第1話 黒服くん、能力を視られる。

 世界には『能力』が溢れている。夜目やら聞き耳やら俊足やら、鍛えれば誰もが身につけられそうなものから【爆破】や【強酸物質生成】やら【急速再生】みたいな魔物が持つ能力もあるし、【英雄】や【勇者】などの称号が能力として出現した例もある。


 そしてここ、名前も随分と前に忘れ去られた小さな寒村に、3人の少年少女が、豪奢な白い衣を纏った老神官に祝福の言葉とともにどう言った能力を持つか視られていた。


 10歳になるとどんな田舎にもこうして神官様が訪れ、こうして能力を"視て"くれる。その時期はちょっとしたお祭り騒ぎであり、主役である3人の少年少女も落ち着かないようにソワソワしていた。


 いや、1人だけ、赤茶けた髪色をした黒目の少年だけは、壇上にて微動だにしていなかった。


 ぶかぶかの黒いエプロンにこれまたぶかぶかのグローブ、その下には黄ばみ、煤けた色になった大人用の分厚い服を来た陰気そうな表情をした少年は、どこか濁った印象を与える瞳だけを動かし、辺りを見渡す。


(早く仕事に戻りたい)


 口の中だけで言葉を転がしつつ、炉の火が落ちてないか不安に苛まれつつ、気配を消してじっとする。


 名前はロクという、今年9歳の少年である。


 成人は10歳からだが、あと数日すれば10になるので多少早くともいいだろうと前倒しにされ、この場に立っている。


 両親は引退間際の革職人と、かじった程度で威張り散らすもぐりの鍛冶師で、ロクは腐りかけの皮を鞣したり、不純物だらけの鉄のような何かで金物を作る技術を教えこまれた。出来損ないの革職人にして鍛冶師、それがロクであった。


 幸い、本人は怒鳴り散らすだけの母親の教える鍛冶を好いていたし、腐りかけの皮を鞣すよぼよぼの父親の作る革細工が気に入っていた。田畑を耕す才能はないが、物作りは血筋か、多少は形になっていて、父母の代わりに金物や革細工の修理で食いつないで生きてきた逞しくもなぐましい人生経験を持っていた。


(どうせ大した能力も得られない。こんなのは時間の無駄だろう)


 斜に構えたことを考えながら、知人たちの様子をそっと眺める。


 いよいよ能力を視る時間らしく、まずはと少女の額に手を触れ何事かをもごもごつぶやく老神官。


 ゆっくりと手をどかし、かと思えば上等そうな紙にたっぷりと墨をためた筆で素早く文字を書いていく。


 村の人はほとんど字が読めないので、老神官に付き従う男性のひとりが声を張り上げる。


「フラウの能力は【双剣の心絵】!」


「双剣?凄そう!」


 そう叫び嬉しそうにはしゃぐ少女に村人から拍手が送られる。珍しい能力なのだろうか?


 続いては村長の孫の男の子。同じようにおでこを触られ、老神官が文字を書く。


「アウグストの能力は【耕し上手】!」


「親父と一緒かよ……」


 あからさまにがっかりしている少年に声をかける村人たち。まあ、よくある能力である。


 最後にロクの額に触れる老神官。顔が近づいたことでつぶやきの内容がはっきり聞き取れる。神様に感謝するとかそういうことをブツブツ呟いてる。


「……」


 同じようにサラサラと紙に文字を書き、読み手に渡す。


「ロクの能力は【一歩前へ】!」


 一瞬、静かになる村人たち。老神官はしわくちゃの顔のため表情は読めず、読み手は戸惑い顔。言われた本人もよくわからないと眉根を寄せるも、一礼して下がっていく。


 少女と少年が口々に元気を出してだの気にするなだのと言ってくるが、ロク本人は気にしてるどころか、むしろ鍛冶や革関連の才能がでてないことをちょっと残念に思うくらいで、それで?という気持ちでいた。


 村人たちが神官の最後の祝詞を皮切りに、思い思いに騒ぎ始める。少年の祖父である村長が嬉しそうに彼の髪をぐしゃっと撫で、元冒険者だという両親を持つ少女は父親に抱えられて喜んでいた。


