03

 伊集院が犯人となって終わったプレゼント廃棄事件(?)は、思っていたほど騒がれなかった。

 昼休みになるころには、伊集院の「自分が捨てた」って言葉は嘘だろうと、女子たちがひそひそ話していた。


「お菓子が捨てられてたなんて気持ちいい話じゃないでしょ。みんな興味はあるけど、騒ぐのはやめておこうって空気なんだよ」


 昼休み、心配した伊藤に呼び出されるかたちで、俺たちは人気のない校舎裏で話していた。

 俺がゴミ箱に捨てられたお菓子事件の犯人扱いされたところは、やはり伊藤も一部始終を見ていたらしい。まじでこいつには見られたくなかったのに。


「伊集院が捨てた犯人だって話は?」

「どう考えても嘘でしょ。誰も信じてないよ」

「そういうもん? 自分で捨てたとまで言ったんだぜ」


 正直、そこが気になっていた。

 あの場を収めるためにわざと犯人役を買ってでたんだと、俺はわかってる。けど、噂話だけ聞いた生徒の中には信じるやつもいるんじゃないか?


「わざわざ別のクラスに捨てないでしょ。そういうことしそうなタイプでもないし。実際何人かには『あれは嘘だ』って言ってたみたいだよ、伊集院くん。それを聞いた子が噂を広めてるみたい。せっかく伊集院くんがことを収めようとしたんだから、蒸し返さないようにしようって」

「そうなの?」

「うちのクラスでは、男子のほうがそういう話してたけど」

「そういや、うちでは女子がそれっぽいこと話してたわ」


 まあ、男も噂してるかもしれないけど、当事者の俺とか派手イケメンに聞こえないようにしてるのかもな。


 というか、伊集院はちゃんと嘘だって明言はしているのか。しかも噂をうまく広めてくれるやつらまでいるんなら、安心だ。

 まさか、そうやって後からフォローできるってとこまで考えてあの行動に出た? ……あいつならあり得るな。


「とりあえず、なんとか収まりそうか。よかった」

「あんたはもっと自分のこと心配してよ! 伊集院くんが入っていかなかったら、あんたが犯人にされてたでしょ」

「あー、まあな」

「なんで犯人扱いされたの?」

「ちょっとタイミング悪くてさ」


 あまりこの話はしたくない。苦し紛れに俺は話題を変える。


「そういや、そっちのクラスは盛り上がってんの? ハロウィン」


 ハロウィンっていうか、バレンタインっていうか。


「それなりにね。どっちかっていうと女子同士で交換して楽しんでるかな。伊集院くんは今年は基本的に誰からのも断ってるみたい。そのために朝早くから来てた」

「なんで朝早くから来るんだよ」

「勝手に机とかに置かれちゃうの、断るためだよ。それでも完全には防げてないみたいだけどね。面白がって置いちゃう子も、卒業前の思い出にって子もいるから」

「面と向かって渡されたら断るのか、あいつ。強え」

「やっぱり彼女のためだよねえ」


 感心するように伊藤がため息をついた。

 俺は、俺だけがあいつの彼女を知ってるのがちょっと心苦しくなる。二年前――高校一年の夏に見かけた、あの可愛い黒髪ポニーテールの子。


「どんな子だと思う? 去年の学園祭に遊びに来てた子が彼女かもって言われてたよね。私も怪しいなーとは思ったけど」

「は? 学園祭?」

「うん。来てたでしょ。親戚だっていう女の子と男の子。お姉さんと弟さんの姉弟だっけ?」

「いやいや、あれは親戚の子だろ」

「だから親戚の子で、かつ彼女なのかなって話だよ」

「えー、違うって。伊集院も彼女だとか紹介しなかったしさ」

「でも伊集院くんって、もとから恋愛関係あんまり話さないじゃない。はやされるのが嫌で、言わなかっただけかなーって思ったけど。態度的にも怪しかったし」

「えー」


 どこらへんが怪しかったか、俺には全然覚えがない。

 まったく信じてない俺に、伊藤がちょっとむきになった様子で続けた。


「女子は結構怪しんでたよ? でも私、もしかしたら伊集院くんの片思いの可能性もあるかも、って気もしたんだ。うまく言えないけど、恋人同士にしては少し遠慮気味かなって気がしたし、伊集院くんの態度がなんていうか――」

「あいつの片思い!? ないない。絶対違うって!」


 あいつが片思いとか、ないだろ。逆ならわかるけどさ。

 そうだ。逆なら納得できる。

 だって学園祭に来た子はこう、普通な感じだった。可愛いとかどうかとかの前に、伊集院とか黒髪ポニーテールの子に感じたような、不思議な存在感がなかった。


 伊集院みたいな特別なやつは、同じように特別なやつとくっつくべきだ。

 俺らからしたら、思いっきり手が届かねえやつらって感じられるカップルであるのが似合う。

 だから……つい言ってしまった。


「あいつには、もっとお似合いの子がいるよ」

「もっとお似合いの子? 誰かいたっけ。うちの高校?」

「具体的に誰とかわかんなくてもさ。あれだけイケメンでスペック高いんだぞ? 相手だって相応の子じぇねえとおかしいじゃん。学園祭のときの子じゃ、伊集院にはちょっと釣り合わないっていうか、あの子が片思いなら似合うけど――」

「……なにそれ」


 伊藤の声が少し低くなって、はっとする。


「あんたがそういう考え方するやつだとは思わなかった」


 まずいことを口にしたのだと思ったけど、俺は混乱して「あ、えっと」とかしか言えない。

 伊藤はあえて俺のほうは向かないまま「じゃあ教室戻るね」と短く言って去って行ってしまう。

 俺はそれを、やはり「えっと、あの」とか言いながら見送るしかできなかった。




 昼休みに変な終わり方をしてから、そのあとはずっと伊藤のことが引っかかったままだった。授業にもいまいち身が入らなくて受験生失格だ。

 このままじゃ勉強に支障をきたす。そういう言い訳を自分にして、放課後すぐに、俺は伊藤と話そうとした。


 けど直行した教室には伊藤はいなかった。移動教室時の忘れ物を取りに行ったみたいだというクラスメイトの言葉に従い、そちらへと向かう。

 その途中だった。

 あまり使われない空き教室が並ぶ奥まった廊下のほうから声が聞こえた気がして、気軽な気持ちでそっちを覗いたのだ。


 人目をはばかるようにして、そこにいたのは……伊藤と、伊集院の二人だった。

 何を話しているのかは聞き取れないが、伊藤がうつむきがちになりながら何かの話をして、それを伊集院が聞いている図、に見えた。

 例えばほら、まるで告白でもしているような。


 俺はすぐに踵を返し、来た道を戻る。

 自分でも驚くほどの素早さだったし、それでいて足音もほぼ消せていたと思う。我ながらいざというときの底力とでもいえる何かを発揮した。

 頭の中にはさっきの二人の映像がずっとこびりついている。


 嘘だろ……なんて今さら思わない。

 伊藤が一年のころから伊集院のことを気にしていたことは、ずっと知ってたからな。

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