113カオス 書くことがいやになった
今回は(今回も?)、本を読んでの感想です。わたし的にはめちゃくちゃ面白かった。
『薔薇はシュラバで生まれる ー70年代少女漫画アシスタント奮闘記ー』(笹生那実 イーストプレス)。タイトルにあるように、1970年代、少女漫画を描いている漫画家さんのもとでアシスタントをされていた(実は自身も漫画家)作者さんによるエッセイマンガです。ざっくり言って、40〜50年前の少女漫画家とそのアシスタントの周囲で起こったことを振り返ったマンガ。若い人には分かんないでしょ。
実はわたしも分かんない(笑)物心つく前の話だから。ただ、70年代後半、従姉妹のマンガを読んでいた時期があって、美内すずえさんの『ガラスの仮面』は読んでいた。それで十分。美内すずえさんの露出が一番多いから。美内すずえさんがらみのエピソード、めっちゃおもしろいです。
ま、おもしろいところは今回傍に置いておいて、感銘を受けたところ。笹生さんが山岸涼子さんの『天人唐草』をアシスタントしたときのエピソードがとても印象に残っています。
山岸さんは、この『天人唐草』を描くにあたって
「いやだ。この話、描きたくない」
とアシスタントたちにこぼします。笹生さんは、そんな山岸さんを目の当たりにして意外に感じますが、もっと驚いたのは雑誌に掲載された『天人唐草』を読んだとき。
少女漫画の歴史に残る傑作だったから。
笹生さんは「山岸先生は、なぜこんなすごい作品を描くのかいやだなんて言っていたのだろう?」と不思議に思います。そのときはわからなかったのですが、その後意外なきっかけで、笹生さんはその答えを手にします。
ずっと後、テレビで少女漫画家が特集された時、「自身の作品で一番好きものなんですか」とインタビューされたのに山岸涼子さんが応えて「『天人唐草』です。あの作品が転機になりました。あれを描いたことで、自分というものをより表せるようになりました」といっていたのを見たのです。
山岸さんが「この話、描きたくない」とアシスタントにも漏らすくらい逡巡していたのは、作品の中に自身の想いというか、考えというか、自分そのものを描こうとすることへの不安や恐れがそう言わせていたんですね。普段は隠している自分を人の目に晒すって不安で怖いのが当たり前じゃないですか。それを克服して描いた『天人唐草』は、山岸さんの中で「これをきっかけにわたしは漫画で自分を表現することができるようになった」と思える作品となったということなのでしょう。
このエピソード、最高。
わたしはマンガは書けませんが、下手くそな小説を書いてます。ずっと自分の小説を物足りなく感じています(いや、サイコーだ! とも思うんですけど、同時にもっとすごいのをかけるはずだ〜とも思うんですよ)。そして、常に不安と恐れの中で書いてるんですよね。真っ暗闇のなかで。
まさに「この話、書きたくない」状態。
みんなそうなんじゃないかと思うんですよ。そうでしょ、書いてる人たち? 書いてると辛いでしょ。ほんとに書きたくないって感じるでしょ。いつか自分の『天人唐草』を手に入れようとしてるんでしょ。
『薔薇はシュラバで生まれる』読んで元気もらったら、あなたの(え、わたしの?)物語を書きましょう。
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