194カオス スーホの白い馬

 一月は「く」、二月は「げる」、三月は「る」。三学期は、あっというまに過ぎ去ってしまうといわれているので、一日一日を大切に過ごしましょう――というようなことを学校の先生から聞かされた人は多いと思います。じっさい、大人になっても一年のうち三月まではあっという間に過ぎ去ってしまうような気がしますね。


 さて、息子の国語の教科書をみると三学期には『スーホの白い馬』を読むことになっているようです。


 おー。昔の教科書にも載っていたぞ。わたしの四十年以上前の教科書に。景気の良かった高度成長期の教科書の編集者も、デフレと構造不況が蔓延するいまの教科書の編集者も「小学生に読ませるのにふさわしい」と感じたんですね。メディアが取り上げることはありませんが、以前書いた『スイミー』もそう、こういう物語こその名作というのでしょう。


『スーホの白い馬』は、モンゴルの貧しい羊飼いスーホとその白い馬の物語。


 自分の娘の結婚相手を探すためにモンゴルの草原を治める王さまが開いた競馬大会にスーホは愛馬の白い馬と参加します。


 スーホは見事に優勝しますが、スーホの貧しい身なりをみた王さまは娘と結婚させるという約束を反故にした上、スーホから白い馬を取り上げると金貨三枚を与えて追い返してしまいます。


 がっかりして家に戻ったスーホですが、可愛い白い馬のことが忘れられません。そうしたある夜、気配を感じて外に出てみると白い体に何本もの矢を突き立てられた白い馬の姿が……。


 白い馬はすきをみて王さまの元から逃げ出してスーホのところへ帰ってきたのです。王さまの家来に矢を射かけられた白い馬は身体中から血を流し、息も絶え絶えでした。


 スーホの手当てのかいもなく白い馬は死んでしまいます。スーホは夜も眠れぬほど悲しみますが、ある夜、うとうととした夢の中に白い馬が現れ、自分の身体を使って楽器を作るように言い残します。


 目を覚ましたスーホは、白い馬の骨や皮、たてがみを使って楽器を作ります。こうして生まれた馬頭琴は、スーホの物語とともにいまもモンゴルの人たちに愛されている……。


 ――というお話なのですが……スマホを打っていて号泣。。。


『スーホの白い馬』って、悲しいお話なのですが、同時にわたしたちに寄り添ってくれる物語に感じられて泣けてきますよね。


 スーホと白い馬は王さまに裏切られます。

 ここに象徴されるように、わたしたちは(それは権力者だけでなく、イデオロギーや宗教、恋愛や友情というものまで含むかもしれません)を信じ、手ひどく裏切られ、傷つくということがあるじゃないですか。ないって人はぜったいいない。


 そういう大きな力の前に、自身の力の無さをさらされた弱い人たち(わたしたち)の話なんです、これは。


 力をもっている人なら、裏切りに対しては復讐をもってしますよね。暴力団同士の抗争事件なんてまさにそう。目には目を歯には歯をもって報いるのが力の論理です。


 でも、スーホと白い馬はそうしなかった。彼らどうしたかというと、馬頭琴を作ってこの物語を歌い継ぐという選択をしたのです。裏切りに力をもって報いるのではなく、だれかを、なにかを傷つけるのではなく、そのありさまを自らの選択も含めて歌にして後世に伝えたのです。


 名もなき民の生きざまと、物語が生まれる原初の形を垣間見せてくれるすごい話じゃないですか!


 朝っぱらから大量に涙を流してスッキリしました。『スーホの白い馬』は教科書以外にも福音館書店版の絵本が有名です。わたしのように涙腺崩壊したい人は、ぜひ。

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