05

 目の前にいるのは、伊集院の親戚の女の子だ。

 伊集院の彼女疑惑がある子。伊藤に至っては伊集院の片思いの相手なんじゃないかと言っていた相手。俺は信じられないけど……。


「あの?」


 固まって凝視する俺を不審そうに女の子が見返してくる。

 我に返った俺は慌てて言い訳した。


「えっと、伊集院の親戚の子だよね? 去年、うちの学園祭に来てた」

「もしかして蘇芳くんの友達?」

「去年、クラスメイトだったんだ。あいつにはちょっと借りがあって感謝してる」


 ほっとした顔になった彼女が、少し親しみを込めた笑みを浮かべる。俺は少し気まずくなった。顔を覚えていなかったことを謝ってくれるが、なんてことないと首を振る。直接話したりはしてないし、こちらが一方的に覚えていただけだ。


 あまり失礼な感じにならないよう、さっさと去ろう。そう思う俺に、彼女はどこか意を決したように尋ねてきた。


「ねえ、蘇芳くんの学校は今日ハロウィンイベントがあるって聞いたんだ。バレンタインみたいにお菓子をあげたりするって本当?」

「ああ、うん。けどお菓子って言っても、コンビニとかで買う普通のやつってのが暗黙の了解だけど」

「そうなの?」

「主に盛り上がるのが三年だからさ。受験生として、息抜き程度に参加できるイベントってところが重要なんだよ」


 思いのほか緊張した俺はやや饒舌になってしまう。


「手作りとかするやつはいないな。一年とか二年だったらわかんないけど。三年だと、さすがにそれはやりすぎって雰囲気になる」


 一応進学校だし案外みんな真面目なのだ。


「そっか、手作りはしなくても普通なんだね」


 安心した様子に、それが聞きたかったのかと思う。

 同時に、彼女が少し小さ目の、シンプルだけどどこか高級っぽいおしゃれな紙袋を持っているのに気付いた。

 そういえばすぐ近くに高級百貨店があって、地下にいろんな洋菓子店が入っているはずだ。


「もしかしてそれ、伊集院にあげるやつ?」


 気付けば余計な詮索をしてしまっていた。


「あ、うん、まあね」


 図星だったらしい彼女は、照れたように肯定したあと不安げになった。


「気合入りすぎかな。バレンタインみたいなものって聞いたから、手作りしないなら値段かけようと思って。でも安直だったかも――」


 焦った感じで説明される。俺と同じように、初対面の相手に緊張気味なのかもしれない。


「バレンタインの代わりなら手作りがいいのかなとか、ちょっと思ったりもしたんだけどね。うちの高校の男子も、手作りもらいたいって言ってた人いたし。でも受験時期にさすがにそこまではって思っちゃって」

「普通のお菓子で十分だよ。百円とかでも」

「百円?」

「なんていうか、気楽なのが一番のイベントだし」


 あ、間違えた。明らかに高級品を用意してる相手に、こんなこと言ってどうする。


「そうだったんだ。どのくらいの温度感なのか、わからなかったんだよね。気合い入りすぎだと思われたら、ちょっと恥ずかしい」

「まあ、気合い入れるやつもいなくはないから気にしなくても」

「ああ、そっか。あなたのそれも……」


 彼女が俺の手元を見る。


「今年のバレンタインが適当になっちゃってたから、その分の埋め合わせも兼ねてって考えちゃったんだよね」


 その言い方、伊集院とはバレンタインにチョコをあげるってのが当然の仲ってことか?

 だいたい、違う高校の風習なのに、当たり前にお菓子をあいつにあげようとしてるのだって変だよな。

 まさかまじで、女子の見立て通り……なのか?


「あー、ええと。来年のバレンタインに今年の分も合わせて豪華にするのはナシなんだ?」

「来年は余裕ないかなあ。お互い受験で一番忙しい時期だから」

「じゃあ大学生になってからのバレンタインで――」


 再来年の話になるから、さすがに遠すぎるか。

 笑われるかなと思ったら、相手はとても変な顔をしていた。不自然に沈黙するからピンとくる。


「大学は遠くに行くとか? あいつとは離れ離れに」

「ううん。そういうわけじゃない」


 彼女は首を振った。


「ただあんまり、大学生になった後のイベントとか考えてなかったから驚いて。先のことってわからないから。今のうちに楽しめるものは楽しんでおきたいよね」

「不安になる言い方だな。まさか伊集院になにかあるわけじゃないよな? 病気とか」

「えっ、病気?」

「ドラマでさ、病気で余命少ないやつが似たようなセリフを言ってたの思い出した。先のことはわからないから今のうちに楽しもう、って」

「ドラマ……」

「ちょっと前に親が見てて、サスペンスだったんだけど――ってどうでもいいか。とにかく、フィクションと似てるセリフを言われるとどきっとしない?」

「すっごくよくわかる」


 やけに力強く頷かれた。


「誤解させてごめんね。蘇芳くんは死んだりしないよ」

「じゃあ、あんたのほうになにか起こったり?」


 今度こそ、彼女は軽く笑った顔のまま固まった。

 適当な冗談だったんだけど……。

 実は彼女の余命がわずかだったとか、そんなことないよな。初対面で、相手の重い事情を暴くとかしたくない。


「きゅ、急におかしなこと言われて驚いちゃった」


 彼女が笑う。

 だよな。ああ、びっくりした。


 でもどこか元気をなくした彼女は、持っていた本を棚に戻した。さっき俺とぶつかりながら手にしていたやつだ。まだ開いてもいなかった本を、読む気が失せたように元に戻していた。

 ムック本っぽいそれは「世界の古城ホテルの間取りを紹介!」と書かれていた。古城ホテルとか金持ちっぽい。あの伊集院の親戚なんだから、彼女もどっかのお嬢様ってやつなのか。


 理由はわからないがへこませてしまったようなので、なにか言ったほうがいいかな。そんなことを考えてたら、不意に別方向から声が聞こえた。


「吉乃ちゃん」

「あ、蘇芳くん」


 え、なんで伊集院がここに?

 って答えは一つだ。正直、頭の隅でその可能性は予想はしていたけど、あれだ。待ち合わせだ。

 これって、やっぱり……。


 衝撃を受ける俺の横で「待たせてごめんね」「ううん、たいして待ってない」とか、いかにもな会話が交わされている。

 伊集院、お前、そんなに柔らかい表情できたのかよ。


「吉乃ちゃん、ごめん、少し別のフロアで待っててもらっていい?」


 言葉にしがたい、見てるとちょっとむずがゆい雰囲気の伊集院が言う。言われた「吉乃ちゃん」は不思議そうにしつつも、「わかった」と頷いた。

 そしてやつは俺のほうを見た。

 直前までの空気なんだったのって感じに冷めた目をしていた……。


「ちょっとそいつに用があるんだ」


 ……まじで?

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