第2話 黒服くん、成人式で祝われる。

 宴も終わり明くる日、名名に宴会の名残を片付けたり、能力について話をしてみたりと、普段の静かな村からすればだいぶ騒がしさを感じる、そんな浮ついた空気の中、ロクは普段通りに起きだし、普段通りに炉に火をくべようとして眉をしかめる。


「……ああ、仕事ないんだっけ」


 ふぅと残念そうに息を吐き、それならばと鉈を担いで外に出る。村の周囲はそこそこの広さの林であり、適当な枝を落とし、薪を集めていく。炉に使う燃料は燃焼石というそこそこ高い鉱石だが、普段使いするかまどや暖炉には普通の薪が必要なのでしっかりと取っておく。


 名も忘れられたこの村の属する国についてロクは名前すら知らないが、本当の本当に常識的なことは最低限知っている。


 1年は18ヶ月、一月は20日、季節は5つあり、月のない優しき闇の月は新年と年末の2か月間で、この2ヶ月は最も安定し、最も穏やかに過ごすことの出来る月である。気候も天候も安定し、極悪人ですら犯罪を犯すことをしない程の季節である。


 2の月から5の月の4ヶ月間を穏やかなる風の月と呼ぶ。気候は暖かく、様々な生き物の誕生を促す月であり、豊穣の月でもある。これから来る試練のための安息日という説が最も有力視されている。


 6の月から9の月の4ヶ月間を灼熱なる火の月と呼ぶ。気候は一気に暑く、燃えるような日差しが人々に試練として降り注ぐ。しかし同時に最も人々が活発に動く時期であり、この試練を乗り越えることで次の月の恵みを賜れると言われている。


 10の月から13の月の4ヶ月間を豊穣なる土の月と呼ぶ。気候は一変し肌寒さを覚えるほどにまで下がるが、次の試練のため、そして試練を乗り越えた褒美として全ての存在に恵みを与えてくれる月である。


 14の月から17の月の4ヶ月間を厳寒なる水の月と呼ぶ。寒さは深さを増し、厳しい寒さに魔物すら穴蔵にこもり外に動く物が居なくなるとまで言われている。人々は土の月の間に蓄え、基本的に外に出ることをしないように生活をする。


 この5つの季節を繰り返すことで、人々は試練を乗り越え、恵みを享受する。


 その事を、国の端にある寒村でロクは学んでいた。


 そして、能力を視られるこの時期は、新年か年末の穏やかなる闇の月で行われる。そのため、村人たちは警戒すらしていなかった。神官は逗留し、出発の準備をしているため、護衛の騎士もそちらにつきっきりであった。




「おーいロク、どこいったー?」


 ある程度の薪を集め戻ってくれば、だいぶ遅くに起き出してきた母親が自分を探している。


「母さん、こっちだよ」


「おぉ、なんだ、薪なんか拾いに行ってたのか。わざわざ悪いな」


「いいよ、すること無かったし、ないと困るからね」


 背負子にたっぷりと積まれた枝や木片を並べて天日干しにする。湿気が多いと燃えないし、萌えても煙がすごいのですぐには使えない。こういう時に火の魔法でも使えてたなら、と思わないでもない。


「ま、帰ってきたし、ぼちぼち朝飯だからな。手ぇ洗ってこい」


 そう言って手桶を渡し、奥に戻っていく母を見送り、少し離れた井戸に水を組んで顔を洗う。


 さっぱりとしたあとは手を洗い、桶いっぱいに水を組んで部屋に戻る。


「おはよう、父さん」


「ああ、おはよう。悪いね」


 手桶を受け取る父に気にしないでと言い、席につく。


 お祝いごとの後だからか、もしくは家族のお祝いは今日が本番なのか、普段よりちょっと豪華な朝食に顔をほころばせ、食前の祈りを始める。


 焼きしめたパンに、鶏の卵と燻製肉を炒めたもの、雑穀のスープに、井戸の水。普段ならお肉なんて朝は出ないのに、今日は燻製肉を使ってる。背は低く幼く見えるが、ロクはそれでも男である。肉はもちろん好物だし、なんなら食べ盛りである。


 嬉しそうに朝食に手をつけ、皿を空にしていく。


「さて、と、ロク」


 ちょっと豪華な朝食に舌鼓をうっていれば、母が何やら布に包まれた長いものを差し出してくる。


「んぐ、んぐっ……ん、なにこれ?」


 ロクは受け取ってみれば、そこそこの重さがあり、普段の鎚程ではないが、それなりの重さの長包みに首を傾げる。


「なぁに、あたしらからの祝いだよ。それは私からの祝いだな。まあ、そんなにいいもんじゃないけどね」


 開けてみろ、と言われて包みを解く。


 中から現れたのは肉厚な片刃の剣……いや、剣鉈と、皮を剥いだりするのに使う細長いナイフ、そして少し大振りな無骨なナイフという三本の刃物だった。


「え、なにこれ?」


 いきなりこんなものを渡されても訳が分からない。じっくり見てみると、素材は特別なものでは無いが、かなり丁寧にしっかりと作り込まれているのがわかる。柄の部分の握りに巻かれた革もしっかりしており、普段のグローブをつけたままでも握りやすそうだ。


