177カオス わたしたちとは、なにか
さいきん、わたしたちってなに? っていう「問い」に取り憑かれている、わたし。
――『わたしたち』って、なに?
小説を読んだり、書いたりしているわたしですが、ときどき小説でない本を読むことがあります。
いま読んでいるのが――
『日米地位協定 –在日米軍と「同盟」の70年–』(山本章子 中公新書)
中公新書って硬派な新書なんですねー。今年、いくつか中公新書を読みましたが、どれもおもしろいんですけど、手こずりました(笑
さて、この本はタイトルみて分かるとおり、日米地位協定の成立とその問題点についてまとめられた本です。日米地位協定……って知ってます? あの、沖縄で米兵による犯罪が起こったときに問題になるヤツですよ――と、それくらいの認識で深くは考えていない人が多いんじゃないでしょうか、わたしもそのひとり。
この本を読むと、日米地位協定がどんなものか、ホントによく分かります。そして、第二次世界大戦に敗れた日本を占領したアメリカ軍が、未だに特権的な地位を得て日本の領土に居座り続けていること――アメリカ軍による占領は、まだ終わっていないのだということが分かります。
――おっ、政治的なテーマで書いてきたな。
――やべ、読むのやめよ。
――そういうのは、近況ノートでやるんじゃなかったっけ。
……と考えたみなさん、ここは政治的なことを書きたいエッセイではないので、もうすこし付き合ってみてくれませんか。
じっさい、この本は政治的なメッセージに溢れていて、これを読んだ日本人の多くが、在日アメリカ軍の身勝手さと、それを許している日本政府の弱腰に腹を立てるに違いありません。
在日米軍は自由に基地を拡大することができるとか、日本国内で軍事訓練を自由に行えるとか、在日米軍の兵士が起こした犯罪は日本の裁判所で裁くことができないとか、日本政府は条約に根拠のない予算を年間何千億円も在日米軍に与えているとか――日本人として、もやもやしませんか。
「アメリカ許せん」
「政府は、なにやっとんねん」
この本は、戦後、在日米軍に特権的地位を与え続けてきた日本政府を糾弾している本なのです。
今回のお話はここからです。
なぜ、わたしたちは日本の領土でアメリカ軍が好き勝手に振る舞うのを不快に感じるのでしょう。日本国内で米兵が起こした事件を日本の法律で裁くべきだと感じるのでしょう。
日米安保条約に基づいて、アメリカ軍は他国の脅威から日本を守ってくれているはずなので、わたしたちはアメリカ軍に感謝しこそすれ、憎むというのは筋違いではないのでしょうか。
わたしが思うのです。それは、わたしたちがアメリカ軍のことを「わたしたち」と考えていないからだと。もちろん、わたしは日本人で彼らはアメリカ人です。でも、「わたしたち」とは国籍で割り切れる、そういう単純なものなのでしょうか。
彼らは(本質はともかく、建前では)、わたしになりかわってこの国を守ってくれている人たちです。これは「わたしたち」となりうる資格があるということでは?
こんなふうにして、わたしが「わたしたち」について考えてしまうのは、今年のいわゆるコロナ禍の下で、「わたしたち」というものが、激しく揺さぶられているように感じるからです。
ちょっと、わたしたちという言葉について考えてみましょう。なにが、わたしたちという言葉に当てはまるものなのか。
わたしとわたしの家族は、どうやらわたしたちといっていいと思います。学校の友達や職場の同僚もわたしたちでしょうね。地域の知り合いや遠くに住む親戚もわたしたちでおかしくありません。
でも、通勤電車で隣り合った人はわたしたちですか? 朝のニュースで見た事故の被害者はわたしたちですか? 海の向こうのある国でデモに参加している人はわたしたちですか?
わたしたちという言葉は、とてもよく使われますが、それが意味するところは曖昧で、どこまでが「わたしたち」か、どこからが「わたしたちでないもの」かは、個人的な判断に委ねられていると、いえそうです。
先日、政府は「GO TOトラベル」を年末年始の期間停止すると発表しました。
「GO TO」キャンペーンについては、新型コロナの感染拡大を助長する政策だと否定的な意見が多く、医療従事者の中からは即刻やめてほしいという声も寄せられているようです。
わたしがずっと気になっている。そして正体がつかめないでいる「わたしたち」というものが、この新型コロナ感染症という災害と「GO TO」キャンペーンという対策の周辺では、とても見えやすくなります。
「GO TO」をただちにやめようという人は、たとえ経済活動が停滞したとしても仕方がない、コロナが拡大して自分や家族が感染することを防ぐことを第一に考える「わたしたち」の範囲が狭い人といえます。
逆に「GO TO」を続けるべきだという人は、仮に感染症による死者か増えたとしても、それ以上に増えるであろう、経済の落ち込みによって生活が立ち行かず困窮する人(自殺する場合もあるでしょう)を助けようと考える、「わたしたち」の範囲の広い人といえるでしょう。
……もやもやしませんか。
どちらか良い悪いとか、どちらであるべきだとかいうつもりはまったくありません。こういう現象が起こっているというだけで、善か、悪かのラベルを張ってしまうと人の判断はおかしくなってしまうので、慎重に考えましょう。
コロナ感染症の対応だけじゃありません。在日米軍の話もそうですし、いじめの問題もそう、世の中には正体の分からない「わたしたち」に左右される出来事がたくさんあるはずなのです。
人は、「わたしたち」という考え方をなんの悪意もなく、ごく自然にやってしまいます。それは同時に「わたしたち」の向こうに見えないけれど、越えられない線を引いて「わたしたちでないもの」を排除する方向にはたらいています。
わたしたちは、このことをよく知った上で、ニュースやネット情報に接した方がいいと思いますね。
えっ、これを読んでいる人と藤光の関係ですか? それはもちろん、「わたしたち」ですよ。
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