69カオス 感染症。見えない敵

 アルベール・カミュの『ペスト』が売れているらしい。


 新潮文庫版『ペスト』は異例の増刷(15万部以上)がかかり、累計部数が100万部を超えたとか。


『ペスト』は、アルジェリアのオランという町で死に至る伝染病ペストが発生・流行し、伝染病の拡大防止のため、オランが封鎖されるなか、オランの人々がどうペストに向き合ったのかが描かれた小説です。


 え、知ってる?


 そうですよね。このエッセイで『ペスト』について書くのは3回目ですもんね(笑)


 前回、ここに書いたのは、中国の武漢が閉鎖され、横浜港ではクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が足止めを食っている頃でした。まだ、この国の感染者は少なくて、コロナウイルスに対する脅威もほとんど身近に感じられることはありませんでしたね。二ヶ月くらい前のことです。


 この二ヶ月間にどれほど世界が変貌したか、二ヶ月前の私にあらかじめ教えてあげたいくらいです。


 イタリアやスペインで数えきれないくらいの人々が、新型コロナウイルスに感染して亡くなり、それがいまはアメリカで猛威を奮っています。


 世界で140万人もの人がこのウイルスに感染して、8万人以上の人が亡くなっており、しかも毎日この数字は万単位で更新されていっているのです。


 この事態を受けて、世界中の国々は雪崩をうつように国境線を封鎖し始めました。新型コロナ感染症から自国を守るためです。


 二ヶ月前、私は武漢の有様がまるで『ペスト』のようだとここに書きました。それがいま世界中の国や街が、カミュの『ペスト』を体現するに至ったのです。もちろん、日本も例外ではありません。


 4月7日、政府は等対策措置法に基づく「緊急事態」を宣言し、その翌日から街の様子は一変しました。


 学校が休校し、商店は休業、一般人の外出も自粛。町をゆく人の数がぐんと減りました。みんなどこへいっちゃったの? って感じでした。みんな家に閉じこもってしまったのです。


「宣言」から4日、それでも感染者は増え続けています。私たちは『ペスト』と少し異なる形でと戦うために自らを自分たちの内に封鎖しました。


 見えない敵。新型コロナウイルスによる感染症が、まさしくその見えない敵なのですが、実はまた別の敵――「疑心暗鬼」という敵にも私たちは取り囲まれているようです。


 生活必需品を買い溜めしなくちゃいけないんじゃないか?

 マスクや手洗いで感染は防げないんじゃないか?

 県外ナンバーのクルマがウイルスを持ち込んだんじゃないか?

 家に閉じこもった隣の家族は感染してるんじゃないか?

 仕事場から夫がウイルスをもって帰ってるんじゃないか?

 私も……感染してる……んじゃ……ないか……


 私たちの間に広がっているのは、ウイルスだけではありません。ウイルスが広がっていくのと同じが、もっと早いスピードで「相互不信」が私たちの間に広がっています。


 たちの悪いことに、ウイルスによる感染症は病院で治療してもらえますが、私たちの心の問題は、病院で治療することはできないのです。


 心理的に封鎖された環境のなかで、いま私たちには「不安」や「不信」の中に逃げ込ないで、感染症に立ち向かう姿勢が求められているように思います。


 大変なことになってますが、元気出してがんばりましょう。

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