02

「今日、最初に教室来てたのお前だろ~? ひでー、わざわざ可愛くラッピングしてくれてたのにさあ!」


 楽し気にはやし立てるのは、俺の苦手な派手イケメン野郎だった。こいつとは同じクラスなのだ。悲しいことに。


 目の前のごみ箱には、可愛い花柄の小さな袋が入っている。中には市販のお菓子が詰められているようで、口にはリボンが縛られ可愛く結ばれていた。


「いや、俺じゃねえし……」


 小さな声で言いながら、俺はじっとゴミ箱のなかのラッピングされた袋を見ていた。


 事件は朝、ほとんどのやつが登校してから起こった。起こったというか、発見されたというのが正しいのか。


 派手イケメンが教室の後ろに置かれたごみ箱の底に、一つ、そこに不似合いなものを見つけてしまったのだ。

 やつはこのクラスの男子が貰ったお菓子を捨てたのだと騒ぎ、その男子ってのが今日最初に登校していた俺というわけだった。


「本当に捨てたのかな」

「えー、そういうことしそうなタイプじゃないでしょ……」


 そんな風に言い合うクラスメイトの声が聞こえる。完全に俺が捨てた犯人とされてるわけではないらしい。


「誰も捨てるところ見てないんでしょ」

「というか、誰が持ってきたお菓子?」

「もったいねえ」

「誰にも見られずに捨てるタイミングあったのは、あいつだろ。もっとうまくやりゃあよかったな」

「俺はあいつだと思えねえけどなー」

「なんで捨てたの」

「受験生は遊んでる場合じゃねえって理由とか」

「嫌いな奴からもらっちまったとか」

「うわ、サイテー」


 みんな好き勝手言っているが、俺が犯人なのか、それとも他の誰かが犯人なのか、とかいったことを積極的に主張するわけじゃない。

 まあ、よくわからんままに参戦はできないよな。特に――


「とりあえずさ、ゴミ箱からは拾っといてやれよ。捨てるにしろ、見えないところでやれって!」


 こういうでかい声で決めつけるヤツがいると、なかなか反応しにくいよな! わかるよ。わかる。普段から結構目立つヤツが言うと、口挟みにくいよな!

 つうか派手イケメン、おまえは面白がって適当にはやし立ててるだけかもだけど、言われてるこっちはすげえ風評被害になるからやめてくんねえかな。


「おい、なんとか言えって。……つか黙ってるってことは、マジでお前が捨てたわけ?」


 派手イケメン野郎が、からかう口調から引いた感じの声に変わった。


 俺は黙ったまま、やっぱりゴミ箱の中の可愛い花柄の袋を見ている。


「え、マジであいつが捨てたの?」

「うそー……」


 一気に俺に疑惑が向きだした。けど俺は何もできなかった。


「捨てたの、捨ててねえの。どっちか言えよ」


 焦れた派手イケメン野郎が俺に迫る。


「あげた子、かわいそう……」


 気遣わしげに誰かが言う声が聞こえた。

 すると、俺の前にいる派手イケメンが思いついた顔になった。


「そうだこれ、カードとか入ってねえかな。名前とか書いてあれば誰が捨てたかわかるだろ。あげた女子がわかれば返してやってもいいし」

「ばか、やめろって」


 焦って言うけど、派手イケメンは俺を無視してゴミ箱に視線を移す。

 後ろからも「ちょ、それはやめときなって」って女子の声が聞こえるけど、派手イケメンは「でもこのままじゃ可哀そうだろ」って、思いのほか真面目な声で返した。


 こういうとこなんだよな。妙なとこで真面目っつうか……。悪気ないやつではあるんだ。デリカシーねえけど!


「誰も拾わねえなら、俺が確認してやる」

「やめろよ……」

「なんだよ、やっぱお前が捨てたのかよ」

「それは……別に……」


 もごもご言ってると、やつは覚悟を決めたようにゴミ箱を見た。なんだかんだ言って、ゴミ箱に捨てられているものに手を伸ばすのはちょっと心構えがいる。

 それは、よくわかる。


「やめろって……」


 もう一度、俺が声をかけたときだった。


「それ、俺が捨てたから」


 近くから声が聞こえたかと思うと、俺でも派手イケメンでもない第三者がゴミ箱に豪快に腕を突っ込んでいた……!


「伊集院くん!?」


 後ろから驚いた女子の悲鳴みたいな声が上がる。

 なんで急にコイツここにいんの!?


 あっけにとられた俺の前で、伊集院が曲げていた体を戻す。その手には、花柄のラッピングされた袋がある。

 ま、まじか……。


 昨日の放課後、新しいゴミ袋に替えられたばかりだった。まだ他に何も捨てられていなくて、ゴミ箱は汚れてたりはしてない。

 けどこいつに急に目の前でゴミ箱に手を突っ込まれるのは、なんだか心臓に悪かった。


「俺が捨てたんだ。悪かったな」


 なんか最高に面倒くさそうな顔でそう言い、ちょっとだけ不機嫌そうなオーラをまとって伊集院は教室を出て行く。

 そう、あいつはこのクラスの生徒じゃないからな。


 廊下には騒ぎに気付いた他のクラスのやつらが何人かいて、様子をうかがっていた。

 その中には伊藤もいて、不安そうに俺を見ている。

 くそ、あいつにだけは見られたくなかった……。


「なんだよ、あいつ、わざわざ別のクラスのごみ箱に捨てたのかよ。性格悪いな……」


 派手イケメンは、小声でぶつぶつ言いながら自分の席に戻っていく。思わぬふうに事態が動いて、やつはちょっと恥をかいた雰囲気になってしまった。


 他のみんなも納得しきれない様子ながら、こちらへの注目は解かれた。それぞれの席に戻ったり、近くのやつと雑談を始める。廊下のやつらも戻っていくようだ。もちろん伊藤も。

 時計を見れば、もうすぐ先生が来て朝礼が始まる時間だった。


 よくわからないが、俺が犯人にされかけた事件は解決してしまったらしい。

 伊集院が犯人――悪役になるかたちで。


 嘘だろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る