エピローグ
44:この世界の私
「黒幕って、さくらの従姉の婚約者のお兄さんでしょ!」
『きらめき三人組』シリーズ作者である従姉に、私は詰め寄っていた。
「正解! どこらへんで分かったの?」
どこらへん? どこってそれは……どこだっけ。
思考がよくまとまらなくて、私はもっと大事なことを従姉にぶつけた。
「とにかく、私は生まれ変わった先で大変だったの! 主に『きらめき三人組』シリーズのせいで!」
「わ、私の本のせい!?」
従姉は見るからに狼狽して、そして悲しい顔をした。
それを見たら、急に胸が痛んだ。
「でも、おかげで助かったところもあったよ」
あなたの本がなかったら私は変わらなかったし、本のおかげで変えられた運命も、人間関係もあったな。
「私の世界ではねえ、吉乃は改心してて、両親は死なないし、蘇芳と紫苑とも仲は良好なの。玄斗のこともちゃんと止められた」
熱弁すると、困惑しながらも従姉が尋ねてきた。
「私が書いた小説が?」
「違うよ。小説じゃないの。私がいるのは現実で……。ええとそっちからすれば、本の中の世界みたいな感じなんだけど」
「まさか、生まれ変わったら『きらめき三人組』の世界だったなんてこと――」
「そうそう、それ!」
うまく伝わったことに満足する。従妹はちょっと変な顔をした。
「雰囲気、なんだか違うもんね」
「違うかな? まあ今の私は、綾小路吉乃だから」
前世の記憶はあっても、私は前世の私そのままではない。「前世の記憶を思い出した綾小路吉乃」である。
はっきり口にすると、少し寂しい気持ちになった。
この人の従姉であったのは過去の私であって、今の私じゃないんだなって思って。
今の私の従妹は、『きらめき三人組』主人公の西園寺さくらだ。
「玄斗が黒幕だってわかったなら、吉乃が仲間だってことも?」
「気付いたよ」
自慢げに頷く。
「その裏にいた真の黒幕は?」
「……は?」
「サイコパス二人は、そのままだと妙な方向に暴走したりするの。だから実は、上手く二人を操る真の黒幕がいて――」
「何それ」
そんなの、聞いてない。
「黒幕達を操ってた真の黒幕がね、吉乃を殺すの。星の綺麗な夜に。仲間にしたけど、でも復讐は止められなくて。死んだはずの従姉が死体となって発見されて、さくら達が黒幕と対峙する最後の事件が始まるわけ。そのときこそ、名実ともに吉乃は一人目の被害者になるんだよ」
「いや、そういうのはもう、勘弁してほしい……」
どこまで知らない設定作ってたんだ。呆然とする私に、従姉が申し訳なさそうな顔をした。
「そんな世界、大変だよね……」
「まあ、楽とは言えないかな」
「ねえ。いま、幸せ?」
それは、前世の世界と比べてってこと?
「私は――」
目が覚めたとき、とても不思議な気分だった。泣きたいような気持ちにも似てたけど、涙は出なかった。
なんだろう。あれは前世の記憶じゃない。
まるで今の私が、前世の従姉と会話しているようだった。できるなら、前世の知り合いと喋ってみたいっていう願望が、夢のかたちにでもなったのだろうか。
眠気がすっかり覚めてしまった。時計を見ると、日付が変わってしばらく経つ。誰も起きてはいないだろう。
『迷いの城殺人事件』のホテルを後にした私達は疲れ切っていて、近くの旅館に一泊していた。私は軽く食事をしてシャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ。そして気付けばいまである。
同室の母を起こさないよう、そっと部屋を出る。
旅館を出てみたものの、特に行くあてもなく、街灯に照らされた駐車場のあたりをちょっとだけ歩いてみる。人気はなく、周囲に二十四時間営業のコンビニなんてものも見えず、とても静かだった。
少し寒い。備え付けの浴衣に同じく備えつけの羽織って格好だったけど、他に上着を持って出ればよかった。
中に戻ろうかなと思ったところで、人影に気付いた。
一瞬びくっとするけど、すぐに相手に気付く。蘇芳だ。
「蘇芳くん」
彼もまた眠れないのだろうか。一人でぼんやりと空を見上げていた。同じように旅館備え付けの浴衣と羽織で、ちょっと寒そうだ。
