35:やることは変わらない

「とりあえず、一台は出そう」


 それで伝わったようだ。

 私達はそれぞれサブのスマートフォンを持ってきている。サブのほうを差し出して、メインの方は黙って持ったままでいればいい。

 ここに来る前、いろいろと理由をつけて、三人で二台目のスマートフォンを用意しておくよう仕向けていた。小説の内容は思い出せないままでも、推理小説で山奥のホテルっていえば、通信手段が重要になってくるのは予想できる。取り上げられたりするかもって危惧していたら、本当にそうだった。

 圏外の可能性も考えてたけど、さすがにそれはなかったか。

 まあ圏外だったとしても、衛星電話も一つ持ちこんでいる。「欲しいと思ってて」みたいな話を軽くしただけだったのに、数日後には蘇芳がさっさと購入していた。彼が小説では金持ちなのを活かしたお助けキャラだったって、あらためて思い出した出来事だった。


「このホテルを言い訳に、帰るまでは面倒な連絡をすべて無視できるわ」

「いいですねえ。私なんか、言い訳が通じなかったので、明日の昼には一度返してもらって連絡しなくちゃいけないんですよ」


 門倉と多和田がそんな会話を交わしていた。

 江原は礼を言いながら客達のスマートフォンやタブレットを回収すると、従業員を呼んで金庫に入れるように指示する。

 あれ、たぶん明日の朝には行方不明になるんだよね……。

 ホテルにある固定電話も繋がらず、パソコンもネットが繋がらず、外界との連絡が突然とれなくなってしまう。


「皆さまには、このホテルについてもう少し説明しましょう。この建物には、実は以前の持ち主が凝らした、変わった仕掛けがございます」


 江原は壁際の本棚から本を数冊抜き出すと、その隙間に手を差し入れた。少しの間があってから、手を抜き出すと、今度は本棚の横に周り、体を使ってその棚を押す。

 重そうな本棚がずずっと横にスライドしていった。

 おお、と客達から声が上がる。

 動いた棚の向こうには、壁に埋め込まれるようにきらきらしたタイル絵が施されていた。


「からくり屋敷ってやつ?」

「お城なのに、忍者屋敷みた~い!」


 高岡と三橋が、楽しそうにはしゃぐ。


「それぞれのお部屋にも、何かしらの仕掛けがあるかもしれませんよ」

「それって、他人が部屋の中を覗けたりするようなものじゃないわよね?」


 門倉が疑わしそうに訊くけど、江原は首を横に振る。


「大丈夫です。さすがに皆さまのプライベートを侵害するような仕掛けはないと、オーナーがすべて確認済みですので」


 いやそれが、あるんだよね。

 そしてそれを利用して、オーナーが殺人を犯すんだよね。

 実はここにいる四人の客達とホテルの支配人は、みな後ろめたい過去を持っている。

 みんな、自分以外の誰かを不幸したことがある。しかし反省の色を見せる者はいない。犯人であるホテルオーナーは行き過ぎた正義感を拗らせ、自分が彼らに天罰を与える気でいるのだ。

 従業員二人と私達五人は、巻き込まれてしまった一般人。犯人の裁きを見届けるために呼ばれた。無関係な者を巻き込んでまで正義を叫ぶのか、みたいな突っ込みは、悪人に天罰を与えるという使命にとりつかれた犯人には響かない。


