147カオス しんにょうの話

 つまんない小咄をひとつ。


 小学二年生の息子が漢字の書取りをしている。傍から見ていると、非常にいい加減で汚い手跡だ。恥ずかしながら、子どもの頃のわたしそっくり。まったく、子どもというものは親の似てほしくないところばかり、似てしまうものらしい。


 息子を見ていて思い出したのですが、字が汚い人――いまの息子や、かつてのわたしのことですが――は、字を丁寧に書こうということに無頓着なのです。


 きれいな字が書けないわけではなくて、に書こうとすればきれいな文字を書くことはできるのです。


 ただ、本人がその必要を感じないので、体裁の良い文字を書こうとはせず、「文字としての要素を満たせばよい」「意味が伝達できればよい」と道具としての文字のな部分にのみ着目して書いていたため、結果的に書く文字が汚くなってしまっていたのです。


 ――字はきれいに書くのが当たり前じゃない。


 真からそう信じられる人には理解できないかもしれませんが、文字を意思伝達の道具として考えたときに、「きれいな字」と「汚い字」とのあいだに、どれほどの違いがあるというのでしょう? 要は読むことができて、情報が相手に伝わればいいのです。そこでは文字の巧拙は問題ではありません。


 うちの息子がどう考えているのかわかりませんが、少なくとも子どもの頃のわたしは、感覚的に文字というものをそう捉えていました。「とりあえず、読めるだけに書きゃあいいんだろ」と。


 亡くなった祖母には「あんたは字が汚い」とよく嘆かれました。ぜんぜん平気でしたけど(笑)


 子どもの頃は平気でしたが、大人になるに従って字が汚いというのは、精神的なハンデとなってきます。なんといっても、人前で文字を書くときに、手跡が不細工なのはみっともないですからね。


 そうなんです。文字の本質は意思を伝達するための道具に過ぎませんが、その姿形が整っている――多くの人が美しいと賛同する姿を備えている――ということは、書き手の教養の深さや美的感覚の鋭さをも同時に表していると、一般には考えられているのです。


 字の巧拙の評価が、その人の人間性にまでつながる――。そりゃあ、祖母が「孫の字が汚い」と嘆くわけです。わたしのことを愛しているがゆえの肉親の嘆きですわな、納得。(笑)


 大人になってくると、字が汚いのは損だな〜とわかってきたわたしは、二十歳前後くらいから、丁寧に文字を書くよう気を付けはじめました。いまでは「字がきれいですね」とお世辞を言ってもらえるくらいには書けるようになりました。


 ただ、三つ子の魂百までということわざのとおり、幼い頃にいい加減に書いていた負債は大きく、基本が身についてないんです。ところどころ綻びがあります。それがでした。


「しんにょう」とは、「しんにゅう」ともいうアレです。漢字の部首で、「道」とか「進」とかについてる、アレですよ、コレ。わかりますよね、二年生で覚えるやつ。


「しんにょう」書くのって難しいじゃないですか。何画か知ってます? じつは三画なんです。二画じゃないのって思いません? わたし「しんにょう」書くの嫌い。半約世紀生きてますが、上手に書けたためしがありませんでした。


 案の定、息子の書く「しんにょう」のひどいこと! 間違いなくおれの息子だ。


 ――これはなんとかしないと、息子がおバカに思われてしまう。


 わたしが、わたしの祖母みたく息子のことを考えたのも無理ありません。どうやったら「しんにょう」を見てくれ良く、綺麗に書けるだろう。


 生まれて初めて「しんにょう」がどう書かれているのか、真剣に見ましたね。というか、いままで一度も「しんにょう」のことを真剣に考えたことなんでなかったのでした。


 結論をいうと、真剣に「しんにょう」をよく見て、分析的に綺麗に見える書き方を研究すると、ほんの3日くらいできれいに書けるようになりました。


 ――なんでいままでこのことに気づかなかったのかな〜。難しくないじゃん。


 要は真剣に取り組むか、そうじゃないかのちがいだったという話でした(笑)




 今回の「しんにょう」で思ったのですが、できない、できるわけがないと思っていることも、じつはそう思っているだけで、とことん分析的に取り組んでいけば、案外できてしまうものではないのかなあ〜と。


 恋愛小説は書けないとか、ミステリはトリックが思いつかないとか、書けないと思ってる小説のジャンルがありますけど(実際、恋愛小説を書いてみたことはないし、ミステリを書こうとしたこともない。)思い切って書いてみたら、じつは書けるんじゃないの? って考えてしまった「しんにょう」にまつわるお話でした〜。つまんない話に付き合っていただき、ありがとうございました。




 それはそうと、息子の悪筆を直す方法ってないもんですかねえ。

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