125カオス したたかなものを書く

 まだ気楽な独り者だったころの話。


 

 時間はあるが、彼女はいない。

 友達もいない。

 ゲームにも飽きた。


 三重苦にもがいていたわたしは「じゃあ、みたことないけど映画でもみてみるか」と、ときどき映画館に出かけるようになりました。


 最初は地元の映画館――地方都市である地元には、当時、シネコンではない「映画館」がいくつかあった――にかかっているものから、おもしろそうなのを選んでいたのですが、そのうち物足りなくなってきます。


 そこで、休日がヒマだったわたしは、地元から神戸まで足を伸ばすようになります。神戸まで行くと、公開規模の小さい(ミニシアター系の?)映画が上映されている映画館があって(いまもあります)、今敏監督の『千年女優』が上映されていたからです。


 2010年に亡くなったアニメ監督・今敏さんを知ったアニメが『千年女優』でした。老境に差し掛かった伝説の映画女優・藤原千代子が、取材を受けたテレビカメラの前でその女優としての半生を語りだすという体裁のアニメですが、千代子が体験した過去の事実と出演した映画の場面が交互に現れ、いつしかその事実と虚構の境目が分からなくなっていくという――未体験の演出に、映画が終わって映画館を出ても、わたしはぼーっとしてしまいました。とにかく傑作なんです(笑)


 あ、今回はこのアニメの話ではなくて、これを受けて、先日読んだ石井妙子さんの『原節子の真実』(新潮文庫)について書きたいんです。まぎらわしいですか?


 そもそも、わたしが『原節子の真実』を手にとったのは、『千年女優』が大好きだからなんです。『千年女優』のヒロイン、藤原千代子は、昭和10年代から30年代前半にかけて活躍した映画女優、原節子がモデルにしています。


 アニメの藤原千代子は、あるきっかけからテレビの取材を受けますが、原節子は引退後、芸能界から距離をおき、一切の取材を断り続けたまま2015年、95歳で亡くなっています。伝説の女優と呼ばれるゆえんです。わたしは『千年女優』を通じて間接的に、しかもおぼろげにイメージとして知っているだけで、原節子については知らなさすぎたので、「こりゃ、おもしろそうだ」とこの本を手にとったのですが――。


『千年女優』とは、また別の意味ですごくおもしろい!


 女優・原節子のもつ強い意志や清廉なたたずまい。戦前から戦後にかけて黄金時代の映画史。昭和前期の日本を覆っていた空気感。などの景色が、行間から見事に立ち上がって来、臨場感がハンパないです。筆者である石井妙子さんの筆力のすさまじさといったらない!


 下手な歴史解説書を読むくらいなら、この本を読んだ方がよっぽど昭和史に詳しくなれるでしょう。


 この本を手にとるまで、石井妙子さんのことは知らなかったのですが、彼女の力量に圧倒される思いです。巻末には、このノンフィクションを書き上げるのに参考とした資料一覧が付記されていますが、その膨大なことに驚かされます。資料のなかには、作中描写されている原節子像とは矛盾する資料や、とりとめのない資料もたくさんあるはずですが、そのなかから石井さんが「これ!」と決めた資料を基に、本作の原節子像を組み上げている。すごい力技! そして、なんてしたたかな作家だろう(ほめてる)。





 今年の東京都知事選挙の直前に出版され、話題なった本。『女帝 小池百合子』。筆者がこの石井妙子さんです。


 くだらない暴露本程度に思って、書店でも無視してましたが、この石井さんが書いた本なら、かなりパンチがきいた内容じゃないかなあ。とにかく、この人の書く本には世間に波風たたずにすませない激しさがあるはず。なにせ、したたかな作家さんらしいので(ほめてる)。

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