42:特別な能力とか持ってない

「もしかして、二人は裏で繋がってた?」

「いえ、まったく」

「ちょっとだけ!」

「はは、どっちなんだ」


 完全否定した私と部分的に肯定したさくら。玄斗が笑った。

 さくらが彼の自殺を止めようとしているのに気付いたのは、やたら私とワインを意味ありげに見比べて、必死でメッセージを送ろうとしていると気付いたからだった。あれを裏で繋がるって言っていいのかは知らない。


「毒が入ってるの、よくわかったね」


 これは私に向かっての言葉だ。


「勘です」


 困ったときは、すべて勘。これ以上の理由はありません、ってすまし顔を作る。

 毒入りだと確信を持ったのは、小説の知識のおかげだ。さくらの視線だけでそこまで汲み取るのは、さすがに難しかった。

 遠くからは、サイレンの音が響いてくる。


「警察が来るの、思ってたより早いな」

「私が先に呼んでたんです」


 さくらは、まだ警戒したように銃を玄斗に向けてるけど、さっきまでの緊張感はなくて、たぶんかたちだけだ。


「計画を聞いたときから、途中で止めようって思ってました。二人目の失踪者までは、実際には誰も死なない。だから三人目の、本当の被害者が出る前に警察が来るようにしようって」

「俺に協力するって言ったのは嘘なんだ」

「……迷いました。あなたの言うことを聞いてると、すごく正しいことを言われている気になったりするから。でも私、また吉乃ちゃんを傷つけるようなことをするの、嫌だって思った」

「彼女に言われたことで、悩んでたのに? 君が俺につけこまれるきっかけだろう?」


 それって、さくらに無神経だって言ったことか?

 自分の言葉があまりに大きな影響を与えてしまっていたことに驚く。そして罪悪感も湧く。さすがにそこまで気にされるなんて、意識してなかった。

 だけど、さくらは明るく答える。


「きっかけの一つ、ってだけですよ! おかげで気付けたこともいっぱいあったから、結果オーライです!」


 でも、と続ける声は真剣だった。


「事件を止めたかった一番の理由は、あなたに殺人を犯させないため。あなたのせいで誰かが死んでしまえば、あなたは後戻りできなくなります」


 二人の会話を聞きながら、私はひそかに感動していた。

 さくらはたしかに、玄斗側についた。でもやっぱり主人公は主人公だった。玄斗は、さくらの善人っぷりを侮りすぎたのだ。


 記憶が戻る前の私だったら、どうだろう。

 小説通り両親が殺され、自分も怪我を負う。それまでわがままを言えば何でも通るって思ってた世界が崩れる。おそらく簡単に洗脳されて丸め込まれてた。

 じゃあ今はっていうと、あんまり自信はない。ものすごくショックな出来事が起こったら、自分を強く保っていられるかどうか。

 ただ、今の私には蘇芳や紫苑がいるのが救いだと思った。私がおかしくなりかけても、二人だったら止めてくれるって妙な確信がある。根拠はないけど。でもそう考えるだけでも、強くあれそうな気がする。


「ここまでか」


 諦めたように玄斗が言い、足元から黒くて四角い、小さな金属製の箱を持ち上げてテーブルに置いた。片側に蝶番がついた箱は、もう片側にとって部分がついている。


「それは?」

「証拠品だよ。君達への報酬だ」


 これでようやく終わるのか。

 もうすぐ警察が踏み込んでくる。その前に、聞いておきたいことがあった。


「あの、どうして私の家や、さくらちゃんにこだわったんですか。黒田さんのことに私が気付いたからって、そこまでこだわるものですか」

「何が言いたい?」

「玄斗さんも本当は、私やさくらちゃんの家に復讐をしたいって思っていたんじゃないのかと」


 言いながらも、自信はない。どうもしっくりこない。

 うーんと玄斗もちょっと唸った。


「俺はあんまり興味ないね。ただ、蘇芳が忘れてしまった望みを、俺が代わりに叶えてみたらどんな感じかなとは思った」

「俺のせいなのか」

「あの家で、俺が興味を持てたのはそれくらいだったってだけだ。弟の望みをかなえる兄って図を、一度くらいやってみても面白そうじゃないか?」


 それ、興味を持てたのは復讐にじゃなくて、むしろ……。

 思わず口にしてしまいそうだったのを堪えた。


「その気もないのに家族ぶるなよ」

「そんなに怒ることか? よくわからないな。そもそもお前だって、家族がどんなものか知らないのに」


 蘇芳が傷ついた顔をする。玄斗は壁にかけてある時計に目をやった。

 

「そろそろ、終わりにしようかな」


 妙にしんみりしたなか、玄斗はポケットからなぜか手錠を取りだし、自分の手首とテーブルに置いてあった箱のとってを繋いだ。

 何してんのってこちらが不思議に思ってる間に、あっという間に。それがこちらの失敗だったって気付けたのは、彼が説明してからだった。


「君達は早く逃げたほうがいいよ。これ、時限爆弾だから」


 そういってその箱を開けて見せる。そこにはカラフルなコードが飛び出した、怪しい機械があった。小さなパネルに時間がデジタル表示されていて、一秒ごとのカウントダウンが始まる。蓋をあけたら作動する仕組みだったらしい。あまり残り時間はない。


