114カオス この世界の片隅に?

 じつはまだ、上巻を読んだだけの『この世界の片隅に』だ。断っておくが、評判になったアニメ映画もドラマも見たことはありません。だったらなんで?


 最近、YouTubeで「山田玲司のヤングサンデー」の過去回をみることにハマっている。「山田玲司の〜」がどういう番組なのかひと言でいうのは難しいが、漫画家・山田玲司さんがMCを務めるニコニコ動画のサブカル系トーク番組だ。かなり、おもしろい。


 山田玲司さんが漫画家だけに、マンガについて取り上げる回は、ときにディープな内容に踏み込むことがあるのだけれど、『この世界の片隅に』を取り上げたとき、非常に評価が高かったので、


 ――読んでみたいなあ。


と思ったのでした。


 山田玲司曰く、「いわゆる『反戦漫画』ではない。右も左も関係ない」。「『はだしのゲン』や『火垂るの墓』とは戦争の描き方が違う」らしい。


 ――おもしろそう。


 わたしの母親は団塊の世代で、わたしはいわば団塊ジュニア世代。「ノーモア ヒロシマ」は十分承知していますが、耳にタコができてますからステレオタイプの反戦主張はこりごりです――という価値観。戦時下の日常をユーモアを交えて描く『この世界の片隅に』の世界観はわたしにぴったりでした。これなら、おもしろい。


 上巻では、18歳の主人公のすずさんが、広島から呉へお嫁に行きます。マンガは終始女性目線で描かれますが、いまの女性とは違うなあという印象。結婚した年齢もそうですが、結婚の日まですずさんはほとんど結婚相手のことをしりません。結婚するというのは大変な賭け(運だめし)でもあります。


 そこで思い出したのが、101歳で死んだわたしの祖母のこと。祖母は、すずさんより一回りくらい年上で、昭和十年代前半にわたしの実家に嫁にきました。

 ずっと前に戸籍謄本を見たことがありましたが、一番上の子供(わたしから見ると伯母)が生まれる少し前に、祖父と入籍したことになっていました。


 ――計算が合わへんやんか。


 いまでいう「デキ婚」なのか。いえ、そういうことではありません。昔は、嫁入りしても、婚家の家風に合わなかったり(要は姑と合わない)、なかなか子供ができない場合に、実家へ返されることがあったようです。

 祖母の場合も、嫁入り後すぐには籍を入れてもらえず、子供ができたとわかってから入籍してもらえたのだと思います。


「昔は、ようあったんや」


 祖母はそういって平然としていましたが、いまの常識で考えるとずいぶん女性を馬鹿にした話です。


 昔の女性はひどい目にあっていて、いまの女性はそうではないと、そんなことをいうつもりはありません。あの時代にはあの時代なりの、いまの時代にはいまの時代なりの喜びや悲しみ、苦しさや楽しさがあるのだろうと思うのです。


 男ってのはどうしても「大きな物語」を描きがちで、それは地に足のついていない話になりがちですが、作者・こうの史代さんの『この世界の片隅に』は戦時下生活のディテールを描くことで、あの時代はこういう時代だったんだよと、教えてくれているかのようです。


 なにも起こらない毎日とたまに起こるささやかな事件、何十年も前の他愛のない日常が描かれただけのマンガですが、昭和20年8月6日に広島でなにがあったか知っている人が読めば、1ページ1ページが特別な輝きを放っているように見える、そんなマンガだと感じました。

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