番外編

その事件の被害者は、たぶん悪役令息である

01

 俺の同級生に、伊集院蘇芳というやつがいる。

 なんかフィクションに出てきそうな名前だなってのが第一印象だったけど、中身を知ってもやっぱりフィクションに出てきそうなやつだなって印象だった。


 まず金持ち。私立進学校の俺の高校は、それなりに家が裕福なやつが多い。けど、伊集院はその中にいても「あいつんちは金持ちらしいぜ」って認識される程度に金持ちの家の息子だ。


 次に容姿が整っている。けど派手なタイプのイケメンじゃない。本人はたいして主張してないのに、周りが存在感を勝手に感じるような静かなイケメンタイプ。

 ……いや、静かなイケメンってなにかと聞かれると困るけど。

 ともかく、わかりやすく目立つわけじゃないのに、誰に聞いても「ああ、あいつイケメンだよな」って返ってくるタイプ。


 さらには成績も悪くない。

 まじでなんでも持ってる恵まれてるヤツっているんだなーとか遠い目で思う。


「いいよなあ……」

「いやいや、なんでも持ってる、は言いすぎでしょ」


 何気なくぽろっと漏らした言葉に眉をひそめたのは、伊藤という同級生の女子生徒だ。


 今は学校の帰りで、最寄駅までの道を二人で一緒に歩いている。

 といっても示し合わせたわけではなく、たまたま同じタイミングだったからって理由だけど。


 一年のころに同じクラスだった伊藤とは、なんだかんだ「気が合う友達」というやつをやって三年目となる。


「誰だって人には言えない悩みとかあるもんだし、勝手に恵まれてるなんて言い切るのはよくないよ」

「はいはい。お前の言う通り。でも明日はさ、あいつ絶対いろんな女子からお菓子もらうだろーな」


 明日は10月最後の登校日。ハロウィンだ。

 うちの学校では最近変わった風習ができていて、ハロウィンというのは、女子が好きな相手にお菓子をあげるイベントになっている。


 要はバレンタインだ。受験でバレンタイン時期はそれどこじゃない、ってなる三年生が、まだちょっと余裕のある時期のハロウィンを利用して、似たようなことをやったのが流行ってしまったって感じ。

 厳密にはもう余裕はなくなってるんだけど、まあ息抜きだ。コンビニで買ったお菓子を気になる相手にそっと渡し渡される。そういうイベント。

 ちなみにホワイトデーの代替イベントはないので、お返しはそれぞれのタイミングである。


 風習と言ってもここ数年……というか、俺が一年生だった二年前は一部が勝手にやってたって感じだったな。去年から盛り上がってきたっていうか。

 去年、あまりに校内が浮かれた騒ぎになりすぎて、今年は教師たちからやんわりはしゃぎすぎるなと釘を刺された。なので来年あたりには廃れていそうな風習でもある。


 ま、三年生の俺は、来年このイベントが母校で行われるかなんてどうでもいい。

 大事なのは明日、俺がお菓子をもらえるか否かである。


「伊集院、今年はいくつもらうんだろ」

「もう、そんなに羨ましいわけ」

「羨ましい。俺は一個ももらう予定ねえし」


 ちらりと横を見ると、伊藤は「まあ、そうだろうね」と適当な相槌。


 別に俺はさ、特定の相手から一個もらえればいいんだけど。

 と、そこまでは口に出せない……。


「でも伊集院くん、今年は受け取らないんじゃないかなあ。去年、かなり困ってたっぽいもん」

「え、そうなの?」


 義理か本命かはわからないが、去年の伊集院はいろんな女子からお菓子を受け取っていた。


「特別喜びまくってた覚えもないけど、嫌がってたって感じもなかったぞ」

「そう? 本命がいるから困ってたのかもねーって女子の中では話題になってたよ」


 え、わからん。そうなのか?