 剣鉈は肉厚でかなり重く、ちょっとした生き物の頭くらいはかち割れそうだし、刃の部分はしっかり磨かれていて鋭い。


 皮剥用のナイフは細長いけどしっかり分厚く、使い勝手が良さそうだ。


 最後の無骨なナイフに至っては思いっきり護身用だろう。冒険者や傭兵といった戦いを生業にする人達が使うようなかなり頑丈で取り回しのいいものだ。


 今の自分では到達できないレベルの刃物に困惑を隠せないまま母親を見れば、ニヤリと笑われてしまう。


「そいつらを作ったのはあたしさ!ちょっと本気で打ってやったやつだ。まさしく会心の出来ってやつだぜ。んで、そいつを目標にして頑張れって意味も込めて、そいつをくれてやるって話しさ。成人祝いも兼ねてな」


「これを母さんが……?」


 普段の母は鍋や、刃物を作ってもせいぜい挟みを研いだり、包丁もどきを作るくらいなのに、この刃物たちは贔屓目に見てもかなりの出来栄えで、それこそ初級の冒険者が次のステップに上がっても使い続けれるだけの実用性はあるだろう。


「まあ元はそういうのも作ってたってだけだから、むちゃくちゃいいものでもねぇけどな!それでも、身を守ったり、ちょっとした狩猟には使えるからな。まあ、村を出ないでも、今後は男手だ。自分の食い扶持稼ぎに鍛治だけじゃ食って行けねぇこともあるだろ。なんせ能力ないわけだしな」


 言われてなるほど、と頷いてしまう。


 ロクの能力は【一歩前へ】とかいう訳の分からない能力だ。見習い程度でも【鍛治職人】を持っているからこそ母は寒村で受け入れられているんだ。母さんもずっと鍛治ができるわけじゃない。そうなった時、ロクが代わりを務めるにしても、どうしても能力的な信頼が低い。


 そうなった時、仕事を探すために村を出ることもあるだろう。そうすれば、こんな田舎出身の人間がつける職なんてそれこそ畑仕事以外なら冒険者のような誰でもなれる職業くらいだろう。もしくは土木業務とか。


 母さんの言わんとすることを察したロクはありがとうと言い、大事そうに布を巻き直そうとする。


 それを遮り、今度は父が布に包まれた大きな何かを差し出してくる。


「こっちはわしからじゃ。服と、靴と、グローブと、それから革鎧じゃ。後、ベルトとポーチとその刃物たちの鞘も作ってあるぞ」


「そんなに……?」


 しわくちゃな顔をクシャッとよりくしゃくしゃにして、服や靴と分けて並べていく。


 服は布の服だが、要所要所に皮で補強してあり、鍛治作業しやすいように防火用の塗料で黒く染められている。


 靴は柔らかな皮と硬い革でしっかりと作り上げられ、靴底も厚く歩きやすそうだ。革紐でしっかり縛れば体格にも合わせられるようになっていて小柄なロクにも合うようになっている。


 グローブは変わらずぶかぶかだが、熱から手首を守るためなので気にならない。指はしっかり開いたり閉じたりできるようになっているため、ものを掴んだりもできそうだ。


 ポーチと鞘はベルトに固定できるようになっており、ポーチは財布や水袋を入れても余裕がある程々に大きなもので、鍛治作業や革細工に使う鋏や鎚を入れておくのにちょうど良さそうだし、鞘はそれぞれの刃物にあわせ作られており、すっぽりと刃物が納まって、抜き出すのにも支障がなくて使い勝手もいい。


 ベルトは金具もしっかりしていて、二重に巻くタイプだ。鞘とポーチを固定できるようになっているので、作業着に巻いてもいいかもしれない。


 最後に防具だけど、胸鎧と、首あて、腰当にすね当てと、ほんとに最低限だけど、所々鋲が打ってあって、金属で補強もされているので見た目以上に頑丈だろう。なお、服だけでなく靴もベルトもグローブも防火用の塗料で染められているので真っ黒である。刺繍糸や革紐の色は明るい茶色社で多少色が出ているが、ほぼ真っ黒である。


 ロクは黒が好きなので全く忌避感はないが、傍から見るとちょっと危ないヤツになること間違いなしな色合いである。


「まあ、母さんと同じ理由じゃよ。鍛治や皮の仕事でも使えるようにはなってはおるがの」


「……」


 想像以上にしっかりしたものがこうして贈られ、驚いているロク。普段は水筒や鞄なんかを作ってる父がしっかりとした防具などを作れる事実に驚き、そして母の刃物たち同様、かなりのレベルに驚いていた。


「うぅん、こんなの見せられちゃったら、今すぐ仕事したくなっちゃうな……」


 遥か高み、という程ではない。しかし、まだまだ届かないレベルの完成品を見せられ、両親譲りの負けず嫌いが鎌首をもたげる。


 両親に改めてお礼を言い、促されるままに身につけていく。


 小柄なロクに合わせた装備はぴったりで、がっしりとした体つきのロクはちょっとした冒険者にも見えるくらいの出で立ちである。嬉しくなったロクは早速ポーチに愛用の鎚と鋏を突っ込み、まだあるスペースに砥石や皮袋を収納し、あとから気づいた服のポケットにも普段使う火種用の縄なんかを突っ込んではしゃいでいた。


 両親の微笑ましそうな視線に気づき、罰が悪そうにしつつ、3度目のありがとうを言い、炉に火をくべに行くとそそくさと逃げたのだった。

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