第3話 黒服くん、将来について悩む。

 その2人は冒険者風の装いをしていた。


 黒のローブを纏い、その下にはしっかりとした装備をみにつけている。


 赤髪の女性は腰の両側に細剣を帯び、鱗鎧を着込んでいる軽戦士の装いで、身のこなしも軽い。足場の悪い田舎の、それも森の中をスイスイと進んでいく。


 対象的な青髪の男性は腰のホルスターに本を数冊収納しており、手には身の丈を超える長さの錫杖を持ち、杖のように突きながら森を進んでいく。


「ここよね?この先なのよね?面倒くさいわねぇ、なんだって私がこんなことしなくちゃいけないのよぉ」


「うるさいぞ。俺だってこんな所来たくて来てるんじゃないんだぞ!それに目的地まではまだかかる。着くのは夕方か夜だぞ」


「うぇー……めんどくさいわねぇ……」


「文句を言うな。それが仕事なんだ。ターゲットがこんな田舎を通り越してただの森みたいな所にいるのが悪い。」


「ほんっと、なんでこんあクソ田舎に居るのかしらねー?」


「俺が知るか」


 2人は辟易したように、悪態を吐きながら進んでいく。


「……ねぇ?村人って全員殺すの?」


「別に殺す必要は無いだろ。まあ、邪魔するやつとか、見たやつは殺すべきだろうな。だがまあ、手っ取り早く済ませるなら殺さずにいた方がいいだろうな」


「そうよねぇ……でも、割に合わないしぃー……何人か憂さ晴らしでやっちゃってもいいかしら?」


「……はぁ、仕事さえやってくれれば好きにしていい。まあ全員殺してもいいが、後処理が面倒だぞ?」


「まあ最悪生き残りが出てもいいわよね。どうせ関係ないし、ターゲットさえ確保できればあとはどうなってもね。処理は最悪焼けばいいしね」


 2人の冒険者風の男女は進んでいく。物騒なことを口にしながら。


 人がめったに訪れない、僻地にある寒村への道を。





 ガツンと、重たいハンマーを振り下ろし、熱した鉄を延ばすていく。ただの鉄板を作るのだって重労働だ。じんわりとした痺れを感じつつ、何度もハンマーを振り下ろしていく。


「ふぅ……あー、きつ……」


 両親からの贈り物に照れてしまい、逃げ出してから半日、ずっと鉄を叩くか、皮を鞣す作業を繰り返していた。余分な皮など存在しないので、使いまわせる鉄を叩いては延ばし、叩いては延ばしと繰り返していた。


 行き詰まる度に両親の贈り物を見つめ、自分の未熟さを再認識し、再び作業に戻る。その度に自分の能力について考えてしまう。


「なんなんだよ、【一歩前へ】って」


 口に出しても何も起きない。うんともすんとも言わない、使い方もさっぱりな能力に少し顔を顰め、ああとうめいて髪を掻き毟る。


 炉の火を絶やさないよう小さくしてから道具を片付け外に出る。森に囲まれた村の夜は早い。既に薄暗くなりつつある空を少し見上げて、ふぅと息を吐く。


「どうすっかなぁ」


 両親に言われたことを少し考えていた。


 自分の能力は本当に謎である。小さな村では畑か狩猟か、あるいは裁縫なんかで生計を立てている。そんな中で、家は鍛治と革細工で生きている。


 両親にはそれぞれの職業と同じ名前の能力を持っているから受け入れられているが、そのどれも持たない自分が受け継いだところで、そう相手にはされないのは当然のことだろう。


 この世界は能力が全て、とは言わないが、こういう小さな村では能力こそが自己を証明する一番の身分証明なのだから。


 得体の知れない能力者はそれこそ村八分がいいところだろう。


「うーん、冒険者とか、無理だよなぁ」


 この世界、規模を小さくすればこの国では、誰でもなれる職業が大まかに分けて6つある。


 1つはもっとも数の多い冒険者。底辺、などと揶揄もされることがあるいわゆる何でも屋だ。上位の実力者であれば貴族に匹敵する権力を得ることも出来るらしいが、普通のものは日銭稼ぎのその日暮らしが精一杯だ。


 2つ目は土木業務。壁を作ったり、道を均したりといった、本当に誰でも出来る仕事である。賃金は安いが、大きなところで仕事を貰えれば賄いも出るという。


 3つ目は農民。知識がなくても、畑を耕して、種をまく。水をまく。それだけだ。失敗すれば税金に苦しむが、上手くやれば食うには困らない。何より、冒険者や傭兵と比べて死ぬ危険性は圧倒的に少ない。


 4つ目は娼婦、男娼だ。多少不細工でも、需要はある。ただし、下手な客に捕まると傷物にされるし、下手をすると一生病気持ちになる。見てくれが良ければ、あるいはそういった技術が上手であればかなり稼げるという。


