183カオス うさんくさい話
今年も残すところわずかとなりました。この年末年始は非常に強い寒気が入り込んできて大雪が降るといわれています。みなさん、ご用心ください。
さて、クリスマスが終わり、仕事納めも過ぎて、大掃除も済ませた(一応)し、年賀状を投函した。わが家はお正月モードに切り替わりつつあります。とりあえずすることがない。コロナの拡大もあって出かけるのは控えているし、退屈でエッセイネタはありません。
困ったなあと三日ほど悩みましたが、最近読んだ本について書こうかなと、本棚から新書をひとつ持ってきました。
『「松本清張」で読む昭和史』(原武史 NHK出版新書)
内容は、2018年に放送されたNHKEテレ「100分de名著 松本清張スペシャル」のテキストに加筆、修正したもので、めっちゃ面白かったです。
松本清張といえば、推理小説の作家というイメージです。わたしの場合、江戸川乱歩、横溝正史と読んできて「じゃあ、次は清張かな」と。
この本では、松本清張の五つの作品を取り上げています。
①「点と線」
②「砂の器」
③「日本の黒い霧」
④「昭和史発掘」
⑤「神々の乱心」
①と②は、松本清張の代表作。清張を取り上げるのなら、避けては通れない作品ですね。わたしも読んでます。「点と線」のトリックはすごいとしか言いようがない。
③④⑤は、著者の原武史さんが「語られざる昭和史」としてこの本で取り上げた「松本清張が昭和という時代に投げかけた視線」が描かれている作品たちです。わたしは未読です。
これはわたしの体感からくるイメージなのですが、松本清張という作家は、推理小説家としての高く評価されている一方で、胡散臭い歴史観を弄ぶ作家として異端視されているように思います。③④⑤は、その胡散臭いカテゴリーに入ってくる作品で、わたしは読まなかったんですね。
わたしが胡散臭いと感じた(一般にもそう考えられていると思う)作品の内容を見てみると、
③『日本の黒い霧』は、第二次世界大戦敗戦後、アメリカ軍によって占領されていた日本で起こったさまざまな事件と占領軍とを結びつけて描くノンフィクションです。いつの時代にもある『陰謀論』的な本で、そのまま信じるのは無理がある――のじゃないかと手を出さないでいた本です。
④『昭和史発掘』は、主にニ・二六事件を取り扱ったノンフィクションです。
二・二六事件は、1926年2月26日に陸軍の一部が反乱を起こした事件です。政府要人ら数名を殺害、政府機関を占拠しましたが29日になって反乱軍は投降、クーデターは失敗しました。
この事件を独自の視点から読み解こうとしたのが『昭和史発掘』です。原武史さんは、これまでアカデミズムが触れてこなかった「天皇と皇室の関係」「皇室の女性と天皇に対する影響力」といったことに着目してこの本を書いていることに意義があると説きます。おもしろそうではあります。
⑤『神々の乱心』は、わたしがまったく知らなかった松本清張の作品で、清張死去のため未完に終わった小説です。
内容は、大正末年、日本の政治を牛耳ろうとする野望を抱いた関東軍の将校が、特異な霊能力をもつ霊媒師の女性と結託して新興宗教を立ち上げ、皇室内部や軍部に信者を増やしていく。しかし、教団の力が大きくなるにつれ、霊媒師の女性が暴走をはじめ――というあらすじだけでもヤバい話。
これを原武史さんは『昭和史発掘』から続く松本清張の「天皇と皇室と女性」をテーマに、この国のタブーに切り込んだ作品だと評価するわけです。
わたしが胡散臭いといった意味、わかってもらえるでしょうか。
なにしろ、不確かなことを描いているんですよ、占領軍の意図とか皇室の内情なんてものは、一般には窺い知れないことじゃないですか。しかも評価が難しい。鵜呑みにするのは危ないテーマを描く作家、松本清張ってところです。
ただ、この本を読んでて思いました。松本清張っていうのは昭和の庶民を代表する作家だなと。とにかく反骨、反アカデミズム、反主流。
偉い大学教授の学説をありがたく拝聴するとか、文壇で認められた純文学作家の小説をありがたがって読むとかいう「空気」に対して、「なにくそ」と。
まともな学者や作家が取り上げない「アメリカ軍の占領政策と陰謀」や「皇室内部の皇統をめぐる争い」なんてテーマに取り組んできたことがその証拠です。『砂の器』では、
「お前らインテリはそういうが、おれはおれの見てきた現実からこう考えるね!」という庶民一般が抱いている権威に対する反発心を体現した作家といえそうです。
ちょっと待ってくださいよ。
今回は、庶民代表の松本清張が、結局、まつゆばの陰謀論めいた作品を書いているということを書いてきたわけですが、なんだかいまの時代とも繋がりますね。
――新型コロナウイルスは某国の作ったバイオ兵器だ。
――日本人は新型コロナウイルスに感染しても重症化しない。
――そもそも新型コロナウイルスというものは存在しない、ただの風邪だ。
アカデミズムがどれだけ否定したところで、新型コロナウイルス感染症をめぐる陰謀論やフェイクニュースはなくならないし、拡散していきます。
これって松本清張の反アカデミズムと相通じるものがあるのでは? いや、ぜったいそうだ。
昭和の時代、意見表明する手段を持たなかった庶民は、松本清張を通してその「陰謀論的世界観」を世の中に発信していたが、SNSを手に入れた令和の庶民は、自身の携帯端末から自らの陰謀論を世界へ向けて発信しはじめたということなのでは?
うーん。
思いもしない結末に至ってしまった。もうちょい考えます。では、みなさんよいお年を。
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