 ロクもまずは母と父の元へ向かう。


 母は飲めない酒のグラスを持ちながら、飲むふりを続けつつ肉をくらっている。父はロクの方をじっと開いてるのかわからない目で見ている。


「やあ、ロク、おかえり。変な能力をさずかってきたの」


「おかえりロク。ほら、成人祝いだ、飲んでみるか?あたしゃ飲めねぇけどな!」


「いらないよ母さん。それと父さん、変な能力だけど、まあ気にしてないよ。どうせこれからの生活に必要ないし」


「なんだよつまんねぇな……まあ、あたしもこんなもんの何がいいかわかんねぇ口だけど……それにしても変わった能力引っ提げてきたなぁ?ほんとにあたしの息子かぁ?」


「これこれ、実の子に何を言うとる。まあ、皮職人でなかったのは残念じゃがの」


「鍛冶師の方がよかっただろうよ、金物の方が金になるしな!まあ、出なかったもんは仕方ねぇさ。それよりロク、ちょいと能力を使ってみねぇか?気になるじゃねぇか、【一歩前へ】なんてよ」


 言われてみて確かに、とロクは頷く。気にならないといえば嘘になる。しかし能力の発動の仕方、使い方が一切わからない。


 とりあえず口に出す、という簡単な方法から試してみる。


「一歩前へ」


 ……


「……あん?なんも起きねぇな……」


「何も起きんのう……」


「……だね」


 ちょっとだけ肩透かしを食らう3人。せめてこう、なにかはあると思ったのだが、本当に何も起きずちょっと可哀想な視線を向けてしまう両親と、それを受けて気まずそうにするロク。


「……まあ、気にすんなや。とりあえずは、飯だ飯。滅多に食えねぇ肉があるんだ、ロクも適当に食ってこいや」


「うん、食べたら炉の様子を見に行くよ」


「んなもん別に後でいいさ。仕事なんぞ2,3日はありゃしねぇよ」


「皮の方も、さすがに駄目になってしまっとるじゃろうしの。まあ、2,3日したらでいいじゃろ」


「……ボクもう仕事する気だったんだけど」


「その客がいねぇんだ。しょうがねぇさ。まあ、どうしてもってんなら、成人祝いに教えてない技とか、伝授してやるぜ?」


「え……母さん、まだボクに教えれる技術あるの……?」


「……」


 目をそらす母。【鍛治職人】という職業名の能力を持つ母だけど、鍛治職人見習いで仕事を辞めた母は、はっきりいってズブの素人もいいところで、初級鍛冶師とどっこいどっこいな腕しかない。


 父の方は【万能皮師】という、皮に関するものであればなんでも出来るけど、そこから先は努力が物をいう能力のため、歳をとった今はまともな防具も作るのが難しい状態である。


 そんな2人からさらに進んだ技術を得られるとは到底思えない。


「ま、まあ、さすがに新技術ってのは言い過ぎにしてもだ。武器の手入れとか、剣とか、まあ、そういうのくらいは教えてやれるんだよ」


「え、なんで母さんが剣を教えれるの?」


「そりゃお前、元々あたしゃ冒険者だからな!……魔物が怖くなっちまってやめたけどな」


「わしも猟師を兼業しとったが、その時に知りおうたんじゃよ。まあ、母さん、銀級でやめたから、教えれても並程度じゃろうがの。わしも弓を教えるだけの力も残っておらんしな」


「そうだったんだ……でも、ボク別にそんな技術教わらなくてもいいよ……村から出ていく訳でもないし」


「まぁ、それもそうだよな……まあ、あっちの娘っ子は冒険者目指すみてぇだけどな」


 そう言って指差す母に釣られて視線を向ければフラウがどこからかちゃちな作りだが、金属製の双剣を握りしめているところだった。


 何やら周りの村人が口々に彼女を褒めているが、よくわからない。とりあえず、すごい能力なのだろう。


「おいマジか……ありゃ物理召喚か?」


「いや、創造の方じゃろ?魔力を感じた」


 両親はどうやら心得があるらしく、ある程度はわかるらしいが、魔力とかさっぱりなボクには何もわからない。


 そんな感じで過ごせば、あっという間に夜になり、仕事もないとわかったロクは、硬いベッドで横になったのだった。




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