04

 教室に戻ったあと、俺は荷物を手に取ると脇目も振らず学校をあとにした。友人に何か話しかけられたけど、聞こえなかったふりで素通りした。


 今日は予備校の予定もなく、そのまま家に直行する日だ。けどそんな気にはなれず、最寄り駅で電車に乗ったあとはでかいターミナル駅を目指した。

 何本も路線が乗り入れるその駅は、いつも通り人でごった返している。まだ時間も早いし、制服の男子高校生が一人うろついていようが誰も意識なんて向けない。しばらく、そういう場所で気を紛らわしたかった。


 クラスメイトから、どこにいるんだとスマホに連絡が入っていることに気付いた。おそらく、異様な雰囲気で学校を飛び出していった俺を気にしたんだろう。

 少し考えてから、俺は近くにある大型書店に用があったことにした。連絡を返し、実際に書店に向かう。


 店に着いてから、ようやく俺は肩の力を抜いた。あとで参考書のコーナーを覗いて帰るかと思いつつ、ひとまず人の少なそうな専門書のエリアに足を向ける。

 適当に向かった先は建築関係の本が並んでいた。一般人向けの「きれいなお城百選」だとか、そういう読みやすそうな本が目立つ場所に平積みされている。


 さっき連絡した相手から、書店に行ったのは参考書を買うためかって連絡が返ってきた。聞いてどうするんだ。暇なやつ。

 でも受験勉強中にどうでもいいことに注意がそれる気持ちもわかるので、俺はふざけた感じで「建築コーナーで見聞を広げてる」なんて返した。


 ちょっと疲れた気がして俺はスマホをしまう。これ以上は気付かなかったことにして無視しよう。


 ぼんやり一冊を手に取って広げる。読んでいる格好を取りながら、俺の頭の中にはあの廊下にたたずんでいた二人のことでいっぱいになっていた。


 わかってたことだろ。伊藤が伊集院を好きなのは。

 一年のころからかっこいいってはしゃいでたし、俺はたまにそれに乗っかって「だよなー」って盛り上がってた。そうだ、あのころは何も思わず同意できてたんだ。

 変わったのは二年になってからだった。

 きっかけなんてわからない。けど気付けば、疑似バレンタインな今日のイベントで、俺がお菓子を貰いたいと思うのが伊藤になっていた。

 でもあいつがあげたいのは俺じゃなく……。 


 やめやめ。

 嫉妬するには相手が悪すぎる。伊集院を妬んだって意味がない。あんな特別なやつなんて。


 ……そう言い聞かせて、せめて嫉妬だけはしないようにしてきた。

 伊集院のことをすげえって思ってるのは嘘じゃない。だけどそれだけじゃないんだ。

 俺はみじめになりたくなかった。

 あいつなら俺が敵わなくて当然。むしろあいつを選ぶ伊藤を見る目あるよな、とか謎目線で見ることで誤魔化せる気がしてた。


 だから、伊集院の彼女も特別であってほしかった。俺から見て完ぺきでまったく別次元の人間でいてほしかったから。俺が嫉妬なんてできないくらいに。俺の心の平穏のために……。


 ――本当にそれだけか?


 心の隅で、意地の悪い疑問が浮かぶのを振り払う。




『やっぱり、あげるのやめることにする……』


 今朝、クラスで一番に登校したはずの俺は、教室から誰かの声がするのに気付いた。中に入る前でよかったよ。鉢合わせてたら最高に気まずかっただろうから。


『やっぱり無理。恥ずかしいし無理だよ……』

 

 声の主は誰かに相談してる様子だった。喋り方なんかから、おそらく電話だ。校内でのスマホ使用は一応禁止だけど、見つからなければうるさくは言われない。早朝で誰もいないと思って油断したんだろう。いつもだったら俺も来てない時間だ。

 声の主はいまにも泣きそうだった。

 しかし俺はのんきに、誰だろう、特定できる単語でも言ってくれればなー、なんて思った。きっとその報いだな。


「ごめん、しぃちゃん、相談乗ってくれたのに――」


 反射的に俺はUターンした。ちょうど階段を上ってすぐの教室なので、階段に隠れる形で様子をうかがう。

 心臓止まるかと思った。その呼び名、あいつの友達のひとりにいるぞ。中にいるのはもしかして。

 驚きながら見守るなか、遠い方の扉からあいつが――伊藤が出てきて、そのまま自分の教室のほうへと駆けていった。

 俺には気づかなかったようだ。わかりやすい単語を出してくれて逆に助かった……。

 と、ほっとするのと同時に嫌な感じにどきどきしながら教室に入る。

 そして好奇心に勝てなかった俺は覗いてしまった。ゴミ箱を。

 そこにはリボンのついた花柄の袋が一つ、ぽつんと捨ててあった。




 伊集院はお菓子を捨てた犯人じゃない。

 から、俺はそれを知っている。


 自分の教室じゃ捨てにくかったんだ。

 おそらく伊藤は、同じクラスの伊集院にあげるつもりだったから。

 だけど聞こえてきた言葉から予想するに、土壇場で恥ずかしくなってやめてしまった。

 それか、伊集院は断わるだろうから無理に渡すことはできないと思い直した。


 でも結局は放課後に告白できた。


 だめだ。

 どうしても学校で見た二人を思い出す。

 軽蔑されることを言ってしまった自分のみじめさもセットで。


 俺はため息をつくと、開いたまままったく読んでいなかった本を閉じる。とりあえずそれを平積みされた山に戻そうとしたとき。


「あ、すみません」

「ごめんなさい」


 同じタイミングで手を伸ばした客がいた。

 腕がぶつかってしまい、反射的に謝ると向こうも同じく謝ってくる。そして互いを見て――俺だけが固まった。


 見知らぬ制服の女子高生だ。

 都内各所から人が集まるだろうこの書店に、知らない制服のやつがいてもおかしなことじゃないけど。

 顔を知る相手がたまたまそこにいる、ってのはなかなかの偶然だろう。


 彼女は去年、うちの高校の学園祭に弟と一緒に遊びにきた、伊集院の親戚だっていう女の子だった。


 まじか……。

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