 5つ目は傭兵。傭兵は人同士のいざこざ、争い、大きなところでは戦争に参加することで金を稼ぐ職である。誰でもなれるが、腕がないと稼げないのは当然だし、危険度はダントツに高い。


 最後は奴隷。いくつか種類があるが、自分を金に変えるのだ。売り先、売られ先にもよるが、借金奴隷はそこまで酷い目には合わない。上手くすれば様々な知識や技術を得られるので、奴隷から成り上がるものも少なからずいる。もっとも、大成するのではなく、一般人程度には、である。


「……傭兵は無理だな。土木は……力はあるつもりだけど……男娼と奴隷は嫌だし……農民は……今まで畑なんて耕してこなかったし……やっぱり冒険者か……?」


 ぶつぶつとつぶやく。


 10歳というのは、この国では成人である。


 扱いこそ子供ではあるが、権利として様々なものが要求できるようになる年齢である。酒などの嗜好品もそうだし、様々な職業も10歳から受け入れがある。


 両親からすると、どうにもロクにこの村に拘らず、外に出て言って欲しいというような思惑が見え隠れしている。


 興味が無い訳では無い。少し前までは冒険者をしてた村人から話を聞いたりもしていた。


 漠然とした憧れもあるし、鍛治や革細工に関して、もっと経験を踏んでみたいとも思っていた。


「……村を、出る、かな……」


 まだ先ではある。だが、声に出せば、ストンと胸に落ちる。村を出て、何をするか。


 そんなことは考えていない。それでも、村の外に興味がある。


 もう少し、歳を重ねたら、村を出よう。


 そう決意し、見上げていた顔を正面に戻して



「ねぇ、ぼくー?」


「え?」



 不意に、知らない人物に声をかけられる。


 長めのマンとか、ローブのようなものを羽織った赤髪の女性だ。


 冒険者なのか、軽戦士と呼ばれる職業の装いに見える格好をしている。


 見慣れない女性に少し驚き、声を漏らすも、少し眉を顰めて女性に向き直る。


「え……と、なんですか……?」


「私たち、人を探してるんだけど」


 そう言って身振りを交えて探し人の特徴を伝えられる。


 黒髪に赤い目の、ロクよりも少し年上の少年だという。しかし、心当たりのないロクは首を振る。


「そっかぁ……あー、じゃあ、ここ最近、この村に人が来たりした?あ、私以外でよ?」


「それなら、能力視の老神官様と、お付きの人たちが村長の家に来てます」


「あー、そんな時期かー。君も視てもらったの?」


 グイグイ来る女性に、少し体を強ばらせる。人と接するのは得意ではないが、それ以上に、なにかこの女性からは良くない気配がする。ロクはそう感じ、顔をふせつつ、言葉を濁す。


「いえ……ボクはまだ、10歳になってないんで……」


 実際、正式に10歳ではないので嘘はついていない。視られたかの質問に対する返答を、何故か避けねばならないと思ったからこその返事だった。


「ふぅん、そか。あ、ごめんねぇ邪魔しちゃって。そうだ、この村って宿とかある?歩き疲れちゃってねぇ」


「いえ、大丈夫です……宿屋はないですけど、村長の家の傍に空き家があって、そこだったら泊まれると思いますよ」


「ありがとうねぇ。じゃあねぇ」


 明るく手を振って去っていく女性を見送る。何故か胸騒ぎを覚えつつも、暗くなる空をみやり、いそいそと家に戻り、両親のまつ部屋に行くのであった。




「当たりっぽいなぁ。あそこかなぁ?」


 村の中心に向かう赤髪の女性は、先程までロクに向けていた笑みを消し去り、感情の見えない瞳で灯りがこぼれる一回り大きな家を見つめる。


「どうだった?」


 ふと、影から滑るように青髪の男性が現れる。


「んー、当たりかどうかは微妙。でも、よそ者がいるのは事実ね。紛れ込んでてもおかしくはなさそうよ?」


「そうか。じゃあ、あそこを襲って、ハズレなら帰るか?」


「んー、ハズレならちょっとは村人殺しておかないと逆に怪しまれそうじゃない?山賊とか、そういうのにみせかけるなら尚更ね。あ、あと、神官が来てるって」


「なんだと?こんな村にか?」


「あれよ、成人の儀式」


 ああ、なるほど、と男性が頷く。


「時期的にそうか。なら、紛れててもおかしくはないな。神官にも護衛が着くだろうしな」


 赤と青の男女は向かう。村長の家に。そして


「《ヴォルカノン》」


「《サーペント・スプラッシュ》」


 上位魔法を、無造作に放った。

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