「綺麗だね」
私も空を見上げる。都会と違って、たくさんの星が見える。
「俺がやったこと、吉乃ちゃんは気付いてる?」
静かに、そんな質問が投げられる。
いまこの瞬間まで、私にはなんの疑念もなかった。だけどそんな聞き方をされて、一つだけ、ある可能性に気付いた。
「玄斗さんに――」
続く言葉を私は飲みこんだ。
もしかしたらって思うことはあるけれど、口にするのがはばかられた。
「あいつが、死のうとしたのはきっと俺のせい」
私が驚かないので、「やっぱり気付くか」って蘇芳が言う。
「舞台の最後っていうのは、仕掛けた張本人の死で飾るのが綺麗な終わり方だよな――って言ったんだ」
「玄斗さんに?」
「ああ」
玄斗が直前に犯人役を交代した理由は、きっとそれだった。
「別に直接、死ねなんて言ったわけじゃない。だけどそんなふうに言われたあいつが、どう行動するか、俺なら想像できた。俺は……せっかく手に入れたものが、あいつのせいで壊されるんじゃないかと思ったら――」
「でも、一緒に助けたよ」
殺意なんてなかったはずだよと、言いきることはできなかった。
だけど、玄斗が血のあとだけを残し消えたのを見たとき、毒の入ったワインボトルを投げ捨てたとき、そして塔の階段の下から降りてくるよう呼びかけたとき。
あのときの蘇芳が、玄斗の死を望んでいたとは思えない。
「兄さんが、死ななくてよかった」
蘇芳の目から、ぽろぽろと涙が落ちた。
「でもそれは、俺が誰かを殺さずに済んだからかもしれない。兄さんに生きてほしかった理由に、自分でも自信がない」
彼はこぼれる涙をぬぐうこともせず、ただ落ちるままにさせていた。
何も持たずに部屋から出てきてしまった私は、迷った末に、自分の浴衣の袖でちょいちょいと彼の頬をぬぐってやる。蘇芳はその手を上から包みこむように握りしめた。
「理由は一つだけじゃないってことでしょ」
「それで済ませられる? こんなこと聞いても、一緒にいられるんだ」
確認のようなかたちで、蘇芳が問いかける。
「……一緒にいる」
「甘すぎるよ。いい人すぎる」
「そんなことない。私だって――」
私は迷って、でも口にすることにした。
「もし私が……最初から紫苑や蘇芳くんに好意的に接してたのは、自分が死にたくないためだったって言ったら、どうする? 二人に嫌われたら殺されるなんて、勝手に想像して」
彼は驚いた顔をしたけど、すぐに余裕の笑みに変わった。
「関係ない。それに今はもう、吉乃ちゃんはそんなこと思ってない」
なぜか彼のほうが自信たっぷりにそう言い切った。
「吉乃ちゃんまで泣いてる」
言われて、私もまた泣いていたことに気付いた。
今度は蘇芳が、自分の浴衣の袖で頬をぬぐってくれる。
「すごく冷えてるよ。風邪、引かないようにして」
そう言うと、蘇芳は自分の着ていた羽織を脱いで私にかけてくれた。なんだか急に照れくさくなってきて、私は紛らわすように空を見上げる。
綾小路吉乃を殺すのは、サイコパス二人を裏で操っていた真の黒幕……。
そうか。私は、改めて隣に立つ蘇芳に目をやった。二人っていうのは、紫苑と玄斗。
きっと小説では、蘇芳が吉乃を殺す。
「どうしたの」
「ううん、なんでもない」
この人は私を殺さない。いや、誰も殺さない。
私だって、一人目の被害者である悪役令嬢じゃない。これからも、なることはない。
「少しのあいだだけ、抱きしめてもいい?」
蘇芳が照れたように視線を彷徨わせながら、私に訊ねる。
「うん」
私は、小さく頷いた。
――ねえ。いま、幸せ?
ふと夢の中の従姉の問いが思い出される。
考え出すといいことも悪いことも、いろんなことが思い浮かんで、イエスかノーで答えるのは難しい。
でも強いて答えるなら。
私は幸せになれるよう、なんとかやっていくよ。この世界で。
―――――――
お読みくださりありがとうございました。
続く短い番外編は高校時代の話です。
続編はのんびり進行中です。そこらへんは近況ノートにちょこちょこと。
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