58カオス 自分を偽ることなく生きていけたら

 つまらない――。


 小説を読むと、いろいろな感情がわいてくる。わくわくしたり、はらはらしたり、ドキドキしたり、それをおもしろいとか、悲しいとか、怖いとか感じて楽しむ。小説を楽しみ方というのは、小説を読んだときに湧き上がってくるそうした感情を楽しむことにあるのだと思う。


 楽しめる小説ばかりじゃない。


 ああ、そうですね。楽しめる小説ばかりじゃあない。世の中にはたくさんの小説がありますが、そのほとんどは読んでみても、退屈でつまらないと感じるものばかりです。


 誤解しないで欲しいのですが、だからといってそうした小説がダメな小説なのかというと決してそうではないでしょう。


 小説の評価は、読む人によって大きく変わります。Aさんにはとてもおもしろく読めた小説が、Bさんにとっては我慢できないほど退屈であったりするのが小説なのです。


 “名著・名作”とされている文学作品が、理解できず、「死ぬほど退屈」「ぜんぜんおもしろくない」と感じられるのは、むしろ一般的な現象といっていいのではないでしょうか。


 そういうことからみると、小説を測るには、いろいろな種類のものがあるようです、一般的に使われているのが「楽しい」とか「読みやすい」といったものさしなのかな。Web小説などその典型ですね。読んで楽しい小説がよい小説、読みやすい小説がよい小説というわけです。


 綿矢りささんの『かわいそうだね?』(文春文庫)を読んだ。


 楽しめなかったし、読みにくかったです。そういうで測ると、よい小説ではなかったことになりそうです。

 この本には『かわいそうだね?』と『亜美ちゃんは美人』という二つの小説が収められています。『亜美ちゃん〜』はおもしろいですよ(笑)でも、より文学的な志の高い『かわいそうだね?』はおもしろいとは感じられなかった。私がエンタメ志向だからなんでしょうか、なんだか残念。


 とにかく、いたたまれない気持ちになるんです読んでいて。


 『かわいそうだね?』の主人公の女性は、28歳。アメリカ帰りの恋人とラブラブなのですが、その彼氏が自分の部屋に女性を同居させているということが判明してしまいます。しかも、その女性はアメリカに住んでいた彼氏の元恋人。


 主人公は、彼氏にドン引きしますし、相手の女性にも嫌悪感を抱きます。でも、アメリカ帰りで仕事が見つからず、住むところもない女性を恋人の男性は見捨てられないというのです。


「あいつにでて行けていうなら、おまえとは別れる」


 主人公は、恋人を失いたくないばかりに、


その“元彼女”を


彼氏と自分をかわいそうな人を助けてあげている人


と思い込む(そう思いたくないのに自分を偽ってそう思い込む)ことによって、三人のいびつな関係をやり過ごそうとするのですが、ついに破局が訪れる……


 ――というお話なのですが、読んでいてぜんぜん入り込めない。読んでいて、痛くって。


 おや?

 なんで痛いんだろう。


 ああ、「自分を偽っている」からだ。恋人を失いたくなくて自分を偽りつづける主人公に私自身が重なっていくのが「痛い」んだろうと思い当たりました。


 仕事でも、家庭でも、ことってあるでしょ。人が人と付き合っていくうちには必ずあることですからね。失いたくない、いまこのままでいたいという思いは、負の力を帯びることある。『かわいそうだね?』は、それを描いた小説だったのです。

 

 おもしろくはなかったのですが、痛いところを突かれたのは確か。小説ってこういう風に人の感情に刺さって作用するものなんだなと再認識させてもらいました。


 おもしろくないけど、いい小説だったのかな?

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