57カオス 時代小説というファンタジー

 読書感想文? 的なものを。


 宮部みゆき『三鬼 三島屋変調百物語四之続』を読んだ。おもしろいですね。あいかわらず。


 宮部みゆきさんの文章は、水を飲むみたいにぐびぐび読める。こんなにどんどん読めてしまうのは、読むことが快感に感じるくらい軽快な文章だからです。その秘密がどこにあるのか、わたしにはわかりませんけれど。


 わたしもそんな文章が書けたらいいなと思うけれど。


 さて、この本ですが四編の小説が収録されています。いずれも江戸時代を舞台に、不思議な話(百物語)を聞き取った体をとったシリーズものです。


 時代小説というのは、一種特異なジャンルといっていいでしょう。だいだい「江戸時代」という時代区分の出来事として描かれることが多くて、登場人物の話し方や立ち居振る舞い、事物を表す言葉……物語の中では時代小説特有の表現が多用されます。


 わたしは時代小説をいわゆる「剣と魔法のファンタジー」と同質のものだと思えてならず、宮部みゆきさんの時代小説以外は、読む気になれないでいます。ほか作家さん、おもしろいんですかね? たぶんおもしろいんでしょうけど、踏み切れなくて。


 時代小説一般については、また別の機会に触れるとして、この本の中では表題作にあたる短編『三鬼』が出色の出来ばえとみました。


 この作品はもう、最初から最後まで素晴らしい。終始、陰惨なエピソードが積み重なりつづける暗いお話ですが、宮部みゆきが描くと光が差してくる箇所があるので不思議です。


 私は、宮部みゆきさんの小説を、その最初期から読むことのできる幸運な時代に生まれあわせることができました。


「すごい作家がでてきた!」


 当時の感動が大きかっただけに、それから徐々に作風が変わってきたいまの宮部さんの小説にはイマイチ馴染めないと感じてきましたが、『三鬼』はそうした違和感を軽々乗り越えてくる力を持った小説です。傑作。


 ここ20年あまり、宮部さんはに心が捉えられ、描き続けています。『三鬼』は、このどうしようもなさという化物に人が接近していく物語でした。


 宮部さんは、最近書いている作品すべてのなかで、この化物の正体を明らかにしようと試みています。『三鬼』は、このことがもっとも美しく悲しく描かれた作品となっているように思えます。


 ――宮部みゆきを知りたいなら、『三鬼』を読めばいい。


 それが底の見えない深淵をのぞき込むような行為となるとしても。

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