「以前の持ち主の方は、どんな人だったんですか」


 蘇芳が江原に訊ねた。


「それが謎めいているんです。この別荘に行くと言ったまま、消息を絶ったらしいとか……」


 不吉な内容に、みんながぎくっとする。


「と、ホラー好きのお客様には説明しろとオーナーには言われております」


 なんだ嘘か、騙されちゃった、と口ぐちに客達が言って笑った。

 それを見守りつつ、江原が大きな柱時計に目をやる。


「ああ、そろそろオーナーが来る時間ですね。仕事で到着が遅くなると聞いていましたが、もうすぐ皆様に挨拶できると思います」


 そのとき、タイミングよく廊下へつづく扉が開いた。

 来る。この事件の犯人が。

 ここで皆に遅れて合流する人物こそが、この事件の犯人――。


「遅れました。すみません」


 どうして……とか、これ以上言いたくないんですけど。


「よかった、みなさんお揃いですね」


 申し訳なさそうに笑いながら、中に入ってきたのは玄斗だった。

 すぐに、隣の蘇芳に小声で尋ねる。


「ここ、玄斗さんの知り合いのホテルじゃないの!?」

「共同経営者って形だとか言ってたよ」


 何それ。小説だと違った気がする。

 玄斗は、みんな知ってるだろうけど、と前置きしながら簡単に自己紹介をし、そしてもう一人の共同経営者は来れないことを詫びた。

 その来れないほうの経営者が、小説での犯人じゃないの? そして後ろで操っていたのが玄斗だったのでは。

 玄斗が登場して、本来の犯人はここにはいない。それの意味するところって、一つしか思い浮かばない。


 みんなが飲み物を片手に歓談を始め、蘇芳が多和田に話しかけられ、紫苑が三橋に絡まれ出したところで、そっと私は立ち上がった。

 ちょうどバーカウンターで水を受け取ったばかりの玄斗を捕まえて、話しかける。

 何か、彼からヒントを得たかった。


「玄斗さんが来るとは思っていませんでした」

「あれ? どうして?」

「てっきり、誰かをまた裏で操って……何か問題でも起こすのかと」

「酷いなあ! でも、やっぱり君は、俺のことがよくわかるんだね」

「勘違いですよ」

「本当はもう一人のほうが来る予定だったんだけどね。ギリギリで交代したんだ」


 じゃあ、あなたがその人の代わりにここで殺人事件を起こすわけですね。

 もうここですべてを暴露してやりたい衝動にかられる。でもそんなことをしたところで、きっとおかしなことを言い出した人扱いで終わってしまう。

 言い逃れさせないためには、現行犯で捕まえなくては無理だ。


「さくらちゃんのこと、どう思ってますか?」


 彼は、さくらを一人目の被害者に選んだのだろうか。


「弟の復讐相手の一人、かな」

「蘇芳くんはもう、そういうことは考えていません」

「だろうね。つまんないなあ」


 どこが。全然つまらなくない。


「あとは、君と遊ぶための道具かな」


 ……こういうこと素面で言えるような人とは、距離を置きたい。




 未成年でお酒も飲めないしと、盛り上がってきていたサロンから先に引き上げ、私達は客室で作戦会議のようなものをしていた。


「道具、ね」


 私と玄斗の会話内容を聞いて、紫苑が興味深く呟く。


「姉さんとの会話を聞くと、玄斗さんは自分の手で何かをやらかしそうな感じだね」

「たぶん、さくらちゃんが危ない」


 はっきり「さくらを殺そうとしている」とは、なぜか言えなかった。

 言っておいたほうがいい。そう思う自分と、最終的に阻止さえできればよくて、わざわざ言わなくてもって思う自分とがいる。

 ここで殺人事件が起ころうとしていることは、私しか知らない。蘇芳と紫苑は、玄斗が何か企んでいそうで、黒田の一件から物騒なものであると予想している程度だ。

 でも警戒の仕方からして、二人は殺人が起こる可能性だって考えているのかも。

 そう思っても、なかなか口にしづらかった。小説の知識を持っている私がはっきりと口にしてしまうのは、不吉な感じがするからだろうか。


「さくらちゃんより吉乃ちゃんのほうが危なくない?」

「俺は、道具とまで言い切ったからには何かあると思うね。特に仲良くない従妹でも、何かあれば姉さんならショック受けるだろうし。間接的に傷つけるって手かもよ」

「私も、似たようなことを考えてる」


 そもそも、玄斗は私を殺すために古城ホテルに呼んだんじゃない。

 小説同様に、殺人事件の目撃者として選んだだけだと思う。

 そして小説と同じなら、さくらも目撃者として招待されただけのはずだった。でも私の言動が影響して、たぶん玄斗は彼女も殺すことにした。だから、あの一番目の被害者が泊まるべき客室を与えられたのだ。

 それってつまり――。


「さくらちゃんに何かあっても、吉乃ちゃんのせいじゃないからね」


 びっくりした。思考を読まれたのかと思った。


「誰かのせいっていうなら、俺のせいかな。兄さんに復讐だのなんだの、俺が言わなければそもそもこんなことになってないし」

「でも、私がもっと上手く立ち回れていれば」

「どっちのせいとか、議論するだけ無駄だよ」


 紫苑がことさらに呆れた声を出す。


「気にするひまあったら、止めること考えるほうがいい」

「紫苑くんの言う通りだな」

「あんな奴のせいであんた達が無駄な言い争いするの、見たくないしね」


 紫苑は、「で、どうする?」と話題を戻した。


「ここに彼女を呼んで、みんなで守るとか?」


 すごく複雑そうな顔で蘇芳が提案する。


「ううん。今夜、さくらちゃんの部屋に待機しよう。玄斗さんは、他のお客さん達と一緒に一階にいるでしょ。気づかれないように部屋を交換して、私達でさくらちゃんの部屋に潜むの。もし危害を加えるつもりなら、一人のときを狙うと思うんだよね」

「姉さんの言う通り、夜中に一人で部屋にいるのは危険だろうな。それにもし玄斗さんが何かしでかすところを確保できれば、現行犯で言い訳しにくくなるね」

「たしかに。そういうことなら、俺も異論はないな」


 蘇芳も頷き、方針が決まった。

 よかった。これであとはさくらを説得して部屋を交換すればいい。

 想定とは違ったところもあるけれど、一人目の被害者が狙われたところで犯人を迎え撃つって予定は変わらない。

 早速、交渉に行こうと腰を浮かせた私に、紫苑が思い出したように言った。


「そういえば西園寺サン、何かあったのかな」

「どうかしたの?」

「前に会ったときと、雰囲気が変わってたんだよね。受け身な感じで隙だらけっていうか。前はもっと、何を言うにも自信満々って感じだったのに」


 さくらが変わった?

 小説での立ち位置が、微妙に入れ替わったせい……とかではないよね?

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