 ていうか本命がいたところで、貰うこと自体は嬉しくないか? と、俺なんかは思ってしまうが。


「伊集院くんって、ちょっと謎なところあるじゃない? 自分のことあんまり喋らないし、いつも少し引いたところから見てるの」

「あー、わかるかも」

「どこか影があるなんて一部では言われてたりするし。いつも冷静そうなところが怖いっていう子もいるのね。だからみんな、お菓子あげた時の反応を気にして観察してて」

「それで困ってたって気付いたわけね」

「何も考えず調子よく受け取ってくれる相手のほうが、ああいうときは渡しやすいよ」

「あ、だからあいつのほうが貰ってたのか! 去年、2組だった――」


 俺の頭に浮かんだのは、同じ学年にいる派手なイケメン野郎だった。そいつは積極的に女子にちょっかいかけにいく。モテてる自覚があるのを隠さない。自分からそういうのを周囲にアピールしてる。

 結果だけ見ると、そいつのほうが女子に囲まれてるしモテていると言える。


「でも俺は伊集院のほうが絶対いいやつだと思う」

「あんたって、伊集院くんびいきなとこあるよね」

「ま、まあな」


 伊集院とはよくつるむ仲間ではない。けど、去年は同じクラスだったのでそれなりに交流があった。

 恥ずかしいから絶対に口にはしないけど、ちょっと憧れてるとこもある。異性関係の話題の受け流し方の塩梅が、もろもろスマートな感じがするんだ。あくまで俺からしたら、だけど。


 例の派手イケメン野郎のことを、俺がすげえ苦手だってのも関係するかもしれない。

 かなり前にそいつと、伊集院と、他にも何人かのクラスメイトで雑談してたとき、面倒な絡まれ方をしたのだ。俺に彼女がいねえのは派手イケメン野郎に関係ねえってのにうだうだと……。


 そのとき、さり気なく話題を変えてくれたのが伊集院だった。それで単純だけどこいつイイヤツ……と思ってしまった。声のでかい派手イケメンも、静かに存在感のあるイケメンには強く出にくいのかなんなのか、ごにょごにょ言いながらも諦めてくれた。

 だから派手イケメンがモテるより、伊集院がモテてくれよという勝手な期待がある。


 しかし悲しいかな、自分がモテてるのを自慢したい派手イケメンの気持ちもわかってしまう。多分どちらかというと、俺はモテたら調子のって派手イケメンみたいな行動に出るタイプに近い。まじで情けないけど。


 そういった事情もあって、自分からはほぼ異性関係の話を振らないクールな伊集院を、少しばかり憧れの目で見てしまうわけだ。自分にはないものを持っている。恋愛慣れしてる感じがあるのに、それをわざわざアピールなんてせず、個人的なことは表に出さないところ。

 強者の余裕だよなあ。


 これだけの実力差があれば、妬むなんて発想も出ない。

 そう、例えば……俺の片思いの相手が伊集院を好きであっても。


「伊集院くんは恋愛関係も謎だよね。他の高校に彼女がいるってずっと噂はあるけど」

「彼女、いるだろ。伊集院にいなかったら嘘だと思うぜ」

「お家の決めた婚約者がいるなんて噂もあるけど、本当かなあ」

「それはさすがに、外野が好き勝手言ってるだけじぇねえの」


 高校生で婚約者はさすがにないだろ。フィクションじゃあるまいし。

 でも彼女はいるだろうな。恋愛については秘密主義な伊集院も、恋人の存在自体は否定したことがない。肯定したこともなかったはずだけど、いないわけない。


 てか、俺はたぶん彼女らしき相手を知っている。


 黒髪にポニーテールの清楚で可愛い女の子だ。

 二年前の夏、つまり高校一年生だったときの夏だ。俺は偶然、伊集院がその女の子とお茶をしているところを見てしまった。


 どう見てもイケメンと美少女カップルだった。

 思わぬ場所で同級生のデート現場に出くわして驚いたのと、お似合いだなーなんて感心してちょっと注目してしまった。近くにいた中学生くらいの男の子も、興味を引かれたように驚いた感じで目を向けていたくらいだ。あれはなかなかお似合いだったんだと思う。


 二人を見かけたことは誰にも言っていない。

 ただ俺の中で印象的な出来事として記憶に残っている。いつか機会がくれば、本人に確かめてみたいなって好奇心だけはある。


「はー、明日、義理でいいから誰かお菓子くれねえかな」

「誰からでもいいから欲しいなんて言ってるうちは、誰からも貰えないんじゃなーい?」


 隣を歩く伊藤は適当な返事だ。つれない。

 俺たちは別の話題に移り、いつものように他愛もない話をして帰った。




 そして次の日。

 期待しないと決めつつ、けどほんの少し義理くらいは心の中で期待しつつ、学校に向かった俺は――


 誰かがくれたお菓子をゴミ箱に捨てた容疑をかけられた。


 ……嘘だろ。

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