40:その事件の1人目の

「待ちなさいよ。車のクラクションが鳴る少し前から、私とこの子達は一緒だったわ。この中に犯人がいるっていうなら、そのときいなかった、あんた達のほうが怪しいでしょ」


 門倉が、後から合流した三人を見やる。多和田は、「私じゃない」と言って三橋と高岡から距離を置いた。


「おいおい、ちげえし! 俺らでもねえし!」

「でも怪しいのは事実でしょ」


 言い争いが激しくなる前にと、慌てて割って入る。


「あの! 玄斗さんが、自分で消えたんです。まるで襲われたように細工して。それなら成り立つでしょう!? 私達が仲間割れみたいなことしてる場合じゃありません!」

「ま、待ってください。オーナーが犯人? それはありえません!」


 今度は江原が口を出してきた。警察への連絡は終ったらしい。

 ああもう、うまくいかない!


「西園寺さまがいなくなったのは、四時ごろと聞きました。そうですよね」

「ええと、正確には俺がシャワー浴びてた間なんで、三時半から四時くらいの間ですかね」


 つばきが、思い出すように空を見つめながら答えた。


「その前後に上の階と一階を行き来した方はいないのです。その時間、私は仕事があり受付におりました。階段は、ほぼ視界に入ります。こんな時間に誰かいれば気付きますよ。オーナーもお客様も、階段を使用した方はいらっしゃいませんでした。もちろん私ども従業員もです」


「待って。それじゃあ、あの西園寺って子を襲ったのは、その時間に二階以上にいた人間ってこと? 言っとくけど、私は違うわよ!」

「私達の知らない第三者が、あらかじめ潜んでいたのかもしれないぞ」

「けどよ、それじゃあ、玄斗さんはどうやって襲うんだよ。外に出るなら階段通るんだろ。江原さんが見てるはずじゃねえか」

「佐々木さまが、西園寺さまがいなくなったと告げに来たあとでしたら、三橋さまが降りていらっしゃいましたが……」

「わ、私じゃないよ!? 変な人が隠れてて、女の子をさらって窓から飛び降りたとか! どうかな!?」


 混乱する様子をハラハラしながら見守る。

 小説だと犯人は外から抜け穴を使って二階に侵入していた、ってオチなんだけど、今回は違う。そしてあの特別客室に、抜け穴なんてない。少なくとも、前世の知識によるとそう。さくら達が徹底的に調べる描写があったし。

 隣にくっついている塔は一階からしか繋がっていない。

 たしかに、どうやって玄斗はさくらを?


「私は部屋に戻るぞ。警察が来るまで、誰が来ても出ないからな。一人でいるほうがマシだ」

「絶対やめて!」


 階段へ向かおうとする多和田の服を、私は思いっきり掴んで止めた。

 小説でも同じこといって、あなたが三人目に死んだんです!

 つんのめりそうになった多和田は、振り向きざまに私の腕を乱暴に振り払った。こっちが倒れそうになるけど、近くにいた紫苑が慌てて支えてくれ、蘇芳はそんな私達と多和田の間に立った。

 ちょっと、と門倉がたしなめる。多和田はバツが悪そうに舌打ちした。


「どうすればいい」

「まあ、多和田さんの気持ちもわかるわよ。私も正直、警察がくるまで部屋にこもるって手は、アリだと思うわ」

「それが……」


 江原が、言いにくそうに告げた。


「マスターキーの行方も、わからなくなっているんです」


 そんな、とみんながまた疑わしそうに互いを見やる。


 やっぱり大枠は小説の流れに沿っている。めちゃくちゃ早送りだけど。

 本来なら、多和田一人が部屋に籠って残りのみんなはサロンに集まる。その後しばらくして、門倉が自分も客室で籠城すると言い出したあたりで、江原がマスターキー紛失に気付く。

 慌てて多和田にも教えようとするが、時すでに遅く……ってやつだった。

 基本的に前世での小説の知識は信じていいんだと思う。たださくらの件だけが、おかしい。


「もう、自分の好きなように行動するしかないかもね」


 諦めたように門倉がため息をついた。

 どうしよう。皆には単独行動させられないし、早く玄斗を見つけたい。

 さくらを見つけたい。今は無事でも、十分後はわからない。

 はっと思いついて、私はスマートフォンから玄斗の番号にかけた。招待状を受け取ったとき、彼からかけてきたときの番号だ。

 蘇芳が私を見て首をかしげる。


「どこにかけてるの」

「玄斗さん。直接交渉する」


 でも、コール音が鳴り続けるだけだった。


「……出ない」


 考えよう。何か小説の知識で、いま活用できるものはない?

 この後の犯行から解決までの流れを、もっと思い出せ……。

 様子を見守っていた蘇芳が、「そうだ」と口にした。


「盗聴器は? 兄さんが盗聴器を仕掛けてる部屋とかあれば、そこから一方的に話をすることはできるかも」

「発見器、とってくる?」


 話を聞いていた紫苑が言うけど、私は「いらない」と首を振った。

 蘇芳には短く礼を言って、そのまま食堂へ駆け込む。

 小説で盗聴器が仕掛けられていたのは、食堂とサロン。犯人は、そのおかげで多和田が一人になったって知る。

 私は、どこにあるかわからない盗聴器に向かって叫んだ。


「玄斗さん! 聞こえてます!? あなたが誰かに襲われたフリをしたことはわかってるんです! 諦めてください」


 聞こえてるよね? 不安になりつつも、さらに続ける。


「無反応貫いたって無駄ですよ。さっき警察を呼びました! あなたが犯人でしょ!」


 何の反応もない。

 食堂には、他のみんなもぞろぞろと入ってきていた。


「待ってよ。玄斗さんが西園寺さんを襲えなかったのは、さっき江原さんの話で証明されたじゃない。下手な挑発して、真犯人を刺激したらどうするのよ」


 門倉がそう言い、多和田も同意する。


「そうだぞ。やっぱり、ここは自室にこもって警察を待つべきだ」

「マスターキーが盗まれたって聞いてなかったのかよ、おっさん」

「そんなもの、バリケードでも作っておけば――」


 ダメだ。このままじゃ。

 もっと玄斗を動揺させる何か。そういうのが欲しい。


 さくらが消えた方法を解説する? 『きらめき三人組』事件解決シーンみたいに。

 被害者が悪役ご令嬢さまだって、運命に決められてたんですよね、なんて。

 ふっと自嘲的な笑いが漏れる。


 本当は私がその役目だったんですけど、前世の記憶のおかげで、悪役じゃなくなっちゃったんです。そしたら不思議な力が働いて、次に悪役令嬢になれる条件を持ってたさくらが被害者になっちゃったみたいで。そしてその不思議な力のおかげで、玄斗さんは不可能犯罪を可能にできたんですよね、とか。

 わけわかんなすぎる。言ってる自分でもよくわかんない。


 そもそも、悪役ってなに。

 どんな設定があろうと、吉乃は小説じゃあ、ただの被害者でしょ。

 どうしてそんな仰々しい呼び名で従姉は――。


「あ……」


 突然浮かんできた可能性に、私は首を振った。でも。

 去年、私の家を襲ったのは黒田だった。小説だと男のはずで、しかも顔見知りでもない。ただそのどちらも――小説の設定については推測ではあるけど――玄斗が裏で手を回していたという、変わらない部分がある。


 さくらのことだって、何か変わらない部分が根底にある。

 もし、さくらが小説内での吉乃と同じ状況に置かれているのなら、何が違って何が同じ?


「さくらちゃんがいなくなった方法なら、わかると思います」


 立てた仮説を頭の中で整理しながら、そう口からこぼれていた。

 多和田はやはり部屋にこもると出て行こうとしていたけど、その足を止める。

 みんなが注目するのを感じた。これじゃ、本当に探偵役になったみたい。


「さくらちゃんをどうやって襲ったかなんて、答えは一つです」


 不便な抜け穴、やたら一人だけ雑な吉乃の殺害理由、見つからない死体。

 わがままを言って部屋を変えてもらい、そのせいで消えた小説内の私。

 特別客室にいたのに、それでも消えたさくら。


 この事件の1人目の被害者は、悪役令嬢。

 思えば前世の従姉は、私相手だと簡単にネタバレする人だった。


「さくらちゃんは、犯人に襲われてなんかない。彼女が自分から消えたんです」


 言いながら、それは確信に変わっていく。

 私達が寝室を調べていたときは、たぶんまだ二階か三階の空いた客室に隠れていた。今は、あの抜け穴を使って外に出てしまったかもしれない。


 私はずっと、「悪役令嬢」の意味するところを勘違いしていた。

 あれは、異母弟と婚約者に酷い態度をとっているから悪役というのではなくて――。


「玄斗さんと同じように、さくらちゃんも自分の死を偽装したんです。だって、さくらちゃんはあなたの仲間だから。そうですよね、玄斗さん」


 彼女は死んでないし、殺されない。

 『迷いの城殺人事件』で一人目の被害者となる人物は、シリーズにおける悪役キャラを兼ねている。

 前世の従姉の言葉の意味を、私はようやく理解した。

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