39:いろんなものが疑わしい

「なに!?」


 門倉が叫び、「見てきます」と江原が、そして蘇芳もすぐ続いて玄関から飛び出していく。


「俺らはどうする?」

「私達は……」


 紫苑にきかれるけど答えられない。どうするのが正解なの?

 動けないでいると、サロンに繋がる扉から多和田が姿を見せた。


「おい、さっきの音はなんなんだ」


 また、廊下の別のほうからは三橋と高岡が連れだってやってくる。


「ねえ、今の音どうしたの!? あと、女の子がいなくなったってホント!? あのポニーテールの可愛い子!」


 三人に簡単に事情を話す。外部との連絡手段がなくなったことを聞くと、多和田は受付にいた従業員にもっと詳しく事情を説明するよう迫った。

 そうしているうちに、江原と蘇芳が戻ってくる。全員の注目が二人に集まり、江原が困惑したように口を開く。


「オーナーの車が、すぐ近くに止まっていまして、それで、その」

「中には、誰も乗っていませんでした。座席に血痕があったので、何者かに襲われたのかもしれません。それから、ふざけたメモも。このホテルから出ようとしても、無駄だってメッセージです」


 蘇芳が冷静に状況を告げた。


「なんなんだよ! 俺は帰るぜ、自分の車があるし!」


 ヒステリックに高岡が叫ぶけど、「それが……」と江原が続けた。


「ホテルの前に止めてあった皆さまの車は、タイヤがすべてパンクさせられているようでして……」

「どうなってんだよ!」

「メモって誰からなんだ。そいつが私達をここに閉じ込めたということか?」


 多和田の問いに、蘇芳が持っていたメモを突き出した。


「この城の本当の主人だとか書かれてます」


 受け取らないまま、多和田は蘇芳の手にあるメモに目を通すと、「ふざけてる」と顔を逸らした。

 おかしい。小説で起きたことが、まるで早送りみたいに進んでる。連絡手段がないと気付くのはもう少しあとで、車で街へ行こうとした人物が血の跡を残して消えるのは、陽が完全に上ってからでしょ?

 そしてその第二の被害者となるのは、ホテルオーナー。これは小説通りだ。殺人犯が自らの死を偽装するのだ。

 その後、犯人がどこに潜んで犯行のチャンスを窺っていたのか、詳しいことは不明。

 完全に後手に回った。彼が車に乗る前に捕まえなきゃいけなかったのに!


「どうすればいいのよ……」


 三橋が途方にくれたように呟いた。


「他の従業員が出勤してくれば、そのとき外部との連絡もつくようになるはずです」

「絶対でしょうね」

「お、おそらく」


 いや、その従業員達は来ない。来なくていいって犯人から連絡があったはずだ。


「すぐに外部に助けを呼べます。私達、預けてないスマホを持っていますから」

「綾小路さま、本当ですか!? すみませんが、お貸しいただいてよろしいですか」


 ポシェットから出したスマートフォンを出して江原に渡そうとすると、紫苑が「俺のを使って」と先に差し出した。そのまま二人で私達から少し離れ、どこかに連絡を取り始める。たぶん警察だ。


 街からここまでは一時間くらい。その間を乗り切れば、なんとかなる。

 それで気付いた。

 玄斗は、私達が外部に助けを呼べるよう準備をしてるって、勘付いてたのでは?

 黒田に襲われたとき、私がゆかりに連絡しておいたおかげで危機を逃れたのを、当然ながら彼も知っている。あれで助かった私達が、今回も似たような保険を用意してないわけがない。スマートフォンの予備、時間になったら訪ねてくる外部の客。それらを予想していたのかもしれない。

 だから、時間との勝負に出たつもりなんだろうか。あまりの急展開すぎて、これじゃ客も犯人も小説と違う行動をとり始めるかもしれない。


 可能な限り早く彼を捕まえないと危ない。

 紫苑と蘇芳に伝えようとして、ぎょっとした。

 表情の抜けおちた顔で、蘇芳はメモをただじっと見つめていた。


「蘇芳くん」


 そっと彼の袖を引いた。


「大丈夫、死んでないから。玄斗さんは」


 こちらを見た蘇芳は、一瞬何を言っているのかわからないって顔をした。

 江原から離れた紫苑にも私の言葉が聞こえたみたいで、すぐに寄ってきて小声で確認する。


「あいつが犯人だってのは変わんないの? この中に別の犯人がいるとかじゃなくて」

「消えたのは、死んだと思わせるための偽装だと思う」


 なるほどと紫苑が頷いた。

 だから大丈夫、というように蘇芳も見たら、彼は泣きそうな顔でもう一度メモを見つめている。

 声をかけるのはやめて、私は混乱する他の客や従業員達に向かって言った。


「みなさん、危険だから一人にならないようにしましょう。街から人が来るまで全員で固まって警戒しておくんです」

「その、メモに書かれてる城の本当の主人ってやつは、建物の周囲に潜んでるかもしれないな。窓にバリケードをして籠城するのが正解かもしれん」

「ねえ、この中の誰かが犯人ってことはないよね?」


 三橋が警戒するようにみんなを見回した。


「もしそうなら、一緒にいたほうが危なくない……?」


 彼女の言葉にみんなが無意識にか互いに距離をとる。

 まずい。この流れでみんながバラバラになるのは避けたい。


「犯人は、この中にいないと思います」

「なんで言いきれるんだよ」


 高岡が疑わしそうに私を見た。


「お前、なんか落ち着きすぎじゃねえ? スマホもわざわざ用意してたり、おかしいだろ。まさか……お前がやったのか!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る