「爆弾って本当に用意してたんですね!?」


 混乱でそんなことを確認した。さくらも「聞いてない」っておろおろし始める。


「ここにある一つだけだよ。他の場所にはない。この三階くらいは吹っ飛ぶかもしれないけど、外に出て距離を取っててくれればたぶん安全だから」

「証拠品だって言ったじゃないですか!」

「嘘だよ。君達、ちょっとツメが甘いよ。ワインにばっかり注目しすぎたね」


 そんな悠長に説明されても。

 どうしよう、って残りの二人を見たら、さくらが真剣な表情で私を見ていた。


「吉乃ちゃん、工学部だったよね」

「えっ!?」


 はい、工学部ですけど!?

 でもたぶん、あなたの言いたいことは無理です。


「この爆弾、止めることできる?」

「私より、用意した玄斗さんのほうが詳しいでしょ――」

「言っとくけど、俺は無理だよ。これ作ったの、俺じゃないし。知り合いに頼んだだけ」


 どういう交友関係なんだ。

 と思ったところで、そういえば、爆弾の入ったカバンと自分の手首を手錠で繋いだ犯人がいたことを思い出した。シリーズの別の作品で。

 あれって、どうやって危機を脱出したんだっけ。たしか事前に爆弾が使われる可能性が判明してて、処理班が間に合ったんじゃなかった?

 今回は間に合わないよ、これ。


「吉乃ちゃんが解除できるんなら、任せてみてもいいかな。できるならね」


 玄斗がそんなことを言い出す。できないと思ってるくせに。さくらは素直に期待した目で見てる。やめて。


「できるの?」


 半信半疑って感じだけど、蘇芳までがそんなことを問う。

 いつもなら無理でしょって一刀両断してくれそうなものを、どうやらこの空気に当てられてしまったらしい。

 できないよって答えようとした。

 だけど、車に残されていたメモを見ていた姿とか、さっきワインボトルを床に投げつけた姿だとかが頭をよぎる。

 私は何も答えられず、スマートフォンで紫苑の番号にかけた。ワンコールで出た彼に、何の説明もなく要件を告げる。


「キャリーバッグの中に工具箱を入れてるでしょ。それ持ってきて」

『工具箱? なんで』

「いいから早く!」

『すぐ行く』


 なぜか驚いた様子の三人に、私は怒りを覚えながら答えた。


「やれるだけのことは、やりますよ」


 工学部だから爆弾処理も趣味でできちゃうとか、そんなわけない。趣味でそういうすごいスキル持ってるような、フィクションみたいなキャラじゃないの、私は。ただの普通の大学生。しかも入学したばかりなので、工学部だからどうこうってレベルにもまったく達してないと思う。

 そりゃさくら達なら、高校時代から趣味だったんであれこれできますって才能あるかもしれないけどね!

 変な空気ができてしまったことへの怒りを原動力に、私はもう思うままに突っ走る気になっていた。


「持ってきたけど! 何があったの」


 階段を駆け上がってきた紫苑が、息を切らしながら私の元へ工具箱を届けてくれた。だけど答えを待たずとも、玄斗の様子を見てだいたいの事情を察したらしい。


「誰がやんの……?」


 蘇芳達三人の視線が私に集まる。


「嘘だろ」


 私は工具箱の中からペンチを手に取ると、玄斗に近づいた。彼はただ、おとなしくじっと待っていた。


「君が俺を救ってくれるんだ?」


 そういうかっこつけた台詞を言っているときじゃない。

 というか、私のやることわかってて面白がってない?


「気が散るんで、向こう向いててもらっていいですか?」


 玄斗が小さく肩をすくめ、体をそむける。私はペンチを思いきり握りしめる。

 バチン、といって切れたのは――玄斗の手錠の鎖だった。おもちゃみたいな手錠でよかったよ。


「逃げますよ」


 短く告げる。誰もすぐには答えない。

 見ると、玄斗も見守っていた蘇芳達も複雑そうな表情だ。


「これ、もうすぐ爆発するから! 私に爆弾解体とか絶対無理だから! 逃げよう!」


 かんしゃくを起こしたように叫ぶと、ようやくみんなが動いた。

 紫苑が私の腕を掴んで階段へと走り出す。蘇芳達が気になったけど、すぐに後ろからついてくる気配がする。蘇芳が「兄さん」って呼ぶ声が聞こえた。

 そのまま全力で階段を下り、庭園に面した扉から外に出ようとしたところで、後ろを振り向いた。理由はないけど、ただみんながちゃんとついてきてるかが気になって。

 玄斗の姿がない。私は立ち止まった。つられてみんなも立ち止まる。


「やっぱりだめだ。俺は行けない」


 階段の途中で止まっていた玄斗が、そう言った。

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