踏み出す。その先は……

紫陽花

第0話 あるいはこれから先の未来

 煌々と輝く炎弾がかなりの速度で飛び出す。


 黒服の男は飛んでくる火球を苛立たしげに避ける。避けた軌道上に水弾があるのを視界に収めつつ、すんでのところで1歩余分に踏み出すことで回避する。


 黒服の男は息を荒らげつつも、どろりと濁った瞳をギラつかせながら炎弾や水弾を放ってくる男女二人組を睨めつける。


「ツイてねぇなぁ……とんだ貧乏くじ……だぜ、まったく!」


 姿勢を低く保ち、両の手をだらりとぶら下げた姿勢で一気に加速する。


 女が炎弾を、男が水弾を進行上に、時に視界の外に、時に頭上にと放ち、また炎の槍や波の壁までをも放ってくる。


 時間にして10数秒。一度に5つもの魔法を放ってくる男女の魔法の腕に……そしてそれを成し得る『能力』に大きく舌打ちをする黒服。


 水魔法を操る男の方は【湧き水】という、常に水を生み出すことの出来る能力を持っており、故に魔法を少ない魔力で大量にばらまくことが出来る物量魔法使い。


 炎魔法を操る女の方は【ストックホルダー】という、特定のものを能力の強さの数まで重量、形状や保存を無視し亜空間にストックするという能力で、数百の炎魔法をタイムラグなしで放つ放火魔。


 どちらも当たりの能力だ。男の方は田舎者であれば村長の子供と結婚できて一生安泰、大きな街でも商人や騎士職でもやって行けるし、冒険者ならこぞって欲しがる能力だし、女の方は商人、貴族が欲しがる能力だ。伝説に名を残せなくとも、一生を遊んで暮らせることも夢ではない能力だ。


 そんな2人が大した能力も持たない自分を責め立ててくることに強く歯を噛み締める。


 右手には戦闘用ではない、しかし、実戦に耐えうるであろう剣鉈を。


 左手には無骨なナイフを握りしめて。


「やってやろうじゃねーかこんちくしょうが!」


 お世辞にも武器とは到底言えぬそれらを強く握り込み、雨あられと降り注ぐ炎と水の中を一歩踏み出す。


 何故このような事になったのか、後悔の滲む表情で思い起こしながら、黒服の男は前へ進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る