだろうか。と心配していると、また声が聞こえた。
「何、何なの? どうしたの?」
持ち上げてできた扉の隙間から外を覗き込む。そこには千夜子のほっそりとした足が見えた。
今度こそ、本物の千夜子だ。
「千夜子! 心配したぞ。何をしていたんだ」
「警戒しながら部屋を確認していたら、ちょっとね。それにしてもこの状況はどうしたの?」
「影の人に閉じ込められた。千夜子も周りには気を付けろ」
「閉じ込められたの!? でもどうして襲われなかったのかしら」
「それは……何でだ?」
千夜子も啓太も、何故襲われなかったかを考える。でも答えは出ない。
その代わりに、亜子がその答えを伝えてきた。
「もしかしたら、これのせいかもしれません」
啓太が亜子の指し示した壁を見る。壁には、幾枚ものお札が張られているのに気づいた。
「そうか、あの影の人にお札は効果があるのか」
啓太は影の人への対策ができたと思い、何枚かお札をくすねることにした。
いや、今は悠長にお札をはがしている場合ではない。
「ケヤキの扉かしら、素手で破壊するのはむりね。床はまだ柔らかそうだから、床をはがすしかないわ」
「できそうか?」
「今の装備では無理ね。もしかしたらどこかに斧か鉈があるかも。ちょっと待ってて」
「おい、その前に何か灯りはないか」
千夜子は立ち止まって思慮を巡らせる。そして思い出したかのように、バックからあるものを取り出した。
「ペンライトよ。これなら隙間から入るはず」
千夜子が身を屈めて扉の隙間にペンライトを差し込む。
そうすると、細いペンライトは隙間をくぐって啓太の手元に届いた。
「心配しないで、すぐに助けるから」
「ああ、すまない。頼むぞ」
千夜子は言葉を残し、再び家の奥へと走っていった。
残された二人は、ペンライトに照らされた顔を見合わせた。
「困ったことになりましたね」
「そうだな。また千夜子に迷惑かけちまった。帰ったら飯でもおごってやらないとな」
啓太は頭を掻きむしった。
「ですね。私も、足手まといばかりで。すみません」
ペンライトで亜子の顔を照らすと、その顔はひどく申し訳なさそうにしていた。
啓太は亜子を気遣うように、次の言葉を口にした。
「巻き込んで悪かったな。こんなヘマをしたのは俺の方だ。亜子にも、謝罪代わりに飯でもおごってやらないとな」
「ごはん、ですか」
「そうだ。おいしい飯屋をしっている。天下三品っていうラーメン屋でな。ラーメンも旨いし、ネギはかけ放題。漬物は取り放題。学生には優しいリーズナブル。財布にも舌にも優しい良いところだぞ」
亜子はその言葉に、ふふっ、と微笑した。
「なんだ? ラーメン屋は嫌だったか?」
「そうじゃないですけど、女性二人のお詫びにラーメン屋って。ふふふ、おかしいですよ」
亜子は口に手を当てて、大いに笑った。
「笑うほどじゃないだろ。ラーメンって、旨いし。腹も膨れるぞ」
「そんな風に自分の目線で女性を誘っていると、モテませんよ」
「ぬぐっ。痛い所を突きやがるな」
啓太と亜子は他にも大学の生活や、最近あった話題で盛り上がった。先生の変な挙動を真似してみたり、目立つ学生の目立った行動を皮肉ったり、大学ならではの会話をした。
その時間は、この異常な空間で唯一、かけがえのない貴重なものに思えた。
きっとこの時空の狭間から抜け出し、また変哲もない大学生活を送れる。そんな希望が二人を包み込んでいた。
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