286カオス こういう描写をしたいんだけど……

 カクヨムで書くペースが落ちてきた。

 夏枯れ。

 夏バテ。


 また、小川洋子さんを読んでいる。


『人質の朗読会』(文春文庫)


読み切っていないので全体を読んでの感想は書けないが、とてもおもしろい。


 小川さんの小説は、「一般的なおもしろさ」を備えた小説ではない。一般的にはおもしろくない小説と判断されるかもしれない。


 文章は明瞭で読みやすく、なにが書かれているか読み違えることはありませんが、不思議な設定、回収されない伏線、オチのない結末と三拍子そろっているので、小説感覚が合わない人にとっては、「だからなんなの。なにがおもしろいの?」という読まれ方をされているのじゃないだろうかと思います。


 どこに惹かれるのか、考えてみた。

 この本の2つめのエピソード『やまびこビスケット』から、わたしの心に刺さった部分を抜き書きしてみる。


☆☆☆


 やまびこビスケットは地元のスーパーや駄菓子屋に製品を卸す他、工場に併設した直売店で細々と商売しているだけの、ぱっとしない会社だった。高校の就職部にはホテルのレストランや大手の洋菓子メーカーや百貨店の大食堂など、もっと待遇のいい求人があったが、口下手で陰気くさい私は面接で次々と落とされ、結局、やまびこビスケットにしか引っ掛からなかった。自ら面接に現れた社長さんは私以上におどおどとし、白衣の袖口にこびりついた小麦粉の塊を始終爪でぽりぽりといじっていた。ああ、たぶん私は、この人に選ばれることになるだろうと、床に落ちてゆく小麦粉を眺めながら思っていたら、本当にその通りになった。(「やまびこビスケット」から抜粋)


☆☆☆


 これは、お菓子の会社やその会社の社長さんの描写をとおして、語り手である「私」自身の人物像を描写している物語の冒頭部分です。いつかわたしもこういう人物描写をしたいと考えている――というのは、別の機会に書くとして、わたしが小川洋子さんの小説でたまらないのは、ここに描写されるような主人公のキャラクター設定です。


 地味でぱっしないお菓子工場。

 内気でお菓子を作る以外、取り柄のなさそうな社長さん。

 こんな会社に採用されることになった口下手で陰気くさい「私」。


 こういうキャラクター設定に、とても感情移入します。読んでて乗れます。

 ラノベなら、異世界に転生してチート能力で無双しそうなキャラクターですが、もちろんそんなことはありません。純文学作家とカテゴライズされる小川さんなので、描こうとしているのは「人とそのあり方を垣間見ることのできる一場面」です。


 すばらしい能力を持った人でなければ、社会的に成功した人でもない。むしろ、なにしら、どこかしら残念なところをもった人。でも、社長さんの描写にあるように、善良で誠実に人生に向き合っている人。そういう人たちに備わる「言葉にすることのできない尊いもの」を小説という形で描こうとしている。


 小川さんの小説を読むと、だれにも、どんな人にも、そうした尊い部分があるんだよと言ってもらえているような気持ちになれるんですよね。人としての誇りを取り戻すことができる物語というか……とても、おもしろいんですよね。


 ああっ、なんだかオチのないことを書いてしまった。ではまた。

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