73カオス 芥川賞作家の育て方

 前回、大森望・編『SFの書き方』について書いたんですが、書きながら「これについて書くんなら、こっちの本にも触れたいよなあ」という本があったので、今回は前回に引き続き小説のについて書いてみようと思います。


 今回の本はこれ。


『【実践】小説教室』(根本昌夫 河出書房新社)


 著者の根本昌夫さんは、元文芸誌の編集者で退職後、あちこちの小説講座で小説について教えておられる方です。


 2018年に担当している小説講座の受講生2名が芥川賞を同時受賞(若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』、石井遊佳『百年泥』)し、脚光を浴びました。わたしがこの本を買ったのも、この「芥川賞同時受賞」の看板があったからですね(笑)


 内容は、とてもわかりやすいです。『SFの書き方』よりも。それは小説講座で受講生に教えてきた経験があるからこその分かりやすさでしょう。よくある作家が書あたが、分かったようなわからないような内容になりがちなのとは対照的です。


 ただ、初心者におもねるような内容でもありません。句読点の打ち方から教えてくれるがある中で、この本の書き方指導はあっさりしたもんです。そこには期待しない方がよいかもしれません。


 この本のウリは、編集者として小説と作家に向き合ってきた経験から、小説とはなにか、よい小説が備える要素はなにか、ということを説明しようとしている点にあると思います。意外に新鮮な視点です。


「こういう小説がよい小説です」

「こういう人が作家に向いています」


 もちろん著者個人の視点ですが、おもしろいと感じました。「小説論」自体は作家の書くにもよくありますが、「作家論」は何人もの作家と関わってきた編集者ならではの視点じゃないでしょうか。


 作家というものは、どうもこういう意図をもって(あるいは無意識のうちに)試行錯誤しながら読者の共感を得る小説を書いているらしい――そして、それはあなたにも(まったく同じにとは言えないけれど)可能なことなのですよ。ということを解説してくれる本です。小説を書いてみようと勇気が湧いてくる本ですね。


 私のもらった勇気は、この本のこんな部分です。





「第一線で活躍している小説家たちは、私が見てきた限り、常識をわきまえ人柄も温厚なごく普通の人たちです。ただ一点、飛び抜けているのは、感受性です。感受性の振れ幅が並外れて大きい人が多いのです」


「小説を「書きたい」と思うのは、なんらかの「過剰」または「欠如」を抱えているからにほかなりません。

 今までとはちょっと違う何かになりたい。

 心に収めきれない思いがある。

 何かを求めてやまない。

 そんなやむにやまれぬ思いがあるときに、人は小説を書きたいと思うのではないでしょうか」


「小説家というのは、社会への適応能力がありながら、その実きわめて感受性が強く、内面に葛藤を抱えながらも社会生活に適応している人たちだ」





 私はネットの片隅で、下手くそな文章をこねくり回している名もない存在ですが、この部分を読むと一瞬、光を当ててもらえたような気分になりますね。


 勇気はともかく(笑)、なんらかの気づきが得られるのは確かな本です。小説を書こうとしてる人は、一度読んでみては?

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