第3話「盗まれた村、二」
金庫を求め、村長の家を探した結果。村長の自室らしき部屋でベットに埋め込まれた金庫を発見した。
二人はベットの上に膝を付きながら、金庫の正面を見つめていた。
「金庫、ありましたね」
「ああ、早速開けるか」
啓太は日記の内容を思い出す。内容をそのまま読み取るなら「ロクロクロ」でいいはずだ。
金庫は五桁の番号を入力する形式だ。啓太は試しに「00666」と入れてみた。
「開きませんね」
「開かないな」
啓太は0と6を入れ替えて入力するも、どれも外れで金庫の扉はびくともしない。
「何だよ。暗証番号間違えてないか?」
「ふふっ。神代さんは馬鹿ですねえ。文面をそのまま捉えすぎているのですよ」
啓太と入れ替わり、得意げに亜子がダイヤルを触った。
「これはですね。ロクロクロ、と言うように回文なんですよ。つまり666の反対、999が正しいんですよ」
亜子はそう言うと「00999」と入れる。
だが、金庫の扉を前に引っ張っても開く様子はない。
「あれえ?」
亜子は啓太のように、0と9を並び替えて試してみる。それでも扉はうんともすんとも言わない。
「壊れてますね。これは」
「言い訳するなよ」
二人は金庫を目前にして、頭を悩ました。数分経っても、いい数字が浮かばない。
啓太が諦めようかと思惑し始めた時、亜子がこう口にした。
「日記の文面通りではないはずなんですよ。絶対」
啓太が心の中で「だったら何だよ」と言おうとした瞬間。毛じらみほどの脳みそが閃いた。
「そうか! 文面通りにすればいいんだ」
「えっ? 違いますよ。文面通りに入れてもダメだったじゃないですか」
「形だよ。ロクロクロを形だけで見れば、五桁の数字になるだろ」
「……あっ」
啓太は急いで「07070」に合わせる。そうして金庫の取っ手を引くと、鍵が開いていた。
「……絶対、文面通りじゃないと思ったんですよ」
亜子はしぶしぶといった風に、現実を受け入れる。よほど答えられなかったのが悔しかったのだろう。握りしめた拳がわなわなと震えている。
啓太はそのことには特に言及せず、金庫の扉を大開にさせた。
金庫の中には一kgほどの金の延べ棒数点、証書らしきものが数枚、そして目当ての銀のペーパーナイフ一振りが入っていた。
啓太は他の物に目移りしつつも、銀のペーパーナイフに手を伸ばした。
「ナイフ以外は盗らないでくださいよ」
「ば、馬鹿。そんなわけないだろ」
啓太はナイフを取り出すと、名残惜しそうに金庫の扉を閉めた。
「ともかく。これで準備は整った。次は――」
啓太が最後まで言おうとしたのを遮り、亜子が言葉を続けた。
「神社ですね」
二人は神社までの道中、誰かに出会わないかという期待と、影の人と出会うかもしれないという危機感を持って道を急いだ。
啓太はポケットに忍ばせた銀のペーパーナイフをいつでも振るえるように備え。亜子は周囲を見回しながら、啓太の後ろをぴったりと付いていった。
幸運なことに、神社までの道すがら影の人と出会うことはなく。また不幸なことに、人と出会うこともなく。二人は神社の鳥居前までやってきた。
「誰も、いないですね」
「ああ」
日記の情報によれば、村長は村人たちにここへ集まるようにしていたはずだ。それなのに誰一人としていない。
これはもう、この山村に村人一人たりとも居ないことを、覚悟するより仕方がないだろう。
「誰もいないが、もしかしたら何か残されているかもしれない。少し周りを探してみよう」
「そうですね。だけどあまり離れないでくださいね。私、一人で襲われたら助からない自信がありますからね!」
「堂々と言うようなことじゃないだろ。俺だって喧嘩慣れしているわけじゃないんだ。あまり頼りにするなよ」
二人は恐る恐るといった風に、神社の敷地を観察する。
そうすると、本堂の縁側に神社では見慣れないものが置いてあることに気付いた。
「これは、紙の束か」
啓太がそれを拾うと、それはA4用紙をホッチキスでまとめた何らかの資料であることが分かった。
タイトルには『時空の狭間についての考察と周知』と書かれていた。
「著者名は……恐神千代子!?」
啓太は知っている名前が書かれていることに驚いた。まさかこんなところで千夜子の名前を見るとは、思ってもみなかったからだ。
「もしかして、恐神さんもここに?」
「どうだろうな。けど可能性はあるな」
啓太は千夜子の居場所を知る意味も込めて、紙束を一枚めくった。
まず最初に、この論文を見つけて読んでくれたことを感謝する。
タイトルの<時空の狭間>についてから説明しよう。<時空の狭間>とはこの世でもあの世でもない異界のことである。ただし、近年流行っている異世界とは趣が違う。現世を映した鏡のような世界と思ってくれるといい。
現実と違う点はいくつかある。例えば、<時空の狭間>には人がいないことである。
ここにいるのはおおよそ怪異だけである。迷い込んだ見知った人と会っても注意しなければならない。
それらは君か、君たちが知る人物のドッペルゲンガーかもしれない。他にもシェイプシフター、ボディースナッチャーと呼ぶ類かもしれない。注意してほしい。
君が知りたいのは<時空の狭間>ではなく、ここから出る方法だろう。それは二つある。
一つは<時空のおっさん>を見つけ出すことである。彼は時空の出入りだけを管理する謎の存在である。おそらく、<時空のおっさん>は人間ではない。怪異と似た、存在だ。
<時空のおっさん>は<時空の狭間>の中だけに存在し、<時空の狭間>に入り込んだ君のような人間を、元の世界に戻してくれる。
そういう意味では、<時空のおっさん>は味方なのかもしれない。とはいえ、こちらの願いを叶えてくれるわけではなく、強制送還をするだけの<時空の狭間>の機能のようなものだ。
さてもう一つの脱出方法は難易度が高い。それは<時空の狭間>の<時代の怪異>を解決することである。
<時代の怪異>とは何かと思うだろう。<時代の怪異>は率直に言えば、<時空の狭間>が生じた原因である。
<時空の狭間>は当時の事件や事故、事象によって発生する。そもそも<時空の狭間>は過去の残響、残滓のようなものである。だから当時の環境、状況を残したまま物の時間が停止している。
<時空の狭間>に入る条件も色々ある。単に同一の場所である以外にも、何かしらの見えない糸、因果因縁因業、ルーツで繋がっている。
<時代の怪異>を退治すれば、君を<時空の狭間>に引き留めている異界の糸は切れ、現世の糸に引き寄せられて自然と戻ることができるだろう。
後は言うことはない。君が無事に脱出して再びここに戻らないことを祈っている。
追伸。
この論文は帰還した際にX市立大学の行方不明者探索研究部、恐神千代子に返却してください。その際に短い質問をすることもありますが、ご了承ください。
啓太はまとめを閉じ、一言呟いた。
「なるほど」
「えっ? 理解できたんですか?」
「いや、一部しか分からないことが分かった。重要なのは、ここから出る方法だけだよ」
そうだ。重要なのは、この異界から出ることだ。他はただのオカルト好きの世迷言だ。付き合う必要はない。
ただ念のためにそのまとめを乱暴に丸めて、後ろのズボンに突っ込んだ。
「さて、ここから出る方法の一つは――」
啓太は読んだ内容を思い出している時、急に声がかかった。
その声は、低く野太いドスの利いた声だった。
「こらっ! お前らなんでこんな所に居る!!」
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