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『動画配信』『カルノ』で検索をかければ、検索上位にあっさりとそれらしいリンクが表れた。動画配信で収入を得、生計を立てているいわばプロのようだった。
美空はベッドに転がり『カルノ』の紹介文を斜めに読む。
海洋系の『やってみる』企画を中心として人気を博した動画配信者。見た目は金色に見えるほども脱色した髪に見事に日焼けした顔、手足。アロハにサングラスをトレードマークとしているらしく、見事に美空の
ダイビングは南海のサンゴ礁から、海流が荒いと評判の磯まで。釣り、リアルヨット生活、無人島探索、沈没船のお宝さがし、『渦潮に揉まれてみたい!』そんなリクエストの募集、実行。なかなか体を張った動画が多いようだった。
一通り読み終え、短い動画何本かを視聴して騒がしいなと顔をしかめる。孝志が帰宅した気配を感じて、慌てて寝室の明かりを落とした。
――やって良いことと悪いことの区別もつかないのか。
孝志に言われても、美空はそれがやってはいけないことだとはどうしても思えなかった。
――絶対駄目かって言われると警察沙汰とかそういうわけじゃあないけどなぁ。
やってくれたな。まさか美空ちゃんとはね。
曽田に大笑いされたのも、目配せされた省吾がなぜか気まずそうにうなだれたのも、理由はさっぱりわらかなかった。
――ガキが。
谷村にそういう目で見られるのはもう慣れた。
それでも、新戸の記事を発端に始まった孝志との冷戦は、まだじわじわと続いている。
――なぁ美空ちゃん。今度、こういう話が出たら、おじいちゃんに話してな。そういうルールなんだよ。
……ルールを知らなかったことだけは、反省している。
まだ人気のない教室に入る。窓のそばの自分の席に落ち着くと、予習のように教科書を眺めて過ごすのが日課だった。
そのうちクラスメイトがバラバラと入ってくる。入ってくるなり大声でおはようという喧しい輩もいれば、友達にだけ声をかける子たちもいる。いつもは聞き流す喧騒の中で、その単語だけ浮いて聞こえた。
「カルノの新作見た!?」
フカミから連絡を受けて一週間近くも経っていた。孝志との冷戦の方が忙しく、はっきり言って忘れていた。
美空は時間を確認すると、教科書の陰でスマートフォンを起動させる。『カルノ』『新作』で、その動画はあっさり見つかった。
『秘境、沖ノ鳥島へ潜入!』
音を消して流し始める。金髪アロハが軽やかにしゃべっているらしいその下に、丁寧に字幕が入っていた。
『はーい、楽しみに待っていてくれたみんな! 更新遅くてごっめんねぇ! これにはちょぉっと訳があるんだ。なにせ片道二日かかる場所まで出張してたんだ。もちろん動画のためにね。道中は海海海で電波はないし動画アップしたくてもできなかったワケ。
さぁ、そんなつまんないことはどうでも良いね。今回の『行ってみよう』はこちら! じゃん!』
カメラの前で大写しになったのは、あの写真だった。映像は引かれて新戸の記事であることがわかる。
『みんな新聞読んでるぅ? この前出た新聞なんだけど、今回はこの写真の島、沖ノ鳥島に来てみましたー!』
カメラは反転し、クルーザーに乗っているらしいカルノの自己撮影から、緑と青の背景に変わる。まだクルーザーの上にいるらしく、下方には縁が見えていた。
まず目を引くのは空の青さ。青から続く眩しいほどの生命力の緑色、青と緑の境には小さな黒ずんだ建物が見える。建物に続くのだろう緑の合間には道があり、少女らしい後ろ姿が映っていた。
「座れー。
美空はクラスメイトたちと同様慌ててスマートフォンを鞄へしまう。担任の連絡事項を聞き流しながら、静かに大きく息をする。何度も、何度も。……息をしても、酸素が足りない。視界が揺れる。目の前が暗くなる。
あの青さは知っていた。あの緑は知っていた。あの坂は幾度も登って降りた坂だった。少女の後ろ姿は知っていた。島で一番見慣れた姿だった。
どれもこれも、大事にしてきた風景だった。
「内山?」
クラスメイトの声が聞こえる。だいじょうぶ、なんでもない。言おうとして、言えなかった。
体が揺れた。それだけはわかった。
――自分がなんの片棒を担いだのかをようやく知った。
貧血で倒れた翌日は大事を取ってと休まされた。孝志との冷戦はうやむやになりそうな気配だった。
不法侵入でカルノが訴えられたらしいと知ったのは、体調も回復して登校した日のその朝で、騒がしいクラスメイトが吹聴して回っていたからだった。
「カルノって沖ノ鳥島の動画の人よね?」
美空の様子を見に来たらしい柳瀬は、予鈴と共に慌ただしく去って行った。
美空は動画を検索する。開いたサイトには『削除されました』の文字がある。
「沖ノ鳥島って、放射能の島だろ?」
「人なんか住んでるの?」
「新聞にあったじゃんか。最初に映ってたヤツ」
「新聞なんて読んでないよー」
「読めよ、新聞くらい」
しかし、視聴した側の記憶からはそう簡単には消えなかった。いや、時間と共にあっさり消えていくのかもしれない。それでも。
美空は教科書へと顔を埋める。努めて聞かないようにする。
でないと島が汚れてしまうような気がして――それは、美空だけのものだったのに。
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