21カオス 妖しい女、そして特別な女
その本は、書店の棚にあるときから強いオーラを放射しつつ、私にこう訴えていました。
――わたしを買って!
無視できない力を感じてその本を手にとった私でしたが、はたしてこれがおもしろい小説でなかったらどうしよう――。
が、その不安は杞憂に終わりました。
佐藤正午『月の満ち欠け』はとてもおもしろい小説だったのです。
書店で見たとき「なんだこりゃ」と感じた違和感は、手にした瞬間に「おもしろいやないか」と愉快な印象に変わりました。装幀が変わっているのです。凝っている。
『月の満ち欠け』の文庫本は、岩波文庫を擬態しています(笑)ほんと、擬態という言葉が正確。本物の岩波文庫そっくりにマネしています。でも、岩波文庫ではない。表紙には『岩波文庫的』と書いてある!
――どういうこと?
私の持っている岩波文庫に対するイメージは、「頭が堅い」です。小説もありますが古今東西の名著、学術書がラインアップされていて、おいそれとは手を出しにくい。その岩波文庫なの? じゃあ「的」ってなんだろう。
どうやら岩波文庫ではない、岩波書店の文庫本を手にした私は、この本の謎を解き明かすため、買って帰って読むことにしたのでした。
岩波文庫「的」の謎は、本に挟み込まれているリーフレットにある作者のインタビューを読めば氷解します。意外に遊びゴコロがあるじゃないか岩波書店。
遊びゴコロといえば、巻末に伊坂幸太郎の解説ではなく「特別寄稿」があるのもスペャル感があってとてもいい。「岩波書店最初にして最後の直木賞作品となるだろうこの本」を岩波書店が(楽しんでいるという意味で)特別扱いしているのがよく分かります。
装幀や体裁だけでも楽しめるこの本ですが、内容もとてもいい。ストーリーが面白いのはもちろん、構成も凝りに凝っていて、「うーん、すごいな」と唸らされます。私なら構成を考えるだけで気が遠くなりそうです。さらに文体もびっくりするほどいい。アマチュア作家なら、冒頭の一章をお手本に自分の小説と比べてみると勉強になると思う。私もこういう風に描けるようになりたい。
ネタバレは避けたいので、ストーリーには触れませんが、たくさんの女性が登場する小説です。作中の男たちをつぎつぎ呑み込んでいきます。あなたが男性ならきっとあなたも呑み込まれる。そんな妖しい存在感をもった彼女たちにぜひ会ってみていただきたい。そんな風に思える本でした。
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