34:何かがずれている
「さくらちゃん、なんで」
「伊集院の家から私にも招待状が来たの。それで、私とつばきで来たんだよ」
「二人で? ゆりさんは?」
「それがね、残念なことに用事があって来れなかったの……」
ゆりが来ていない?
それって、『きらめき三人組』の三人が揃ってないってこと?
私が驚いている横で、隣の部屋の扉が開いた。
「声がすると思ったら。久しぶりです」
中から顔を見せたのは、つばきだ。
あれ。そういえばその部屋は、小説だと蘇芳の部屋じゃなかった?
それで夜中に争う物音は聞こえなかったって証言したり、むしろ蘇芳が犯人だから吉乃は油断して簡単に手にかかったんじゃないかと疑われたりして――。
「姉さん、とりあえずまずは荷物を部屋に置いてこよう」
理解が追い付かなくて立ち尽くしてしまった私の腕を、紫苑が引っ張る。
私は混乱したまま三階の客室へ向かった。
そしてそこでもまた、どうして、と誰に対してでもない問いかけをした。
「特別な客室をあててくれたらしいんだ。寝室は二つあるから、吉乃ちゃんもそこまで気にしなくて済むかなって思うんだけど」
「どっちの部屋も、ベッドが二つずつある。姉さん、どっちの寝室がいい?」
私、蘇芳、紫苑は三人で同じ客室だった。
いわゆる特別客室。入ると、大きなソファとテーブルがあるリビングルームで、ツインの寝室が二つ、広めのバスルームが一つ、そこから繋がっている。
ここは、小説だと『きらめき三人組』のさくら、ゆり、つばきが三人で泊まっていた部屋では?
「俺達と一緒なの、気になる? バスルームだけでも他の部屋のを借りられないか、相談してみようか」
異性と一緒の部屋で気おくれしていると勘違いしたのか、蘇芳が気を遣ってくれる。
「姉さんが気になるとしても、今回は部屋をわけてもらうとかはなしね。三人一緒のほうが、警戒しやすいよ。玄斗さんの差し金なら、それでも油断はできないけど」
部屋を見回した紫苑は、それより、と続ける。
「キャリーバッグの中身、借りていい?」
「ああ、うん」
江原達に預けるのを断ったキャリーバッグの中には、何か起こったときのための対策グッズを入れてきていた。
盗聴器を発見するための器械とか、家に余るほどある防犯グッズの一部とか。そして護身用の警棒とか、犯人を拘束するための紐とか。
ちょこっとある私物を入れた袋だけ取り出すと、キャリーバッグごと渡す。
紫苑は黒いトランシーバーみたいな盗聴器発見器を取り出すと、さっそく客室内を調べ始めた。
だけど思い出した限りでは、この部屋に盗聴器はないはず。さくら達三人組の動向は、犯人にとって興味のないものだったから。
「吉乃ちゃん? どうした?」
ぼーっと紫苑の様子を見ていたら、蘇芳に心配された。
「なんていうか、予想とちょっとずつズレているっていうか」
「どういうこと?」
「うーん、めちゃくちゃ簡単に言うと、Aの場所にBがいて、Bの場所にAがいるって感じ」
めちゃくちゃ不親切な説明だ。でも蘇芳は、それだけの説明から考えてくれようとして、首をひねりつつ答えてくれる。
「ズレてるっていうより、AとBが入れ替わってる話じゃない?」
「そう、だね。そうかもしれない」
つまり、小説で私が担うポジションがさくらになって、さくらの担うポジションが私になる?
私は蘇芳と紫苑を見た。
この三人で『きらめき三人組』やるの? あんまりきらめいてない気がするけど?
……冗談はおいといて、真面目に考えよう。「泊まる部屋が逆だから、私達が探偵やります!」で解決する話ではないと思う。
ただ、小説におけるポジションが入れ替わったという考え方は、状況整理を楽にするかもしれない。
中途半端に会話を放置して考えこんでしまったけど、蘇芳は何も言わないでいてくれた。
「とりあえず、この部屋はシロ。盗聴器はないよ。そろそろ夕飯に行っとく?」
「うん……」
「姉さん、どうかしたの」
「気になることがあるみたいなんだけど。とりあえず、今はそっとしとこう」
「ありがと、蘇芳くん……」
「俺らの会話、聞こえてないわけじゃないんだ」
紫苑の指摘にも、一応頷く。
黙り込む私に、二人はそれ以上は突っ込まないでいてくれた。
そのまま一階の食堂へ向かい、おしゃれなコース料理を食べる。ちょうど一緒になった、さくらとつばきも流れで同席した。
小説では、さくら達三人組と私と蘇芳で五人だったんじゃなかったかな。
紫苑と蘇芳が完全な愛想笑いでおしゃべりしているのを横目に、私はずっと考えていた。
小説と比べ、何が変わって、何が変わっていないのだろうか?
「みなさま、食事がすみましたらサロンへどうぞ。未成年の方にも、ノンアルコールカクテルを用意いたしますよ」
食後、江原に言われて私達は食堂から続くサロンに移動した。
古城っぽい雰囲気を出すためか、ホテル内の照明はやわらかいオレンジ色のもので統一されている。どこもかしこも薄暗いと、現実ではない場所に迷い込んだ気分になる。
サロンにはすでに他の客たちがいて、それぞれお喋りに興じていた。
年代ものっぽいソファに座ると、当然のように両脇を紫苑と蘇芳が固める。
部屋の隅には小さめのバーカウンターがあり、中に女性従業員が一人待機していた。
この女性と支配人、そしてあと一人のスタッフが今夜ここに泊まり込む。
他の従業員は明日の朝に出勤する予定だが、小説通りならやって来ない。これは後日、ホテルのオーナーからそういう指示が出ていたとわかる。
何か小説と違う部分があるだろうか?
サロンに揃った他の客の顔ぶれを確かめる。
みな、この古城ホテルのオーナーの知り合い達だった。二泊を共に過ごすメンバーだということで、お互いに簡単な自己紹介をしていく。
同じバンドを組んでいるという二十代の男女、高岡と三橋。宝飾店を経営しているという三十代女性の門倉。株のトレーダーだという五十代くらいの男性、多和田。
名前と職業、オーナーと知り合ったきっかけを聞いても特に違和感はない。たぶんみんな、小説通りだと思う。
一通り自己紹介が終わると、江原が言った。
「皆さんには、このホテルの良さを実感してもらうモニターも兼ねていただいております。このホテルのコンセプトは、日常からの脱出。宿泊の間は、皆さまと外界を繋ぐ道具はすべて、こちらで預からせていただければと思います」
「ああ、聞いてるよ。でも必要なときはすぐ返せよ?」
「もちろんです」
じゃあどうぞ、と高岡が持っていたスマートフォンを差し出しす。
「そうきたか。俺らの招待状には書いてなかったよね」
「兄さんに招待状を受け取るときも、そんな話はされなかったな。わざとだろうね。どうする? 渡すの断る?」
紫苑と蘇芳が、意見を求めるように私を見た。
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