281カオス 読書は無意味な行為だろうか
なんどもこのエッセイに書いていますが、いま好きな作家さんのひとりが、小川洋子さんです。でも、小川さんの小説をよく分かって読んでいるわけではないんですね。正直に書くと、半分くらいはどうしてこんなこと書いているのか分からないんです(苦笑)
それでも、なにか大切なことが書いてあるような気がして小川さんの本を読んでいます。読んでいるうちに分かるようになる日がくるんじゃないかと期待しながら。
『密やかな結晶』(小川洋子 講談社文庫)
その島では、人々のなかから「記憶」が少しずつ消えてゆく――という物語です。たとえば、ある朝目を覚ますと、「鳥」が消滅してしまっていた……という感じで。島から鳥がいなくなるのはもちろん、人々のなかから「鳥」にまつわる記憶と感覚が消えてしまうのです。なくなってしまったものは、ずっと前からなかったもののようになってしまいます。
でも、なかにはみんなが失ってしまった記憶を身体のうちに留めた人も少数います。そういう人たちは秘密警察の「記憶狩り」にあって、どこかに連れて行かれ、二度と戻ってくることはありません。
小説家である主人公のお母さんは、記憶を留めていた人だったために、秘密警察に連れて行かれ、死んでしまいました。主人公の仕事上のパートナーである編集者・R氏は記憶を留めている人です。主人公は自宅に隠し部屋を作り、記憶狩りからR氏を守ろうとします。R氏と主人公、ふたりの静かな生活。しかし、記憶の「消滅」は加速度を増して、島に襲いかかります。
バラの花、写真、木の実、カレンダー、小説……島から、人々のなかから次々と記憶がなくなっていきます。やがて、なにもかもが失われる瞬間がやってくるのですが、この島と人々はいったいどうなるのでしょう。主人公とR氏は秘密警察の記憶狩りから逃れられるのでしょうか……。
そのつもりで読むとすぐ分かるのですが、この小説は『アンネの日記』がベースにあります。
小川洋子さんはエッセイで『アンネの日記』についてたびたび書いているし、ナチスからアンネ・フランクを匿っていた女性と会ったことについても書いてます。
記憶=体験=言葉がどんどん失われていく、秘密警察によって奪われていく、って『華氏451度』にも通じるディストピア小説でもあります。
わたし、長い間仕事をしてきて思うのですが、仕事人は仕事に関係のないことはどんどん忘れていくんです。忘れさせられるわけじゃないんです。自分から忘れていくんです。一所懸命仕事すればするほど、仕事以外のことは、仕事にとって無意味になっていくので。どんどん自分から「記憶狩り」していくんです。マンガや小説を読むなんて習慣は、無意味の筆頭にあげられる行為です。身につまされます。
ディストピアってSFのなかになるものじゃなくて、すぐそこにあるものかもしれません。みんな気づいていないだけで、大切なものがどんどん「消滅」していってはいないですか。いまナチスはいませんが、秘密警察はすぐそばにいるような気がします。みんな気づかないでいるだけです。小川洋子さんの『密やかな結晶』を読んだ人だけがその存在に気づくことができます。
なにが失われたか、知りたくはないですか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます