41:悪役なご令嬢さま

 血痕だけを残して一人目の被害者が消えるのは、犯人が二人目の被害者になったふりをするための演出。遺体が残されてないことに疑問を持たれにくくするため。

 でも本当はそれだけじゃなかった。

 『きらめき三人組』シリーズ全体としては、主人公の従姉を死んだと思わせておきつつ、主人公と敵対する側として生かしておくためだった。

 小説でたまに出てきていた怪しい女性の描写は、玄斗の手先になった綾小路吉乃を示していたんじゃないか?

 吉乃がわがままを言って部屋を変えてもらう、なんて手順をとったのは、犯人のホテルオーナーに彼女を殺す理由がなかったから。もし犯人の動機が明らかになったときのための、予防線。他の被害者の遺体が隠されて見つからなかったのも、一人だけ遺体がないのを誤魔化すため。


 玄斗側についた吉乃が、どうして自分の存在を消すことになったのか。そこまではわからない。

 ただ、自分の存在を殺させるって、復讐の一つかもしれない。

 小説では蘇芳や紫苑もまた玄斗の仲間だっただろうし、吉乃も仲間に入れたようにみせかけて、上手く言いくるめていったとか。

 ああでも、もしそうだとすると、玄斗はなぜさくらの存在を消そうとしたんだろう。

 興味の一つではあっても、彼自身に復讐したいって気持ちは感じなかったのに。


 私がいろんな考えをめぐらせているあいだ、食堂はしんと静まり返っていた。

 玄斗からのアクションもない。


 ……あれ、まさか外れた?

 ま、まあ、ちょっとぶっとんでるし、不正解でもいいか。そんな発想なかったよって玄斗を驚かせることができれば、それはそれである意味正解だ!

 みんながあまりに喋らないので、さすがに自信を失い始めたとき、手元のスマートフォンが震えた。


「玄斗さんから」


 紫苑と蘇芳に告げると、できるだけ冷静にと思いながら通話ボタンを押す。


『すごいね、よくわかったな』


 電話越しに聞こえる声は、言葉の割に少し寂しげだった。


『もう少し君達の反応を見てみたかったけど、仕方ないか』

「玄斗さん、今どこに? さくらちゃんも一緒なんですよね」

『直接話したいから、こっち来てくれる? 君と、あと来ていいのは、蘇芳くらいだね。他の人間が近づいたのがわかったら、ホテルに仕掛けた爆弾が起動するかも』


 待って。『迷いの城殺人事件』で、爆弾なんて出てこない。


「はったりですよね?」

『さあ、どうだろう? 信じるも信じないも、君次第だ』


 そう言って、玄斗は自分の居場所を告げて通話を切る。

 爆弾? 嘘だよね?

 だけどもし本当だったら……。


「兄さんはなんて?」


 私は正直に、玄斗から言われたことを話した。




 ホテルの横にくっついてる塔みたいな部分は、ホテル一階の廊下か、もしくは庭園側にある入口から入ることができる。

 壁に沿うようにとりつけられた狭い階段を上れば、上の階にそのまま繋がっている。

 一階には、そこそこ有名な画家の絵画が数点、高そうな骨董品がいくつか並んでいた。

 二階、三階は、宿泊客達が読書やお茶を楽しめるようにと、テーブルとソファが用意された空間になっているらしい。

 私達が入ってきたとき、塔の中は明るかった。それは、もう逃げたり隠れたりしないって意思表示のように思えた。


 一階に来た私と蘇芳、そして紫苑は天井を見上げた。この三階で、玄斗が待っている。

 相手の言う通りにさせたくないって、キャリーバッグを紫苑が漁ってるけど、爆弾を見つける道具なんて持ってきていない。

 他の客達は念のためホテルから離れ、庭園のベンチで様子を窺っているはずだ。


「あのさ」


 階段を上っていこうとする蘇芳と、それに続く私に紫苑が声をかける。


「俺は正直、姉さんは大丈夫だと思う。危険があるとしたら、蘇芳さんと西園寺サン」

「兄さんが一番興味を持ってるのは、たぶん吉乃ちゃんだけど」

「だからだよ」


 私と蘇芳、二人で首をひねる。

 でも紫苑は「なんとなくだよ」とだけ説明した。


「よくわかるね。兄さんのこと」

「嬉しくないけどね」


 じゃあ、と階段を上りかけて蘇芳が止まる。


「紫苑くん。あいつがこの事件を終わらせるとき、どう行動するつもりかもわかる?」

「いや。俺はあいつじゃないし」


 「そうだね」と蘇芳は引き下がった。

 前を行く彼の顔は見えない。何を考えているのだろう。

 でも引き止めてまで確認はできない。今はそれどころじゃない。爆弾っていう言葉が、私達を焦らせる。

 結局、先に上っていく蘇芳の背中を見つめるだけだった。

 『迷いの城殺人事件』の犯人は、毒入りワインをあおって死ぬ。でも、私達が今から対峙するのは『きらめき三人組』シリーズ通しての黒幕キャラだ。それに、小説のように誰かを殺したりはしていない。場所も食堂じゃなくて塔の三階。きっと結末は小説とは違う。

 これからは、まったく知らない展開が待っている。


 楽観的な予想をすれば、私が黒幕に気付いた理由話してそれで終わり。そしてあとは警察に。っていう展開かもしれないし、想像もできない何かが起こるかもしれない。

 この階段を三階から一階まで駆け下りて外に脱出する場合、全力出したらどのくらいでいけるんだろう、なんてことを考えた。

 そして塔の三階、階段を上り切った私達の目に入ったのは――。


「さくらちゃん、何してるの……」


 そこには、拳銃を構えたさくらがいた。


「念のためだよ。君達と喋るあいだ、邪魔されないように。君達が俺を捕まえたりして、急な幕切れっていうのも嫌だ」


 私の問いに答えたのは玄斗だった。

 彼は階段から一番離れた椅子に浅く腰かけ、こちらを見ていた。すぐ隣にさくらが立ってこちらに銃口を向けている。

 でも私にそれ以上に衝撃を与えたのは、玄斗の前のテーブルの上に、栓のあけられたワインボトルと中身が注がれた小さなグラスがあったことだった。

 グラスは四つあるけど、中身が注がれているのは一つだけ。


「これは乾杯用。見事、真相を見抜いた記念にね」

「先に、二人に飲んでもらうとかどうですか?」


 さくらが面白そうに言う。その視線は、私とワインを何度も往復した。


「これは最後にしないと。それに強い酒だからね。飲むのは俺だけにしておこう。気分だけ味わってもらうことになるけどごめんね」


 いやいや。盛大に叫びたい。それ、毒入ってますね!?

 まったく知らない展開が始まるっていうのは、間違いだった。なんかいろんな展開がごちゃまぜな気がする。そういえば、拳銃も爆弾もシリーズの他の作品に出てきてた、たしか。

 最後に毒をあおって死ぬ気なんだ、彼は。


「爆弾が仕掛けてあるって、本当なんですか」

「あの冗談、本気にしたんだ」


 むっとしたけど、同時に安心もする。蘇芳も少し、緊張を解いたようだ。


「どうしてあんなにすぐ、ばれたんだ?」

「玄斗さんが犯人、って事実が絶対にブレないって仮定して、ならどういう状況なら成り立つか考えていっただけです」

「俺が死んだふりしたのがばれるのは予想してたよ。でもさくらちゃんのことまで、ああもすぐに当てられるなんて残念だな。あの部屋には外と繋がる抜け穴があるんだ。そこを使って俺が……って見えるように一応工夫したんだけどね」


 その時間に合わせてサロンを抜け出したりまでしたのに、と玄斗が苦笑する。

 あの特別客室に、抜け穴?


「他にもあったのか……」


 蘇芳が驚いたように呟くと、玄斗が「他?」と首をかしげる。

 同時にさくらが拳銃を握る手に力を込めたので、私は別の話題をだした。


「私が謎を解かなかったら、どうするつもりだったんですか」

「警察が来るまでに、あと何人かの客が消える予定だった。君達は知らないだろうけど、一緒に泊まってるやつらは、誰かに殺したいほど恨まれてるんだ」

「兄さんが代わりに手を下すってわけか」

「そうだね。お前達が連絡手段を確保してるようだったから、時間との勝負だとわかってたんだ。けど、まさか一人も狙えずに終わるなんてな」


 立て続けに二人が消えたのは、やはり意図的なものだったらしい。


「消えた人はみんな出てこない。犯人は残った人間の中にいるかもしれないし、いないかもしれない。それで終わり。そんな幕切れを考えてたのに、誰も消えなかったね」

「玄斗さんもさくらちゃんも、死んだままでいる予定だったってこと?」

「いろいろ頼る相手がいれば、なんとかなるものだよ」

「私との約束はどうするんですか」

「死んだ相手との約束は、果たしようがないってことで」


 うわ、卑怯だよ。誰かが謎を解かなかったら、約束を反故にして逃げるつもりだったわけ?


「でも、ずっと隠れてるわけにもいかないでしょう。警察も捜すだろうし」

「地下に隠し部屋があるんだ。数日くらいなら過ごせるし、適当なところで迎えを頼めばいい」


 なるほど。小説の吉乃もそこに隠れていたんだろか。

 あ、まさか見つからなかった遺体もそこに?

 ……深く考えるのはやめよう。


「兄さんの企みは、全部くつがえされた。今は、どうするつもりなんだ?」


 蘇芳の問いかけに、玄斗は笑った。


「だから、乾杯だよ」


 そう言うけど、


「まだですよ」


 さくらが、持っていた拳銃を玄斗に向けた。


「これからの計画、いろいろ話してましたよね。それ、やめちゃうんですか?」


 さくらは狙いを定めるためか立ち位置を変え、テーブルに体を大きくぶつけた。

 都合よくワインが倒れてこぼれてくれないかなと思ったけど、グラスも瓶もぐらついただけで終わる。


「君に敵意を向けられるとは、意外だな――」

「玄斗さん、下手なことしてさくらちゃんを挑発しないでください」


 玄斗が何か言うのを遮って、私は大丈夫だからおさえて、というように小さく片手を上げてみせる。彼は大人しく口をつぐむと、両手を肩まで上げて降参のポーズをした。


「さくらちゃんも、銃なんて危ないよ」

「止めるつもり?」

「ちゃんと話そう。何があったか、聞かせて」


 言いながら私は少しずつさくらに近づいた。

 まるで、彼女を説得するように。


「話して、それで何か変わるかな?」

「変わると思う」


 もう少しで手が届く。

 玄斗の斜め前に立つさくらに邪魔されて、私と玄斗は互いの姿がちゃんと見えない。だけどかなり近づいたとき、さくらのかげから玄斗と目があう。彼がはっとした表情をした。


「さくらちゃん!」


 名前を呼びながら、私はテーブルの上のワイングラスに手を伸ばした。

 玄斗も同時に動いたけど私が勝った。伸ばした彼の腕を、さくらが邪魔するように一度はたきおとしたおかげだ。

 掴んだグラスは床に投げつける。

 同時にボトルも消えた……と思ったら、そちらは蘇芳が取り上げて同じように遠くへと放っていた。


「玄斗さん、自首しましょう!」


 いつものさくらだな、って思える明るい声だった。

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